緊急避難の要件と効果|正当防衛との違いを徹底比較
刑法37条の緊急避難の要件と効果を解説。正当防衛との違い、現在の危難、補充性、法益の権衡、過剰避難の処理を体系的に整理します。
この記事のポイント
緊急避難(刑法37条1項)は、「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為」で、「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り」罰しないとする制度である。 正当防衛と異なり、侵害者ではない第三者の法益を侵害する点に特徴があり、そのため補充性と法益の権衡という厳格な要件が課されている。
緊急避難の法的性質
学説の対立
緊急避難の法的性質については、以下の見解が対立する。
学説 内容 帰結 違法性阻却事由説 避難行為は正当化される(違法でない) 避難行為に対する正当防衛は不可 責任阻却事由説 避難行為は違法だが責任が阻却される 避難行為に対する正当防衛が可能 二分説(通説) 他人のための避難は違法性阻却、自己のための避難は責任阻却 場面によって異なる判例は法的性質を明示していないが、37条1項が「罰しない」と規定していることから、違法性阻却と解するのが判例の前提と考えられている。
緊急避難の要件
現在の危難
現在の危難とは、法益に対する侵害が現に存在するか、または間近に迫っていることをいう。
- 「現在」の意義: 正当防衛の「急迫」と同義と解されている
- 危難の原因: 人の行為に限られず、自然災害や動物の攻撃も含まれる
- 自招危難: 自ら危難を招いた場合の緊急避難の成否が問題となる
補充性(やむを得ずにした行為)
正当防衛と異なり、緊急避難には補充性が要求される。すなわち、当該避難行為以外に危難を避ける方法がなかったことが必要である。
- 退避可能であれば退避すべきである
- 他により侵害の少ない手段があれば、その手段を用いるべきである
- 侵害の原因者(不正の侵害者)に対する反撃が可能であれば、第三者への避難行為は許されない
法益の権衡
緊急避難が成立するためには、避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えないことが必要である(法益の権衡)。
- 害の比較: 保全法益と侵害法益の客観的な比較による
- 同等の場合: 「超えなかった」場合に成立するから、同等の法益であれば緊急避難は成立する
- 生命対生命: 生命対生命の場合は法益が同等であり、緊急避難が成立しうる(ただし争いあり)
防衛の意思(避難の意思)
緊急避難にも、正当防衛と同様に避難の意思が必要とされる。もっとも、この点についての判例は多くない。
正当防衛との比較
比較項目 正当防衛(36条) 緊急避難(37条) 対象 不正の侵害者 第三者(正の利益) 補充性 不要 必要 法益の権衡 不要 必要 退避義務 なし あり 過剰の効果 刑の任意的減免 刑の任意的減免 効果 罰しない 罰しない正当防衛の要件が緊急避難より緩やかである理由は、正当防衛が「正対不正」の関係であるのに対し、緊急避難は「正対正」の関係にあるからである。
過剰避難
37条1項ただし書
法益の権衡が欠ける場合、すなわち避難行為によって生じた害が避けようとした害の程度を超えた場合は、過剰避難として刑の任意的減免が認められる(37条1項ただし書)。
誤想避難
現在の危難が存在しないにもかかわらず、存在すると誤信して避難行為を行った場合は誤想避難の問題となる。処理方法は誤想防衛と同様であり、事実の錯誤として故意を阻却するのが通説である。
特殊な問題
自招危難
行為者が自ら危難を招いた場合に緊急避難が認められるかについては争いがある。
- 否定説: 自招危難の場合は緊急避難は認められない
- 制限説(通説): 故意に危難を招いた場合は否定されるが、過失による場合は肯定されうる
業務上の義務
37条2項は、業務上特別の義務がある者には緊急避難の規定を適用しないと定める。消防士、警察官等がこれに該当する。
強要による行為
強要された場合に緊急避難が成立するかは、緊急避難の法的性質との関連で議論される。生命・身体に対する脅迫を受けて犯罪行為を行った場合、期待可能性の問題として処理する見解もある。
試験での出題ポイント
論文式試験での検討手順
- 正当防衛との区別: 対象が侵害者か第三者かで区別する
- 現在の危難の有無: 危難の存在と現在性を認定する
- 補充性の検討: 他に手段がなかったかを検討する
- 法益の権衡: 保全法益と侵害法益を比較する
- 過剰避難の検討: 権衡を欠く場合に37条1項ただし書を適用する
まとめ
- 緊急避難は正対正の関係で第三者の法益を侵害する点で正当防衛と異なる
- 補充性と法益の権衡が正当防衛にはない固有の要件である
- 法的性質について違法性阻却事由説と責任阻却事由説の対立がある
- 法益の権衡を欠く場合は過剰避難として刑の任意的減免が認められる
- 業務上特別の義務がある者には適用されない(37条2項)
FAQ
Q1. 緊急避難と正当防衛はどう使い分けますか?
侵害の原因者(不正な侵害者)に対する防衛行為は正当防衛、無関係の第三者の法益を侵害して危難を避ける行為は緊急避難です。
Q2. 生命対生命の緊急避難は認められますか?
生命の法益は同等であるため、「害が避けようとした害の程度を超えなかった」として緊急避難が成立しうるとするのが通説です。ただし、異論もあります。
Q3. 消防士は緊急避難を主張できますか?
刑法37条2項により、業務上特別の義務がある者には緊急避難の規定は適用されません。消防士は危険に対処する義務があるため、原則として緊急避難を主張できません。