上訴制度の体系|控訴・上告・抗告の要件と効果
民事訴訟法の上訴制度を体系的に解説。控訴の要件、上告理由、上告受理申立て、抗告の類型、不利益変更禁止の原則を整理します。
この記事のポイント
上訴制度は三審制の下で控訴・上告・抗告の3類型があり、各上訴の要件と効果が異なる。 控訴は事実審としての最後の審級であり、第一審の判断に対して事実認定と法律判断の双方を争うことができる。これに対し上告は法律審であり、原則として憲法違反と重大な手続違反(絶対的上告理由)に上告理由が限定される。決定・命令という簡易な裁判形式に対する不服申立てが抗告である。
本記事では、まず上訴に共通する概念(上訴の意義・確定遮断効・移審効・上訴の利益)を整理し、続いて控訴・上告・抗告それぞれの要件と効果を判例・条文に即して詳述する。そのうえで、上訴審で常に問題となる不利益変更禁止の原則を附帯控訴・相殺の抗弁と絡めて掘り下げ、答案の書き方とよくある誤解(FAQ)まで一気通貫で扱う。司法試験・予備試験で頻出の「上訴の利益の判断基準」「不利益変更禁止と相殺の抗弁」「上告受理申立てと上告の振り分け」を確実に押さえることを目標とする。
上訴の意義と共通構造
上訴とは何か
上訴とは、未確定の裁判に対し、上級裁判所に対してその取消し・変更を求める不服申立てをいう。 確定した裁判を争う再審(338条以下)や、同一審級内で行う異議とは区別される。上訴の対象は「未確定の裁判」である点が決定的に重要で、判決が確定してしまえば上訴はもはやできず、確定判決には既判力(114条)が生じる。
上訴制度の存在理由は二つある。第一に、当事者の権利保護である。裁判は人間の営みである以上、事実認定や法解釈に誤りが生じうる。誤った裁判を上級審で是正する機会を保障することが、適正な裁判の実現につながる。第二に、法令解釈の統一である。とりわけ最高裁判所による上告審は、下級審ごとにばらつきうる法令解釈を統一し、法的安定性と予測可能性を確保する役割を担う。前者は個別事件の救済を志向し、後者は制度全体の利益を志向する。上告審が法律審として上告理由を限定し、上告受理申立て制度を設けているのは、この第二の機能を重視したものといえる。
上訴に共通する効力
上訴を適法に提起すると、二つの基本的効力が発生する。
確定遮断効とは、上訴の提起により原裁判の確定が遮断される効力である(116条参照)。上訴期間内に上訴がなされれば、その裁判は確定せず、執行力・既判力の発生が阻止される。逆に、上訴期間が経過し、または上訴権を放棄すれば裁判は確定する。
移審効とは、事件が原審を離れて上級審に係属する効力である。控訴の提起により事件全体が控訴審に移審し、上告の提起により上告審へ移審する。この移審の範囲は、原則として上訴された範囲に限られるのではなく、原判決全体に及ぶ(上訴不可分の原則)。ただし、後述の不利益変更禁止の原則により、現実に審判できる範囲は不服申立ての限度に画される。
上訴の利益(不服)
上訴の利益(不服の利益)とは、上訴によって原裁判の取消し・変更を求めるだけの正当な利益をいい、上訴の適法要件である。 上訴の利益を欠く上訴は不適法として却下される。
上訴の利益の有無の判断基準については、形式的不服説が判例・通説である。すなわち、当事者が第一審で申し立てた申立て(請求の趣旨)と、原判決の主文とを比較し、判決主文が申立てに満たない場合(量的・質的に下回る場合)に不服があると解する。原告が100万円の支払を求めて80万円の認容判決を得た場合、20万円分について敗訴しているから不服があり、控訴できる。全部勝訴した当事者には原則として不服がなく、控訴の利益を欠く。
ここで重要な論点が、全部勝訴した原告が、より有利な理由による判決を求めて上訴できるかである。たとえば原告が所有権に基づく明渡請求と賃貸借終了に基づく明渡請求を選択的に併合し、後者で全部認容判決を得たが、所有権に基づく判断を求めたい場合などである。形式的不服説からは、主文で全部勝訴している以上、判決理由中の判断に不満があっても原則として上訴の利益はない。判決理由中の判断には既判力が生じないから(114条1項)、理由に不満があっても法的不利益は生じないと考えるのである。
もっとも、相殺の抗弁に関する判断には例外がある。相殺をもって対抗した額について理由中の判断であるにもかかわらず例外的に既判力が生じる(114条2項)。そのため、相殺の抗弁が認められて勝訴した被告は、本来の請求原因について争いたい場合に上訴の利益が認められうる。被告が相殺により勝訴すると反対債権を失うという実体法上の不利益を被るからである。
上訴の利益をめぐる学説
上訴の利益の判断基準については、形式的不服説のほかにいくつかの考え方が対立してきた。整理しておくと答案で規範を立てる際の理解が深まる。
- 形式的不服説(通説・判例): 第一審で当事者がした申立て(請求の趣旨)と判決主文を比較し、主文が申立てに満たない部分があれば不服があるとする。基準が明確で予測可能性が高い反面、主文では勝訴だが理由中の判断で不利益を被る場合(相殺の抗弁等)を捉えきれないという指摘がある。
- 実体的不服説: 原判決が確定した場合に当事者が被る実体法上の不利益を基準とする。理由中の判断による不利益も拾える反面、基準が不明確になりやすい。
- 新実体的不服説(機能的不服説): 上訴を認めることでより有利な判決を得られる可能性があるかを基準とする。
通説・判例である形式的不服説を原則としつつ、相殺の抗弁(114条2項)のように理由中の判断に既判力が及ぶ場面では実質的な不利益を考慮する、という二段構えで処理するのが実務的かつ答案上も安定する。この「原則=形式的不服説、例外=相殺等の既判力」という構造を理解しておくことが、上訴の利益が問われた問題の核心である。
なお、当事者の一方しか不服を申し立てていない場合でも、原判決が複数の請求や複数の当事者に関わるとき、移審の範囲と審判の範囲がずれる(上訴不可分の原則と不利益変更禁止の原則の交錯)ため、誰がどの範囲で不服を申し立てたかを丁寧に切り分ける必要がある。
控訴
控訴の意義
控訴とは、第一審の終局判決に対して、事実認定と法律判断の当否を争うために上級裁判所(控訴裁判所)に提起する上訴をいう。 簡易裁判所が第一審の場合は地方裁判所が、地方裁判所が第一審の場合は高等裁判所が控訴審となる。控訴審は、上告審と異なり事実審である点に最大の特徴がある。
控訴の要件
要件 内容 条文 控訴の対象 第一審の終局判決であること 281条 控訴権 不服のある当事者が有すること 281条 控訴の利益(不服) 原判決が申立てに対し不利益であること (解釈) 控訴期間 判決書送達から2週間の不変期間内 285条 控訴の方式 控訴状を第一審裁判所に提出 286条控訴期間は判決書または判決に代わる調書の送達を受けた日から2週間であり、これは不変期間である(285条)。不変期間であるから、当事者の責めに帰すことのできない事由によって徒過した場合には、訴訟行為の追完(97条)が認められうる。控訴状は控訴審裁判所ではなく第一審裁判所に提出する点が出題されやすい(286条1項)。なお、当事者双方が上告をしない旨を合意して控訴をしない飛躍上告(跳躍上告)の合意(281条1項ただし書)がある場合には控訴ができない。
控訴審の構造——続審制
控訴審の審理構造には、覆審制・続審制・事後審制の三類型が観念される。
- 覆審制: 第一審の資料を白紙に戻し、控訴審で改めて最初から審理をやり直す方式。
- 続審制: 第一審の口頭弁論の結果を引き継ぎ(298条1項)、これに控訴審で新たに提出された資料を加えて審理する方式。
- 事後審制: 第一審で提出された資料のみに基づき、原判決の当否を事後的に審査する方式。
日本の民事控訴審は続審制を採用する。第一審の弁論の結果が陳述され(298条1項)、当事者は控訴審で新たな攻撃防御方法を提出できる。ただし、時機に後れた攻撃防御方法の却下(157条)は控訴審でも適用され、第一審で提出できたものを控訴審で初めて出すことは制限されうる。続審制の帰結として、控訴審の判断資料は第一審の資料と控訴審の資料の総体となり、控訴審は自ら事実認定をやり直すことができる。
控訴審の審判の対象と範囲
控訴により事件全体が移審する(上訴不可分)が、現実に審判される範囲は当事者の不服申立ての限度に限られる(296条1項、304条)。控訴審は不服申立ての範囲内で第一審判決の当否を判断し、判決主文において第一審判決を維持(控訴棄却)・取消(原判決取消)・変更する。
控訴に理由がないときは控訴を棄却する。控訴に理由があるときは原判決を取り消し、自ら裁判をする(自判)のが原則である。ただし、第一審判決が訴えを不適法として却下したのに控訴審がこれを適法と判断した場合(307条)や、事件につき更に弁論をする必要がある場合(308条)には、事件を第一審に差し戻すことができる。
附帯控訴
附帯控訴とは、被控訴人が、相手方の控訴に便乗して、自己に有利に原判決の変更を求める申立てである(293条)。 被控訴人は控訴期間を経過し、または控訴権を放棄した後であっても、口頭弁論終結まで附帯控訴ができる(293条1項)。
附帯控訴の意義は、不利益変更禁止の原則を打破する点にある。後述のとおり、控訴審は控訴人の不利益に原判決を変更できないが、被控訴人が附帯控訴をすれば、その範囲で控訴人に不利益な(=被控訴人に有利な)変更が可能となる。附帯控訴は控訴の取下げ等により控訴が効力を失えば、その効力を失う(293条3項本文)。ただし、控訴期間内にされた附帯控訴で控訴の要件を備えるものは、独立の控訴とみなされる(同条3項ただし書)。
控訴の取下げと訴えの取下げの区別
控訴審の段階で訴訟を終わらせる当事者の行為として、控訴の取下げと訴えの取下げを区別する必要がある。両者は名称が似ているが効果が全く異なるため、答案でも実務でも混同が許されない。
控訴の取下げ(292条)は、控訴という上訴のみを撤回する行為である。控訴が取り下げられると、控訴審の訴訟係属が遡って消滅し、第一審判決がそのまま確定する。すなわち、控訴の取下げによって第一審で得た判決の内容は維持されたまま確定するのであり、第一審判決の効力は失われない。控訴の取下げは控訴審の終局判決があるまで行うことができ、相手方の同意は不要である(292条1項。訴えの取下げと異なる)。
これに対し訴えの取下げ(261条)は、訴え自体を撤回する行為であり、訴訟係属が遡って消滅して、第一審判決を含めはじめから訴訟がなかったことになる(262条1項)。本案について終局判決があった後に訴えを取り下げると、同一の訴えを再び提起できなくなる再訴禁止効(262条2項)が生じる。控訴審で訴えを取り下げる場合、第一審の本案判決を経ている以上、相手方の同意が必要となる(261条2項)。
両者の決定的な違いは、第一審判決の運命にある。控訴の取下げでは第一審判決が確定し残るが、訴えの取下げでは第一審判決もろとも訴訟が消滅する。全部敗訴して控訴した当事者が「控訴を取り下げる」と「訴えを取り下げる」を取り違えると、前者では敗訴判決が確定してしまうのに対し、後者では(同意が得られれば)判決自体が消滅するという正反対の結果になる。
上訴権の放棄と上訴権の消滅
上訴権は、次の事由により消滅する。第一に、上訴期間の徒過である。控訴・上告ともに送達から2週間の不変期間が経過すれば上訴権は消滅し、裁判が確定する。第二に、上訴権の放棄である。当事者は、判決言渡し後、上訴権を放棄することができる。当事者双方が上訴権を放棄すれば、判決はその時点で確定する。第三に、上訴の取下げであるが、これは既に発生した上訴の効力を撤回するもので、上訴権そのものの放棄とは区別される。なお、当事者間で上訴をしない旨を合意する不上訴の合意も有効と解されており、これに反する上訴は不適法として却下される。
上告
上告の意義
上告とは、控訴審の終局判決(または飛躍上告の場合は第一審判決)に対し、法令違反を理由として上級裁判所に提起する上訴をいう。 上告審は最高裁判所または高等裁判所である(311条)。上告審は法律審であり、原判決が適法に確定した事実に拘束される(321条1項)。すなわち、上告審は事実認定をやり直さず、もっぱら法律問題(法令の解釈適用・手続の適法性)を審査する。これが控訴審との決定的相違である。
法律審であることの帰結として、上告審で新たな事実の主張や証拠の提出は原則として許されない。上告審が判断するのは、原判決が確定した事実関係を前提として、法令の解釈適用に誤りがあったか、判決に影響を及ぼす手続違反があったか、である。
上告理由
上告理由は法定されており、これに該当しない限り上告は不適法となる。
区分 内容 条文 憲法違反 判決に憲法の解釈の誤りその他憲法違反があること 312条1項 絶対的上告理由 重大な手続違反(下記)があること 312条2項各号 (高裁が上告審の場合)判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反 一般的法令違反 312条3項絶対的上告理由(312条2項各号)は、判決への影響の有無を問わず当然に上告理由となる重大な手続違反であり、おおむね次のものが含まれる。
- 法律に従って判決裁判所を構成しなかったこと(1号)
- 法律により判決に関与できない裁判官が関与したこと(2号)
- 専属管轄の規定に違反したこと(3号)
- 法定代理権・訴訟代理権・代理人の特別授権を欠いたこと(4号)
- 口頭弁論の公開規定に違反したこと(5号)
- 判決に理由を付さず、または理由に食違いがあること(6号)
ここで注意すべきは、最高裁判所への上告では、単なる「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反」は上告理由とならないことである。一般的法令違反は、後述の上告受理申立てを通じてのみ最高裁に持ち込みうる。これは平成8年(1996年)の民事訴訟法全面改正により、最高裁の負担軽減と法令解釈統一機能への特化を図って導入された仕組みである。
理由不備・理由齟齬
実務上頻出するのが判決に理由を付さない場合または理由に食違いがある場合(312条2項6号)である。たとえば、主要な争点について判断を全く示していない、認定事実と結論が論理的に矛盾している、といった場合がこれにあたる。判例も、判決の結論を導く理由が示されていない場合や、理由相互に矛盾がある場合を絶対的上告理由として扱ってきた。事実認定そのものの当否は上告審の審査対象外だが、理由を全く欠く・理由が矛盾するという「形式」の問題は、法律審たる上告審でも審査できるのである。
上告受理申立て(318条)
上告受理申立てとは、原判決に最高裁判所の判例違反その他法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる事件について、最高裁判所が裁量により上告審として受理する制度である(318条1項)。 上告理由(312条1項・2項)に該当しなくても、法令解釈上重要な事件をすくい上げるための制度である。
最高裁は、申立てに理由があると認めるときは上告受理決定をし、この場合、上告があったものとみなされる(318条4項)。受理にあたっては、申立て理由のうち重要でないと認めるものを排除することもできる(318条3項)。逆に、判例違反等の重要事項を含まないと判断すれば不受理決定をする。上告と上告受理申立ては別個の不服申立てであり、両者を併せて申し立てることができる点が実務上重要である。憲法違反や絶対的上告理由があれば「上告」、一般的法令違反や判例違反にとどまるなら「上告受理申立て」と、振り分けて主張するのが定石である。
上告審の裁判
裁判 内容 条文 上告棄却 上告に理由がないとき。決定で棄却することも可(317条2項) 319条等 原判決破棄・差戻し 原判決を破棄し、原審に差し戻して再審理させる 325条 原判決破棄・移送 原審と同等の他の裁判所へ移送 325条 破棄自判 事件が裁判をするのに熟するとき自ら判決 326条上告に理由があるときは原判決を破棄する。破棄後の処理は、差戻しが原則である。事実審理が必要なら事実審である原審に戻すのが筋だからである。もっとも、確定した事実に基づき法律判断のみで結論を出せる場合(事件が裁判をするのに熟する場合)には、上告審が自ら判決する自判が認められる(326条)。差戻しを受けた裁判所は、上告審が破棄の理由とした事実上・法律上の判断に拘束される(325条3項)。この破棄判決の拘束力は、同一事件の差戻後審において下級審の判断を縛る効力であり、既判力とは性質を異にする。
抗告
抗告の意義
抗告とは、判決以外の裁判である決定・命令に対する独立の上訴をいう。 決定・命令は、判決に比して簡易・迅速な処理が求められる手続事項について用いられる裁判形式であり、これに対する不服申立ても判決に対する控訴・上告とは別系統の手続として設計されている。
抗告の類型
類型 内容 条文 通常抗告 期間制限なく提起できる抗告。原裁判の取消し・変更を求める 328条 即時抗告 法律が特に定める場合に、1週間の不変期間内に提起 332条 再抗告 抗告裁判所の決定に対する抗告(高裁宛て、法令違反等を理由とする) 330条 特別抗告 憲法違反を理由に最高裁に提起する抗告 336条 許可抗告 高裁の決定・命令につき、法令解釈の重要事項を理由に高裁の許可を得て最高裁に提起 337条通常抗告は期間制限がなく、原裁判の取消しを求める利益がある限りいつでも提起できる(328条)。これに対し即時抗告は、法律が個別に「即時抗告をすることができる」と定める場合に限り、裁判の告知を受けた日から1週間の不変期間内に提起しなければならない(332条)。即時抗告には執行停止の効力がある(334条1項)のに対し、通常抗告には当然には執行停止効がない点も区別される。
特別抗告(336条)と許可抗告(337条)は、決定・命令を最高裁に持ち込む二つのルートである。前者は憲法違反を理由とし、後者は最高裁判例違反その他法令解釈の重要事項を理由として高裁の許可を要する。上告における「上告(312条)」と「上告受理申立て(318条)」の関係に対応する構造を、決定・命令の領域でなぞったものと理解するとわかりやすい。
不利益変更禁止の原則
原則の内容
不利益変更禁止の原則とは、上訴裁判所が、上訴した当事者(控訴人)の不服申立ての限度を超えて、その者に不利益に原判決を変更してはならないという原則をいう(304条)。 控訴審について明文があり(304条)、上告審にも準用される(313条)。
この原則は二つの側面を持つ。第一に不利益変更の禁止である。控訴人にとって原判決より不利な内容に変更することは許されない。第二に、その裏返しとして利益変更の禁止もある。控訴人の不服申立ての範囲を超えて、控訴人に有利に変更することも許されない。控訴審が判断できるのは、あくまで控訴人が「不服」として申し立てた範囲に限られるのである。
根拠——処分権主義
不利益変更禁止の原則の理論的根拠は処分権主義(246条)に求められる。訴訟の開始・対象・終了を当事者の意思に委ねるという処分権主義は、上訴審においても妥当する。控訴人がどの範囲で原判決を争うかは控訴人の処分に委ねられており、申立ての範囲を超えて裁判所が職権で原判決を変更することは、当事者の意思を超えて裁判をすることになり許されない。被控訴人が附帯控訴(293条)をすれば、その範囲で原判決を被控訴人に有利に(=控訴人に不利益に)変更できるのも、被控訴人が自らの処分により審判範囲を拡張したからである。
具体例による理解
例1: 原告が100万円の支払を求め、第一審が60万円の支払を命じた。原告だけが控訴した場合、控訴審は60万円の認容を超えて100万円まで認容しうるが(原告に有利な変更=原告の不服の範囲内)、認容額を60万円より減額して50万円とすることはできない。減額は控訴人たる原告に不利益な変更となるからである。被告は控訴も附帯控訴もしていない以上、被告に有利な変更はできない。
例2: 同じ事案で被告だけが控訴した場合、控訴審は60万円の認容を取り消して請求棄却(被告に有利)とすることはできるが、認容額を80万円に増額する(被告に不利益)ことはできない。原告が附帯控訴をすれば、その範囲で増額が可能となる。
相殺の抗弁と不利益変更禁止
不利益変更禁止が問題となる典型論点が相殺の抗弁である。被告が相殺の抗弁を主張し、第一審が請求を一部認容(相殺が一部認められた)した場合の控訴審の判断が問題となる。
たとえば、原告が100万円を請求し、被告が100万円の反対債権で相殺を主張、第一審が「訴求債権100万円は認められるが、反対債権60万円による相殺で40万円の限度で認容」したとする。被告だけが控訴した場合、控訴審が「訴求債権はそもそも50万円しか認められない」と判断したとき、どう処理するか。
ここで注意すべきは、相殺の抗弁の判断には既判力が生じる(114条2項)ことである。第一審判決の理由中で「反対債権60万円が相殺により消滅した」という判断には既判力が生じている。控訴審が訴求債権を50万円と認定し直しても、相殺に供された反対債権60万円分の既判力との関係で、被告に実体上の不利益(反対債権をどこまで失うか)が変動しうる。判例・通説は、相殺の抗弁が絡む場面では、訴求債権の存否と相殺の判断を一体として捉え、控訴人(被告)に最終的な結論において不利益が生じないよう配慮して判断すべきとする。この論点は、不利益を「主文(認容額)」で測るか「相殺により失う反対債権を含めた実質」で測るかという、不利益の捉え方の問題として論じられる。
答案での書き方
上訴の利益が問われた場合
- 規範定立: 上訴の利益(不服)が上訴の適法要件であることを述べ、その判断基準として形式的不服説(申立てと主文の比較)を提示する。
- 理由づけ: 判決理由中の判断には原則として既判力が生じない(114条1項)から、主文で全部勝訴していれば法的不利益はなく、上訴の利益を欠くことを説明する。
- 例外への目配り: 相殺の抗弁(114条2項)が絡む場合は既判力が例外的に生じるため、勝訴当事者にも上訴の利益が認められうることを指摘する。
- あてはめ: 設問の申立てと主文を具体的に比較し、不服の有無を判断する。
不利益変更禁止が問われた場合
- 原則の提示: 304条を引用し、控訴人の不服申立ての限度を超えて不利益に変更できないと述べる。
- 根拠: 処分権主義(246条)の上訴審への反映であることを述べると説得力が増す。
- 附帯控訴の検討: 被控訴人が附帯控訴(293条)をしているかを必ず確認する。していれば不利益変更の余地が生じる。
- 相殺の特殊性: 相殺の抗弁が絡む場合は114条2項の既判力を意識し、不利益を主文だけでなく失う反対債権の範囲まで含めて検討する。
上告か上告受理申立てかの振り分け
設問の「原判決の問題点」が憲法違反・絶対的上告理由(312条1項・2項)にあたるなら「上告」、判例違反その他法令解釈の重要事項(318条)にとどまるなら「上告受理申立て」と振り分ける。両者は併せて申し立てうることも一言添えると丁寧である。最高裁への単なる法令違反主張は上告理由にならない、という落とし穴を必ず指摘したい。
比較整理
比較項目 控訴 上告 抗告 対象 第一審の終局判決 控訴審の終局判決 決定・命令 審級の性質 事実審 法律審 上級審(事案による) 審理構造 続審制 法律審査(事実に拘束) 簡易な審理 期間 送達から2週間(285条) 送達から2週間(313条→285条) 通常抗告は無期限/即時抗告は1週間 不服事由の制限 事実・法律双方を争える 上告理由に限定(312条) 類型により異なる 新たな主張・証拠 提出可(続審制) 原則不可(事実に拘束) 類型によるまとめ
- 上訴は未確定の裁判に対する上級審への不服申立てであり、確定遮断効と移審効を生じる。適法要件として上訴の利益(不服)が必要で、判断基準は形式的不服説(申立てと主文の比較)。
- 控訴は第一審判決に対する上訴で、送達から2週間(285条)に控訴状を第一審裁判所に提出する。控訴審は続審制の事実審であり、新たな攻撃防御方法を提出できる。附帯控訴(293条)で審判範囲を拡張できる。
- 上告は法律審であり、上告理由は憲法違反・絶対的上告理由(312条)に限定される。一般的法令違反は上告受理申立て(318条)で最高裁に持ち込む。破棄は差戻しが原則だが、熟する場合は自判(326条)。
- 抗告は決定・命令に対する上訴で、通常抗告・即時抗告(1週間)・再抗告・特別抗告(336条)・許可抗告(337条)の類型がある。
- 不利益変更禁止の原則(304条)は処分権主義の現れであり、控訴人の不服申立ての限度を超えて不利益にも有利にも変更できない。相殺の抗弁が絡む場合は114条2項の既判力を意識した検討が必要。
FAQ
Q1. 附帯控訴とは何ですか?
相手方が控訴した場合に、被控訴人が控訴期間経過後でも口頭弁論終結まで原判決の自己に有利な変更を求められる制度です(293条)。独立の控訴ではなく相手方の控訴に附帯するもので、本来の控訴が取り下げられれば効力を失います(同条3項本文)。ただし控訴期間内にされ控訴要件を備える附帯控訴は独立の控訴とみなされます(同項ただし書)。附帯控訴の最大の意義は、不利益変更禁止の壁を破り、被控訴人に有利な(控訴人に不利益な)変更を可能にする点にあります。
Q2. 上告理由がない場合はどうすればよいですか?
上告受理申立て(318条)を行います。原判決に最高裁判所の判例違反その他法令の解釈に関する重要な事項が含まれると認められれば、最高裁判所が裁量により上告審として事件を受理します。受理されれば上告があったものとみなされます(318条4項)。なお、最高裁への単なる「判決に影響を及ぼす法令違反」は上告理由にならず、この受理申立てを通じてしか持ち込めない点に注意が必要です。
Q3. 控訴審で新しい証拠を出せますか?
出せます。日本の控訴審は続審制を採用しており、第一審の弁論の結果を引き継いだうえで(298条1項)、控訴審で新たな攻撃防御方法を提出できます。ただし、時機に後れた攻撃防御方法は却下されることがあり(157条)、第一審で容易に提出できたものを控訴審で初めて出すことは制限されうるため、無制限ではありません。
Q4. 全部勝訴した当事者は上訴できますか?
原則としてできません。形式的不服説によれば、申立てに対し主文で全部勝訴している以上、法的不利益がなく上訴の利益を欠くからです。判決理由中の判断に不満があっても、理由には原則として既判力が生じない(114条1項)ため不利益はありません。例外は相殺の抗弁で勝訴した場合で、相殺の判断には既判力が生じる(114条2項)ため、反対債権を失うという不利益を理由に上訴の利益が認められる余地があります。
Q5. 不利益変更禁止の原則は上告審にも適用されますか?
適用されます。304条は控訴に関する規定ですが、313条により上告審に準用されます。したがって上告審も、上告人の不服申立ての限度を超えて上告人に不利益に原判決を変更することはできません。理論的根拠は控訴審と同じく処分権主義(246条)の上訴審への反映です。
Q6. 即時抗告と通常抗告の違いは何ですか?
即時抗告は、法律が特に「即時抗告できる」と定める場合に限り、裁判の告知から1週間の不変期間内に提起する必要があり(332条)、執行停止の効力があります(334条1項)。通常抗告は期間制限がなく、取消しを求める利益がある限りいつでも提起できますが、当然には執行停止の効力を生じません。即時抗告は手続の早期確定が要請される事項に用いられる、と理解するとよいでしょう。