【判例】強制わいせつ罪と性的意図(最大判平29.11.29)
強制わいせつ罪と性的意図に関する最大判平29.11.29を解説。性的意図を不要とした判例変更の内容、旧判例(最判昭45.1.29)との関係、保護法益論の変遷を詳しく分析します。
この判例のポイント
強制わいせつ罪(刑法176条)の成立に、行為者の性的意図は不要であるとし、性的意図を必要としていた従来の判例(最判昭45.1.29)を変更した大法廷判決。強制わいせつ罪の保護法益を被害者の性的自由・性的自己決定権と捉え、行為者の主観的意図ではなく行為の客観的な性的性質を重視する立場を明確にした、刑法各論における極めて重要な判例変更である。
この記事では、最大判平29.11.29を中心としつつ、その前提となる強制わいせつ罪・強制わいせつ致傷罪・強制性交等致傷罪の定義と要件、そして頻出する判例を体系的に整理する。受験生がつまずきやすい「致傷」の意味、結果的加重犯としての構造、行為と傷害の因果関係などの論点も正面から扱う。
なお、2023年改正により「強制わいせつ罪」は「不同意わいせつ罪」、「強制性交等罪」は「不同意性交等罪」へ名称・要件が改められた。本記事では、判例当時の条文・名称を基準に解説しつつ、改正後の対応関係を随時補足する。検索語として定着している「強制わいせつ」「強制性交等致傷」の用語も併記する。
強制わいせつ罪とは(定義と要件)
定義
強制わいせつ罪とは、暴行又は脅迫を用いて、相手方の意思に反してわいせつな行為をする犯罪をいう(刑法176条)。改正前は「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者」を処罰し、「13歳未満の者に対しわいせつな行為をした者」は暴行・脅迫がなくても処罰されると定めていた。保護法益は、被害者の性的自由(性的自己決定権)である。
成立要件(改正前176条を基準)
強制わいせつ罪の成立には、おおむね次の要素が必要である。
- 客体:他人(年齢により取扱いが異なる。13歳未満には暴行・脅迫が不要)
- 行為:わいせつな行為
- 手段:暴行又は脅迫(13歳以上の場合)
- 故意:上記の事実の認識・認容
- (かつては)性的意図が必要とされていたが、最大判平29.11.29により一律の要件ではないとされた
ここで言う暴行・脅迫は、相手方の反抗を著しく困難にする程度のものを要すると解されてきた(強盗罪のような反抗を抑圧する程度までは不要とされる点に注意)。もっとも、不同意わいせつ罪への改正後は「同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態」という枠組みに整理されている。
「わいせつな行為」とは
判例上、「わいせつ」とは、いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものを指すと説明されてきた(わいせつ文書頒布罪に関する古典的定義)。もっとも強制わいせつ罪における「わいせつな行為」該当性については、最大判平29.11.29が、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を中心に、必要に応じて諸般の事情を総合考慮して社会通念に照らし判断する、という枠組みを示している。
強制わいせつ致傷罪とは(定義・要件・判例)
GSCで最も検索されている「強制わいせつ致傷 判例」に正面から答えるため、ここで強制わいせつ致傷罪を独立に解説する。
定義
強制わいせつ致傷罪とは、強制わいせつ罪(又はその未遂罪)を犯し、よって人を負傷させた(傷害の結果を生じさせた)場合に成立する犯罪である(刑法181条1項)。基本犯である強制わいせつ罪に「致傷」という重い結果が結びついた結果的加重犯であり、法定刑は基本犯より重い(無期又は3年以上の懲役と定められてきた)。死亡させた場合は強制わいせつ致死罪となる。
結果的加重犯としての構造
強制わいせつ致傷罪は、次の構造で理解する。
- 基本犯:強制わいせつ罪(既遂・未遂を問わない)
- 加重結果:人の傷害(致傷)
- 必要な関係:基本犯の行為(暴行・脅迫を含む)と傷害結果との間の因果関係
結果的加重犯であるから、重い結果(傷害)についての故意は不要である。傷害の認識がなくても、基本犯を故意で行い、その実行行為から傷害が生じれば致傷罪が成立する。逆に、傷害について故意があれば、強制わいせつ罪と傷害罪(又はより重い罪)の問題となり、観念的競合・牽連関係などの罪数処理が問題となりうる。
「致傷」の範囲 — どこから「傷害」か
実務上頻出するのが、どの程度の負傷から「致傷」にあたるかという論点である。傷害罪における「傷害」概念と基本的に同様に解され、生理的機能の障害があれば足りる。
- 処女膜裂傷・粘膜の損傷などの性器の傷害
- 抵抗の際に生じた擦過傷・打撲・あざ
- 一定の場合にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神的障害も「傷害」にあたりうると解されている
軽微なすり傷程度でも生理的機能の障害があれば傷害と評価されうるため、性犯罪事案では致傷罪に問われやすい。なお、傷害概念の外延(毛髪切断、めまい、失神等)については傷害罪の判例の蓄積を参照する。
因果関係 — どの行為から生じた傷害か
致傷罪で争われやすいのが、傷害が強制わいせつの実行行為(暴行・脅迫を含む)から生じたといえるかである。
- わいせつ行為の手段としての暴行・脅迫から生じた傷害 → 致傷罪に含まれる
- わいせつ行為そのものから生じた傷害(性器損傷等) → 致傷罪に含まれる
- 被害者が逃走中に転倒して負傷した場合 → 行為者の脅迫・追跡行為と傷害との間に因果関係(相当因果関係・危険の現実化)が認められるかが問題となる。判例は、強盗の機会における致傷の議論と同様、密接関連性・誘発性を重視して因果関係を肯定する傾向にある
このように、致傷罪では「基本犯の機会に、基本犯と関連する行為から傷害が生じたか」が中心論点となる。
性的意図不要論との接続(最大判平29.11.29の射程)
強制わいせつ致傷罪は強制わいせつ罪を基本犯とするため、基本犯の成立に性的意図が不要である以上、致傷罪の成否においても性的意図は要件とならない。すなわち、報復・侮辱目的などでわいせつ行為を行い被害者を負傷させた場合でも、他の要件を満たせば強制わいせつ致傷罪が成立しうる。これは本記事中心判例の重要な実務的帰結である。
3つの罪の比較 — わいせつ罪・わいせつ致傷罪・性交等致傷罪
比較項目 強制わいせつ罪(176条) 強制わいせつ致傷罪(181条1項) 強制性交等致傷罪(181条2項) 基本犯 ― 強制わいせつ罪 強制性交等罪(177条) 行為 わいせつな行為 わいせつ行為+傷害結果 性交等+傷害結果 犯罪類型 故意犯 結果的加重犯 結果的加重犯 傷害の故意 ― 不要 不要 性的意図 不要(最大判平29.11.29) 不要(基本犯に従う) 不要(基本犯に従う) 未遂を基本犯にできるか ― できる できる 法定刑の重さ 軽 中(無期又は3年以上) 重(無期又は6年以上)注:法定刑は改正前後で異同があるため、最新の条文を必ず確認すること。
強制性交等致傷罪とは(定義・要件・判例)
GSCキーワード「強制性交等致傷 判例」に対応する解説である。
定義
強制性交等致傷罪とは、強制性交等罪(刑法177条。2017年改正前は「強姦罪」)又はその未遂を犯し、よって人を負傷させた場合に成立する結果的加重犯である(刑法181条2項)。死亡させた場合は強制性交等致死罪となる。法定刑は強制わいせつ致傷罪よりさらに重い(無期又は6年以上の懲役と定められてきた)。
「強制性交等」の意義(2017年改正のポイント)
2017年改正前の「強姦罪」は、客体を女子に限定し、行為を「姦淫(膣性交)」に限っていた。2017年改正により、
- 客体の性別を問わない(男女を問わず被害者・加害者になりうる)
- 行為を性交・肛門性交・口腔性交に拡大
- 罪名を「強制性交等罪」に変更
- 法定刑の下限を引上げ(懲役3年→5年)
- 非親告罪化
がなされた。2023年改正ではさらに「不同意性交等罪」へと改められ、同意の有無を中核に据えた要件へ再編された。
結果的加重犯としての要件
構造は強制わいせつ致傷罪と同じである。
- 基本犯:強制性交等罪(既遂・未遂を問わない)
- 加重結果:傷害(致傷)
- 因果関係:基本犯の実行行為と傷害との間の因果関係
- 重い結果についての故意は不要
関連する典型論点
- 致傷の結果が性交等から直接生じた場合(性器損傷、感染症の罹患等)と、手段たる暴行・脅迫から生じた場合のいずれも致傷罪に含まれる
- 未遂でも致傷罪が成立する点に注意。強制性交等が未遂に終わっても、その実行行為から傷害が生じれば強制性交等致傷罪が成立する
- 強制わいせつのつもりで行為に及んだが性交等に至った場合の故意・罪名のずれ(抽象的事実の錯誤)の処理
事案の概要
被告人は、被害者(当時7歳の女児)に対し、自己の陰茎を触らせるなどのわいせつな行為をした。被告人は、この行為を知人に送信して被害者を辱めるために撮影・送信する目的で行ったものであり、自己の性欲を刺激・興奮させ又は満足させるという性的意図はなかったと主張した。
検察官は、強制わいせつ罪(刑法176条)で起訴した。弁護人は、従来の判例(最判昭45.1.29)に基づき、性的意図がないから強制わいせつ罪は成立しないと主張した。
第一審は有罪、控訴審も控訴棄却としたが、性的意図の要否について従来の判例との関係が問題となり、最高裁大法廷に回付された。
争点
- 強制わいせつ罪の成立に行為者の性的意図は必要か
- 最判昭45.1.29を変更すべきか
判旨
最高裁大法廷は、全員一致で以下のように判示し、従来の判例を変更した。
刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、当該行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断すべきものである
― 最高裁判所大法廷 平成29年11月29日 平成28年(あ)第1731号
さらに、性的意図について以下のように判示した。
そして、そのような個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得るとしても、そのことは、行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることを相当とする理由になるものではない
すなわち、最高裁は以下の結論を示した。
- 性的意図は強制わいせつ罪の一律の成立要件ではない
- わいせつ行為該当性は、行為そのものの性的性質を中心に判断する
- 行為者の主観的事情は、個別の事案で考慮要素となりうるが、一律の要件ではない
ポイント解説
旧判例(最判昭45.1.29)の内容
変更された旧判例は、報復目的で被害者の裸体写真を撮影した事案において、以下のように判示していた。
「強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺激興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行われることを要し、婦女を脅迫し裸にして写真を撮影する行為であっても、これが専ら報復、侮辱の目的によるものであり、性的意図がなければ、強要罪が成立するにとどまり、強制わいせつ罪は成立しない。」
判例変更の理由
最高裁は、旧判例の変更について以下の理由を挙げた。
社会の意識の変化: 性犯罪に対する社会的評価が変化し、被害者の性的自由の保護がより重視されるようになった。
被害の実質: 行為者に性的意図があるかどうかにかかわらず、被害者が受ける性的侵害の実質は変わらない。
処罰の間隙: 性的意図を要件とすると、報復目的や嫌がらせ目的でわいせつ行為を行った場合に強制わいせつ罪が成立せず、被害者保護に欠ける。
わいせつ行為の判断基準
本判決は、わいせつ行為該当性の判断について、以下の枠組みを示した。
第一段階: 行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を判断する
第二段階: 行為の性的性質が明確でない場合には、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情を総合考慮する
第三段階: 社会通念に照らし、当該行為に性的な意味があるといえるか否かを判断する
行為者の主観の位置づけ
本判決は、行為者の主観的事情を完全に排除するものではなく、以下のように整理している。
- 性的性質が明確な行為(性交類似行為等): 行為者の主観にかかわらずわいせつ行為に該当
- 性的性質が不明確な行為: 行為者の目的等の主観的事情を含む諸般の事情を考慮して判断
学説・議論
主観的超過要素としての性的意図
旧判例は、性的意図を主観的超過要素(構成要件該当事実の認識を超える特別の主観的要素)として位置づけていた。これに対し、本判決は性的意図を主観的超過要素から外したと理解される。
保護法益論の変遷
強制わいせつ罪の保護法益に関する理解の変遷が、判例変更の背景にある。
時期 保護法益の理解 性的意図の位置づけ 旧判例時代 社会的性風俗 + 個人の性的自由 必要(主観的超過要素) 現在 個人の性的自由・性的自己決定権 不要保護法益を個人の性的自由・性的自己決定権に純化すれば、行為者の性的意図は本質的ではなく、被害者の性的自由が侵害されたかどうかが重要となる。
客観主義と主観主義
本判決は、犯罪の成否を行為の客観的性質に重点を置いて判断する客観主義的立場を強化したものと評価できる。行為者の主観的意図を重視する主観主義的立場からは、性的意図のない行為を性犯罪として処罰することへの批判がありうる。
2017年刑法改正との関係
本判決は、2017年の刑法改正(強制性交等罪の新設、非親告罪化等)と同年に出されている。性犯罪に対する立法上の対応と司法上の判例変更が同時期に行われたことは、社会的背景の変化を反映するものである。
判例の射程
強制性交等罪への適用
本判決の法理は、強制性交等罪(刑法177条)にも適用される。強制性交等罪の成立にも性的意図は不要と解される。
準強制わいせつ罪への適用
準強制わいせつ罪(刑法178条)にも同様の法理が適用される。心神喪失・抗拒不能に乗じてわいせつ行為を行った場合にも、行為者の性的意図は不要である。
児童に対する性犯罪
児童福祉法や児童ポルノ禁止法の適用場面においても、本判決の影響が及ぶ。児童に対するわいせつ行為の判断基準として、本判決の枠組みが参照される。
行為の性的性質が不明確な場合
本判決が特に重要となるのは、行為の性的性質が客観的に明確でない場合(例:身体の特定部位への接触が、医療行為か性的行為かが問題となる場合)である。このような場合には、行為者の主観を含む諸般の事情が総合考慮される。
反対意見・補足意見
本判決は全員一致の判断であり、反対意見は付されていない。
もっとも、補足意見において、わいせつ行為の判断基準の具体化が試みられている。特に、行為者の主観的事情がどのような場合に考慮要素となるかについて、より詳細な説明が付されている裁判官がいる。
試験対策での位置づけ
出題可能性
本判決は、大法廷による判例変更であり、出題可能性は極めて高い。
- 強制わいせつ罪の成立要件(性的意図の要否)を問う問題
- 判例変更の理由と背景を論じさせる問題
- わいせつ行為の判断基準に関する事例問題
- 保護法益論との関連で出題される場合
短答式試験での出題ポイント
- 強制わいせつ罪の成立に性的意図は不要である(○・現判例)
- 最判昭45.1.29は性的意図を必要としていたが変更された(○)
- 行為者の主観的事情は、わいせつ行為の判断において一切考慮されない(×・考慮要素となりうる)
- 報復目的でわいせつ行為を行った場合にも強制わいせつ罪は成立しうる(○)
答案での使い方(論証パターン)
基本論証
甲の行為が強制わいせつ罪(刑法176条)に該当するかが問題となる。特に、甲に性的意図がなかった場合にも同罪が成立するか。
この点、かつての判例(最判昭45.1.29)は、強制わいせつ罪の成立に性的意図を必要としていたが、最大判平29.11.29はこれを変更し、性的意図は強制わいせつ罪の一律の成立要件ではないとした。
わいせつ行為該当性は、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らして判断すべきである。
本件では、甲の行為は客観的に性的性質を有するものであり、甲に性的意図がなかったとしても、わいせつ行為に該当する。したがって、強制わいせつ罪が成立する。
致傷罪を論じる場合の論証
甲の行為につき強制わいせつ致傷罪(刑法181条1項)が成立しないか。
まず基本犯たる強制わいせつ罪の成立を検討する(前記論証)。次に、同罪は結果的加重犯であり、重い結果たる傷害について故意は不要であるが、基本犯の実行行為と傷害結果との間の因果関係を要する。
本件では、わいせつ行為の手段たる暴行から乙に〔擦過傷/打撲等〕が生じており、これは生理的機能の障害として傷害にあたる。当該傷害は甲の暴行から直接生じたものであり因果関係も認められる。よって、強制わいせつ致傷罪が成立する。
答案作成上の注意点
- 致傷罪は基本犯→加重結果→因果関係の順で淡々と認定する
- 「傷害」該当性は生理的機能の障害の有無で判断し、軽微でも肯定しうる旨を一言添える
- 介在事情(逃走中の負傷等)があるときは因果関係を厚く論じる
- 性的意図の論点が出題されたら、必ず最大判平29.11.29による判例変更に言及する
重要概念の整理
判例変更の対比
比較項目 旧判例(最判昭45.1.29) 新判例(最大判平29.11.29) 性的意図 必要(成立要件) 不要(一律の要件ではない) 判断基準 行為者の主観を重視 行為の客観的性的性質を重視 保護法益 社会的性風俗を含む 個人の性的自由を重視 報復目的の場合 強制わいせつ不成立 強制わいせつ成立しうるわいせつ行為の判断枠組み
行為の類型 判断方法 行為者の主観の考慮 性的性質が明確 当然にわいせつ行為 不要 性的性質が不明確 諸般の事情を総合考慮 考慮要素となりうる 性的性質がない わいせつ行為に該当しない ―性犯罪に関する主要判例
判例 判示内容 現在の評価 最判昭45.1.29 性的意図必要 変更(判例変更) 最大判平29.11.29 性的意図不要 現行判例発展的考察
不同意わいせつ罪への改正
2023年の刑法改正により、強制わいせつ罪は「不同意わいせつ罪」に改められた。この改正により、被害者の同意の有無がより明確に犯罪の成否を左右する構造となった。本判決の性的意図不要論は、この改正の方向性と整合的である。
デジタル性暴力と性的意図
オンライン上での性的画像の流布(リベンジポルノ等)が問題となる現代において、行為者に性的意図がない場合でも被害者の性的自由が侵害されることがある。本判決の法理は、このような新たな形態の性的侵害にも対応しうるものである。
比較法的視点
多くの国の性犯罪規定は、行為者の性的意図を成立要件としていない。日本の旧判例はこの点で国際的な趨勢から乖離しており、本判決による変更は比較法的にも妥当な方向性であると評価されている。
性的自己決定権と刑法
本判決の背景には、性的自己決定権に対する法的保護の拡充という潮流がある。性的自己決定権は人格権の一内容として、憲法上も保障されると解されており、刑法による保護の充実が求められている。
よくある質問
Q1: 性的意図が不要であれば、医療行為としての身体検査もわいせつ行為に該当しますか?
A1: いいえ。本判決は、わいせつ行為該当性の判断にあたり、行為の客観的性的性質だけでなく、具体的状況等の諸般の事情を総合考慮するとしています。医療行為として正当な理由のもとに行われる身体検査は、医療という文脈において性的な意味合いが否定され、わいせつ行為に該当しないと判断されます。また、正当業務行為(刑法35条)として違法性が阻却されます。
Q2: 旧判例のもとでは、報復目的のわいせつ行為はどのように処罰されていたのですか?
A2: 旧判例のもとでは、性的意図がない場合には強制わいせつ罪は成立せず、強要罪(刑法223条)の成立にとどまるとされていました。強要罪の法定刑(3年以下の懲役)は強制わいせつ罪の法定刑(6月以上10年以下の懲役)より軽く、被害者保護の観点から問題がありました。
Q3: 本判決後、行為者の主観は一切考慮されなくなったのですか?
A3: いいえ。本判決は、行為者の主観的事情を「一律の成立要件」としないとしたものであり、個別の事案において行為者の主観を判断要素として考慮することを排除するものではありません。特に、行為の性的性質が客観的に明確でない場合には、行為者の目的等が考慮要素となりえます。
Q4: この判例変更は遡及的に適用されますか?
A4: 判例変更は、刑事事件においては被告人に有利な変更であれば遡及的に適用されますが、被告人に不利な変更の場合は罪刑法定主義との関係が問題となります。本判決は犯罪成立範囲を拡大する方向の変更であり、変更前の行為に遡及適用することについては慎重な検討が必要です。
Q5: 本判決は強制わいせつ致傷罪にも適用されますか?
A5: はい。強制わいせつ致傷罪(刑法181条1項)は強制わいせつ罪の結果的加重犯であり、基本犯である強制わいせつ罪の成立に性的意図が不要であることは、強制わいせつ致傷罪にも当然に適用されます。
Q6: 強制わいせつ致傷罪と強制わいせつ罪+傷害罪は何が違うのですか?
A6: 強制わいせつ致傷罪は、傷害について故意がない場合の結果的加重犯です。基本犯であるわいせつ行為(やその手段の暴行・脅迫)から、故意なく傷害が生じた場合に成立し、致傷罪一罪として処理されます。これに対し、行為者が傷害について故意を持って人を負傷させた場合は、結果的加重犯の枠組みではなく、強制わいせつ罪と傷害罪等の問題として罪数処理されます。
Q7: 被害者が逃げる途中で転んで怪我をした場合も「致傷」になりますか?
A7: なりうります。ポイントは、行為者の犯行(脅迫・追跡等)と傷害との間に因果関係が認められるかです。被害者の逃走が犯行から誘発された自然な行動であり、行為者の行為の危険が負傷という結果に現実化したと評価できる場合には、因果関係が肯定され致傷罪が成立しえます。逆に、被害者のまったく異常な行動が介在した場合などは因果関係が否定されることがあります。
Q8: 強制性交等が未遂に終わった場合でも致傷罪は成立しますか?
A8: 成立しえます。致傷罪は基本犯の既遂・未遂を問いません。強制性交等が未遂に終わっても、その実行行為(暴行・脅迫等)から傷害が生じていれば、強制性交等致傷罪が成立します。
Q9: 「強制性交等致傷」と「強姦致傷」は同じものですか?
A9: ほぼ同じ犯罪を、時期によって異なる名称で呼んでいるものと理解してください。2017年改正前は「強姦致傷罪」、2017年改正後は「強制性交等致傷罪」、2023年改正後は「不同意性交等致傷罪」に相当します。改正により客体・行為態様・要件が拡大・再編されていますが、いずれも「性交等の罪+致傷の結果的加重犯」という基本構造は共通しています。
Q10: PTSD(精神的な障害)も「致傷」の傷害にあたりますか?
A10: あたりうります。傷害概念は生理的機能の障害を含むと解されており、性犯罪に起因するPTSD等の精神的障害も、医学的に裏付けられた生理的機能の障害といえる場合には「傷害」と評価されえます。もっとも、その認定には診断等による立証が必要です。
関連条文
- 刑法176条(強制わいせつ・改正前):13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
- 刑法176条(不同意わいせつ・2023年改正後)
- 刑法177条(不同意性交等)
- 刑法178条(準不同意わいせつ及び準不同意性交等)
強制わいせつ・強制性交等に関する判例整理
検索意図(「強制わいせつ 判例」「強制わいせつ致傷 判例」「強制性交等致傷 判例」)に正面から答えるため、頻出する判例の論点を整理する。ここに挙げる以外の判例番号を新たに創作してはならないため、本記事では確実に位置づけられる判例に限定し、それ以外は学説・趣旨の説明にとどめる。
性的意図に関する判例
- 最判昭45.1.29(旧判例):強制わいせつ罪の成立には性欲を刺激・興奮・満足させる性的意図が必要とした。報復・侮辱目的のみで性的意図がない場合は強要罪にとどまるとした。
- 最大判平29.11.29(本記事の中心判例):上記を変更し、性的意図は一律の成立要件ではないとした。わいせつ行為該当性は行為の客観的な性的性質を中心に判断する。
わいせつ概念に関する古典的判例
- 「チャタレイ事件」最大判昭32.3.13:わいせつ概念について「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」とする三要素を示した(わいせつ文書頒布罪に関するもの)。強制わいせつ罪の「わいせつな行為」の理解の出発点として参照される。
致傷罪に関する論点(因果関係・傷害概念)
強制わいせつ致傷罪・強制性交等致傷罪の「致傷」「因果関係」については、傷害罪の判例法理および強盗致傷罪の判例法理が横断的に参照される。具体的な事件番号を挙げるよりも、次の枠組みで理解しておくのが安全である。
- 傷害概念:生理的機能の障害があれば足りる(軽微な擦過傷、性器損傷、PTSD等の精神的障害も含まれうる)
- 因果関係:基本犯の機会に、基本犯と密接に関連する行為から傷害が生じたか。逃走中の転倒負傷など介在事情がある場合は、行為の危険が結果へ現実化したといえるかで判断する
- 未遂と致傷:基本犯が未遂でも、その実行行為から傷害が生じれば致傷罪が成立する
事例で学ぶ — あてはめ演習
設例1:報復目的のわいせつ行為と致傷
甲は、別れた交際相手乙に仕返しをするため、乙を脅迫して衣服を脱がせ、その様子を撮影した。その際、抵抗した乙の腕に全治1週間の打撲を負わせた。甲に性的意図はなかった。
検討:旧判例(最判昭45.1.29)であれば、性的意図がない以上強制わいせつ罪は成立せず、強要罪+傷害罪の問題となった。しかし最大判平29.11.29により、性的意図は一律の要件ではないから、行為の客観的性的性質が認められれば強制わいせつ罪が成立する。さらに、脅迫という手段行為から打撲(生理的機能の障害=傷害)が生じているため、強制わいせつ致傷罪が成立しうる。
設例2:逃走中の負傷
甲が乙に強制性交等を試みたところ、乙が隙を見て逃走し、その途中で階段から転落して負傷した。
検討:基本犯(強制性交等罪、ここでは未遂)の実行行為と傷害結果との間に因果関係が認められるかが問題となる。乙の逃走は甲の犯行から誘発された自然な行動であり、甲の行為の危険が転落という結果へ現実化したと評価できる場合、因果関係が肯定され強制性交等致傷罪(未遂を基本犯とする致傷)が成立しうる。
設例3:医療行為との区別
医師甲が、診察に名を借りて必要のない胸部・陰部への接触を繰り返した。
検討:行為の外形は診察に類似するが、最大判平29.11.29の枠組みに照らし、当該行為が行われた具体的状況(医学的必要性の有無、患者の同意、手技の逸脱の程度等)を総合考慮して性的な意味があるといえるかを判断する。医学的必要を欠き性的な意味が認められれば、わいせつ行為に該当し強制わいせつ罪が成立しうる。正当な医療行為であれば、性的意味が否定され、又は正当業務行為(刑法35条)として違法性が阻却される。
罪数・他罪との関係
場面 処理 わいせつ行為+その手段の暴行から傷害 強制わいせつ致傷罪一罪(傷害は致傷に吸収) わいせつ目的で住居侵入 住居侵入罪と強制わいせつ罪は牽連犯 強制性交等の機会に強取 強制性交等罪と強盗罪の関係(事案により併合罪・観念的競合等) 傷害について故意がある場合 致傷罪ではなく、強制わいせつ罪と傷害罪等の問題として罪数処理注:個別事案の罪数処理は事実関係により変わりうるため、答案では条文・要件に即した丁寧なあてはめが必要である。
関連判例
- 最判昭45.1.29:性的意図を必要とした旧判例(本判決により変更)
- 最大判昭32.3.13(チャタレイ事件):わいせつ概念の古典的定義
- 最大判平29.11.29:性的意図不要・わいせつ行為該当性の判断枠組み(本記事中心判例)
まとめ
最大判平29.11.29は、強制わいせつ罪の成立に性的意図は不要であるとし、約47年間維持されてきた旧判例(最判昭45.1.29)を変更した画期的な大法廷判決である。わいせつ行為該当性は、行為そのものの客観的な性的性質を中心に、具体的状況等を総合考慮して判断すべきとした。この判例変更は、強制わいせつ罪の保護法益を個人の性的自由・性的自己決定権と捉える現代的理解を反映したものであり、2017年及び2023年の刑法改正の方向性とも整合している。試験対策としては、旧判例と新判例の対比、判例変更の理由、わいせつ行為の新たな判断基準を正確に理解しておくことが不可欠である。