【判例】会社分割における詐害行為取消権
会社分割における詐害行為取消権の適用に関する判例を詳解。濫用的会社分割の問題、最判平24.10.12の判示内容、会社法759条4項の新設、債権者保護の在り方を体系的に分析します。
この判例のポイント
会社分割(吸収分割・新設分割)に伴い、分割会社に残された債権者(残存債権者)が害されるような場合であっても、会社分割は詐害行為取消権(民法424条)の対象となり得るとした最高裁判決。従来、会社分割のような組織法上の行為に対して詐害行為取消権が行使できるかについて争いがあったが、最高裁は、新設分割設立会社にその債務の履行を請求できない残存債権者は、民法424条の規定により、詐害行為取消権を行使することができると判示し、債権者保護の強化を図った。
事案の概要
A社(分割会社)は、多額の債務を負い経営が悪化していた。A社は、事業の再建を図るとして新設分割を行い、収益性の高い事業部門を新設会社B社に承継させた。A社にはB社の株式が割り当てられたが、A社には採算の悪い事業と多額の債務が残された。
X(原告)はA社に対する債権者であったが、新設分割に際してA社からB社への債務の承継対象とはされなかった(いわゆる残存債権者)。A社は新設分割後、実質的に無資力の状態となり、Xは債権の回収が著しく困難となった。
Xは、A社の新設分割は、債権者を害する行為であるとして、民法424条に基づく詐害行為取消権を行使し、B社に対して、A社からB社に承継された財産の返還(又は価額賠償)を求めた。
第一審はXの請求を認容し、控訴審もこれを維持した。B社が上告した。
争点
- 会社分割のような組織法上の行為に対して、詐害行為取消権(民法424条)を行使することができるか
- 会社分割に対して詐害行為取消権が行使された場合の効果はいかなるものか
- 会社法上の債権者保護手続との関係はどうか
判旨
最高裁は上告を棄却し、詐害行為取消権の行使を認めた。
新設分割がされた場合において、新設分割設立会社にその債務の履行(当該債務の保証に係る債務の履行を含む。)を請求することができない新設分割株式会社の債権者は、民法424条の規定により、新設分割を詐害行為として取り消すことができる
― 最高裁判所第二小法廷 平成24年10月12日 平成23年(受)第1580号
最高裁は、以下の理由を述べた。
新設分割について、これを詐害行為取消しの対象とすることができないとすると、濫用的な会社分割がされた場合に、残存債権者が害されることとなり不当である。会社法その他の法令において、新設分割を詐害行為取消権の行使の対象から除外する旨を定めた規定はない
― 最高裁判所第二小法廷 平成24年10月12日
取消しの効果
詐害行為取消権の行使によって新設分割が取り消された場合、その効果は、新設分割設立会社に承継された財産の価額の限度で、取消債権者に対する関係において効力を有する
― 判例法理
ポイント解説
会社分割制度の概要
会社分割は、会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を他の会社に承継させる組織法上の行為である。吸収分割(既存の会社に承継させる場合)と新設分割(新たに設立する会社に承継させる場合)の2類型がある。
分割の類型 内容 対価の帰属先 吸収分割 既存会社に権利義務を承継 分割会社又はその株主 新設分割 新設会社に権利義務を承継 分割会社又はその株主濫用的会社分割の問題
「濫用的会社分割」とは、債務超過の会社が会社分割を利用して、収益性の高い事業と優良資産を新設会社(又は承継会社)に移転し、分割会社に多額の債務のみを残すことにより、分割会社の債権者の債権回収を困難にする行為をいう。
この問題は、会社分割制度が導入された当初から指摘されていたが、旧法下では債権者保護の手段が不十分であった。具体的には、以下の問題点があった。
(1) 残存債権者の保護の欠缺:会社法上の債権者保護手続(異議手続)は、分割会社に残される債権者(残存債権者)には適用されないとの解釈が有力であった。
(2) 組織法上の行為に対する詐害行為取消権の可否:会社分割は組織法上の行為(法律行為ではなく組織再編行為)であるため、民法424条の「法律行為」に該当するかについて争いがあった。
残存債権者と承継債権者
会社分割における債権者は、分割計画(分割契約)の内容により、以下のように分類される。
債権者の類型 内容 保護手段 承継債権者 承継会社(新設会社)に移転する債務の債権者 分割会社と承継会社の双方に請求可能な場合あり 残存債権者 分割会社に残される債務の債権者 旧法下では保護が不十分濫用的会社分割において最も害されるのは残存債権者であり、本判決はその保護のために詐害行為取消権の行使を認めたものである。
会社法の平成26年改正(759条4項の新設)
本判決を受けて、平成26年会社法改正により、会社法759条4項(吸収分割の場合)及び764条4項(新設分割の場合)が新設された。これらの規定は、分割会社が残存債権者を害することを知って会社分割をした場合には、残存債権者は承継会社(新設会社)に対して、承継した財産の価額を限度として債務の履行を請求できることを定めている。
これにより、残存債権者は詐害行為取消訴訟を提起することなく、直接、承継会社(新設会社)に対して請求できるようになった。
学説・議論
組織法上の行為と詐害行為取消権
本判決以前は、会社分割のような組織法上の行為に対して詐害行為取消権を行使できるかについて、以下の見解が対立していた。
肯定説は、会社分割も財産の移転を伴う行為であり、債権者を害する効果を有する以上、詐害行為取消権の対象となり得るとする。債権者保護の実効性を重視する立場である。
否定説は、会社分割は組織法上の行為であり、包括的な権利義務の承継という効果を有するため、個別の「法律行為」を対象とする詐害行為取消権の枠組みにはなじまないとする。また、会社分割の効力を遡及的に覆すことは法的安定性を害するとの批判もあった。
最高裁は肯定説を採用し、会社分割に対する詐害行為取消権の行使を認めた。もっとも、取消しの効果は相対的効力(取消債権者との関係でのみ効力を有する)にとどまり、会社分割自体が遡及的に無効となるものではないとした。
取消しの効果の範囲
詐害行為取消権の行使による取消しの効果については、以下の議論がある。
財産返還説は、承継会社(新設会社)に承継された財産の原状回復(返還又は価額賠償)を認めるとする。
債務負担説は、会社分割の効力自体は維持しつつ、承継会社(新設会社)に対して分割会社の残存債務の履行を請求できるとする。
平成26年改正による759条4項は、債務負担説に近い立法的解決を図ったものと評価されている。
法人格否認の法理との関係
濫用的会社分割の場面では、法人格否認の法理の適用の可否も議論されている。すなわち、分割会社と承継会社(新設会社)の法人格の分離を否認し、承継会社に対して分割会社の債務の履行を請求できるかという問題である。
判例は、法人格否認の法理の適用は極めて限定的であり、濫用的会社分割の場面では詐害行為取消権(及び平成26年改正後の759条4項)による解決が優先されるとの立場をとっている。
判例の射程
本判決の射程は以下のとおりである。
第一に、本判決は新設分割についての判断であるが、吸収分割についても同様に詐害行為取消権の行使が可能であると解されている。
第二に、本判決は事業譲渡に対する詐害行為取消権の行使の可否にも影響を及ぼす。事業譲渡は個別の財産移転行為の集合であり、詐害行為取消権の対象となることはより明確であるとされている。
第三に、平成26年改正後は、759条4項による直接請求が可能となったため、詐害行為取消権を行使する実務上の必要性は減少した。もっとも、759条4項の要件を満たさない場合には、なお詐害行為取消権の行使が問題となり得る。
第四に、平成29年改正民法(債権法改正)により詐害行為取消権の要件・効果が見直されたが、会社分割に対する適用の基本的枠組みは変わらないと解されている。
反対意見・補足意見
本判決には、田原睦夫裁判官の補足意見が付されている。
田原裁判官は、会社分割に対する詐害行為取消権の行使を肯定しつつも、組織法上の行為に対する詐害行為取消権の行使には以下の限界があることを指摘した。
(1) 詐害行為取消権の行使は、債権者との関係での相対的取消しにとどまり、会社分割自体の効力が遡及的に否定されるものではない。
(2) 承継会社(新設会社)が善意の場合には、詐害行為取消権の行使が制限される可能性がある。
(3) 会社分割後に承継会社(新設会社)と取引関係に入った第三者の利益にも配慮する必要がある。
試験対策での位置づけ
会社分割における詐害行為取消権は、司法試験・予備試験において以下の形で出題される。
(1) 濫用的会社分割と債権者保護の論点として、残存債権者の保護手段を問う出題
(2) 詐害行為取消権の適用範囲の論点として、組織法上の行為に対する適用の可否を問う出題
(3) 平成26年改正による759条4項の解釈・適用を問う出題
(4) 民法(債権法改正)と会社法の交錯として、詐害行為取消権の改正が会社分割に及ぼす影響を問う出題
特に、旧法下の判例法理(本判決)と平成26年改正後の制度を対比して理解することが重要である。
答案での使い方
答案では、以下の流れで論じることが有効である。
- 問題の所在の提示:濫用的会社分割により残存債権者が害される場合に、いかなる法的手段が認められるかを提示する。
- 会社法上の債権者保護手続の検討:会社法789条等の債権者保護手続が残存債権者に適用されるか(又は759条4項の適用があるか)を検討する。
- 詐害行為取消権の適用の検討:組織法上の行為である会社分割に対して詐害行為取消権を行使できるか、最判平24.10.12の判旨を摘示して論じる。
- 取消しの効果の検討:取消しの効果(相対的効力、承継財産の価額の限度)を論じる。
- 759条4項による解決:平成26年改正後の事案では、759条4項の直接請求を優先的に検討する。
重要概念の整理
残存債権者の保護手段の比較
保護手段 根拠 要件 効果 詐害行為取消権 民法424条 詐害意思・債権者を害する行為 相対的取消し・財産返還 直接請求権 会社法759条4項 債権者を害することの認識 承継財産の価額を限度に直接請求 債権者異議手続 会社法789条 分割計画による 弁済・担保提供会社分割の手続の流れ
手続 内容 関連条文 分割計画(契約)の作成 承継する権利義務等を定める 会社法757条・762条 株主総会の承認 特別決議による 会社法783条・804条 債権者保護手続 異議を述べる機会の付与 会社法789条・810条 登記 効力発生 会社法923条濫用的会社分割に関する判例の展開
判例 内容 意義 最判平24.10.12 新設分割に対する詐害行為取消権の行使を肯定 リーディングケース 平成26年改正 会社法759条4項・764条4項の新設 立法的解決発展的考察
債権法改正と詐害行為取消権
平成29年改正民法(2020年4月施行)は、詐害行為取消権の要件・効果を大幅に見直した。改正後は、詐害行為取消権の類型が整理され、(1)相当の対価を得てした財産の処分行為、(2)偏頗行為(特定の債権者のみに弁済する行為)、(3)過大な代物弁済等について、個別の要件が定められた。
会社分割に対する詐害行為取消権の行使については、改正後の民法424条の要件をどのように適用するかが問題となるが、基本的枠組みは本判決の射程内にあると解されている。
事業再生と会社分割
会社分割は、事業再生の手法としても活用されている。債務超過の企業が優良事業部門を新設会社に移転し、分割会社について破産又は特別清算の手続を行うことで、事業の存続と債権者の保護の両立を図ることができる。
もっとも、このような会社分割が濫用的なものに該当しないかについては、個別具体的な事情に即した判断が必要であり、(1)事業再生の必要性、(2)債権者への配慮の程度、(3)手続の公正性等の要素を総合的に考慮すべきである。
国際比較
アメリカ法では、詐害的譲渡(fraudulent transfer / fraudulent conveyance)の法理により、債権者を害する財産移転の取消しが認められている。統一詐害的譲渡法(UFTA)は、会社分割のような組織再編行為にも適用され得るとされている。
EU法では、会社分割指令により、分割会社の債権者の保護が図られている。具体的には、分割後も分割会社と承継会社が連帯して債務を負担する仕組みが採用されている国が多い。
よくある質問
Q1. 残存債権者は常に詐害行為取消権を行使できるのか?
A. 詐害行為取消権の行使には、(1)分割会社が債権者を害することを知って会社分割をしたこと(詐害意思)、(2)会社分割により分割会社が無資力となったこと(債権者を害する行為)、(3)受益者(承継会社・新設会社)が善意でないこと等の要件が必要である。
Q2. 759条4項と詐害行為取消権の関係は?
A. 759条4項は会社法上の特則として、詐害行為取消訴訟を提起することなく、残存債権者が直接、承継会社に対して請求できる権利を定めている。759条4項の要件を満たす場合には、同条による直接請求が優先的に利用されることが多いが、詐害行為取消権との併存は否定されていない。
Q3. 分割後の承継会社の取引相手は影響を受けるか?
A. 詐害行為取消権の行使は相対的効力を有するにとどまるため、承継会社(新設会社)と取引関係に入った善意の第三者の利益は保護される。759条4項による直接請求の場合も、承継財産の価額を限度とするものであり、承継会社自体の法的地位が覆されるわけではない。
Q4. 合併にも詐害行為取消権を行使できるか?
A. 合併は、消滅会社の権利義務がすべて存続会社(新設会社)に包括的に承継される行為であり、債権者が害される状況は通常生じにくい。もっとも、不適切な合併比率により特定の債権者が害される場合には、理論的には詐害行為取消権の行使が問題となり得るが、判例はこの点について明確な判断を示していない。
Q5. 詐害行為取消権の消滅時効はどのくらいか?
A. 改正民法424条の7により、詐害行為取消権は、債権者が取消しの原因を知った時から2年間行使しないとき、又は行為の時から10年を経過したときに消滅する。
関連条文
- 民法424条(詐害行為取消権):債権者を害する法律行為の取消しを認める規定。
- 会社法757条(吸収分割契約の締結):吸収分割の手続を定める。
- 会社法759条4項(残存債権者の直接請求権):平成26年改正で新設。
- 会社法764条4項(新設分割の場合の残存債権者の保護):平成26年改正で新設。
- 会社法789条(債権者の異議):会社分割における債権者保護手続。
関連判例
- 最判平24.10.12:本判決。新設分割に対する詐害行為取消権の行使を肯定。
- 東京地判平22.5.27:濫用的会社分割について法人格否認の法理の適用を認めた事例。
- 福岡地判平23.2.17:会社分割に対する詐害行為取消権の行使を認めた下級審判例。
- 最判平16.7.1:詐害行為取消権の要件に関する一般的判例。
まとめ
本判決は、濫用的会社分割において残存債権者が害される場合に、詐害行為取消権の行使を認めた画期的な判例である。組織法上の行為である会社分割に対して民法上の詐害行為取消権が適用されることを最高裁が明確に認めたことにより、会社分割制度における債権者保護が大きく強化された。
その後の平成26年会社法改正により、会社法759条4項(764条4項)が新設され、残存債権者の保護が立法的に手当てされた。現在では、759条4項による直接請求と詐害行為取消権の行使が併存する形で、残存債権者の保護が図られている。
試験対策としては、旧法下の判例法理(本判決)と改正後の制度(759条4項)を対比し、それぞれの要件・効果を正確に整理することが重要である。