表見代表取締役と名目的取締役|外観法理と責任
表見代表取締役(354条)と名目的取締役の責任を解説。外観法理の適用要件、名目的取締役の429条責任、登記の信頼保護を整理します。
この記事のポイント
表見代表取締役(会社法354条)とは、社長・副社長その他「会社を代表する権限があると認められる名称」を付された取締役が、実際には代表権を持っていなかった場合に、その外観を信頼した善意の第三者を保護する制度である。 会社は、当該取締役が代表権を持たないことを善意の第三者に対抗できず、その行為について責任を負う。
検索で多いキーワードを先に整理しておくと、用語の異同は次のとおりである。
- 表見代表取締役:会社法354条が定める正式な制度名。代表権がないのに「社長」等の名称を持つ取締役。
- 表見代表:「表見代表取締役」の略称・通称。指している内容は同じ。
- 表見取締役:実務・受験で混用されがちな俗称。会社法に「表見取締役」という条文上の制度は存在しない。問題となる場面は、(1) 代表権の外観が問題なら354条(表見代表取締役)、(2) そもそも取締役の地位の外観(退任登記未了の元取締役など)が問題なら908条2項(不実登記の効力)として処理されるのが正確である。
- 会社法354条:表見代表取締役の根拠条文そのもの。
以下、これらを正面から定義し、要件・判例・あてはめ・答案の書き方まで体系的に解説する。あわせて、実務でも頻出する「名目的取締役」の対第三者責任(429条)も整理する。
表見代表取締役(会社法354条)とは
定義
表見代表取締役とは、株式会社の取締役であって、社長・副社長その他「株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称」を付されているにもかかわらず、現実には代表権を有しない者をいう。会社法354条はこのような取締役がした行為について、会社は善意の第三者に対して責任を負うと定める。
「表見」とは「外から見えるとおりの見かけ」を意味する。代表権という実体は伴わないが、名称という外観だけは代表権者そのものに見える――この外観と実体のずれを、第三者保護の方向で調整するのが354条である。
制度趣旨――外観法理(権利外観法理・禁反言)
354条の根拠は、いわゆる外観法理(権利外観理論)にある。すなわち、
- 虚偽の外観の存在(代表権者らしい名称)
- その外観作出への帰責性(会社が名称を付与・許容したこと)
- 外観への第三者の信頼(善意)
という三要素が揃ったとき、外観を信頼した者を保護し、外観を作り出した側に不利益を負担させる、という考え方である。英米法でいう禁反言(estoppel)、ドイツ法でいう権利外観理論と同じ発想であり、会社法では商号の貸与責任(会社法9条)、不実登記の効力(908条2項)などと共通の基盤に立つ。
取引社会では、相手方が「社長」や「副社長」を名乗っていれば、その者に契約締結権限があると信頼するのが通常である。いちいち登記簿を確認し、本当に代表権があるかを調査することを取引のたびに要求すれば、取引のスピードと安全は著しく害される。354条はこの取引の安全(動的安全)を保護する規定である。
条文の位置づけ
会社法354条は「代表取締役」に関する規定(349条以下)の中に置かれている。本来、株式会社を代表するのは代表取締役(349条)であり、代表取締役の代表権は包括的・不可制限的である(349条4項・5項)。354条は、その代表権が「ない」のに「あるように見える」例外的場面に、外観法理で対処する補充規定と位置づけられる。
354条の適用要件
354条を適用するための要件は、外観法理の三要素に対応して、次のように整理できる。
① 外観の存在――「代表権を有するものと認められる名称」
会社が、取締役に対して社長・副社長その他会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付したこと。条文は「社長、副社長」を例示するが、これに限られず、取引通念上、代表権を有すると認められる名称であれば足りる。
ここで重要なのは、外観の対象が「代表権」の外観であって、「取締役の地位」そのものの外観ではない点である。354条の適用前提として、その者が現に取締役であることが必要となる(条文上「取締役」と規定されている)。取締役ですらない者が社長を名乗った場合は、354条そのものではなく、後述の類推適用や民法の表見代理(109条等)・908条2項の問題として検討することになる。
② 代表権の不存在
当該取締役が、現実には代表権を有していないこと。代表権を有するなら、そもそも会社が責任を負うのは当然であり、外観法理を持ち出す必要がない。354条が機能するのは、名称という外観はあるが実体としての代表権がない、というずれがある場合に限られる。
③ 帰責性――会社による名称の付与・許容
外観の作出について会社に帰責性があること。条文は「付した」と規定するが、会社が積極的に名称を与えた場合だけでなく、取締役が自ら名乗っているのを会社が知りつつ放置・黙認していた場合(許容)も帰責性を肯定するのが通説・判例の立場である。会社が外観の存在に関与していないのであれば、外観を信頼した第三者を犠牲にしてまで会社に責任を負わせる理由がないからである。
④ 第三者の信頼――善意
第三者が、当該取締役に代表権がないことを知らなかった(善意)こと。
善意の対象は「代表権の不存在」である。問題は、善意に加えて無過失・無重過失まで要求するかである。
- 条文の文言は「善意の第三者」とのみ規定し、無過失を要求していない。
- もっとも、外観を信頼するにつき重大な過失がある第三者まで保護するのは外観法理の趣旨に反する。
- そこで、重過失は悪意と同視し、善意でも重過失があれば保護しない(=無重過失を要する)とするのが判例・通説である(最判昭和52年10月14日参照)。
- 一方、軽過失があるにとどまる第三者は保護される。すなわち無過失までは要しない。
このように、354条の善意は「善意かつ無重過失」と理解するのが現在の到達点である。立証責任については、第三者の善意は推定され、会社の側が第三者の悪意・重過失を主張立証すべきと解されている。
354条の効果
要件を満たすと、会社は当該取締役(表見代表取締役)がした行為について、善意(無重過失)の第三者に対して責任を負う。
ここでいう「責任を負う」とは、代表権のない者の行為であるにもかかわらず、会社に対して有効に効果が帰属するという意味である。たとえば表見代表取締役が会社名義で締結した売買契約は、会社が買主・売主としての責任を負い、第三者は会社に対して契約上の履行・損害賠償を請求できる。
効果の性質は、民法の表見代理と同様に、外観を信頼した第三者の側からのみ援用できる片面的な保護と解される。第三者の方から「やはり無権限だから無効だ」と主張することは、外観法理の趣旨(信頼した者の保護)に照らして許されないのが原則である。
どんな名称が354条にあたるか
「会社を代表する権限を有するものと認められる名称」かどうかは、取引通念に照らして個別に判断される。代表的な名称の扱いを整理すると次のとおりである。
名称 354条の適用 コメント 社長 適用あり 条文の例示。最も典型的 副社長 適用あり 条文の例示 専務取締役 適用あり(判例) 最判昭和51年12月24日が肯定 常務取締役 争いあり 取引通念・実態により判断。肯定例もある 頭取・理事長 等 適用ありうる 業種における代表者名称なら肯定 取締役○○部長 原則適用なし 部長は内部の職制であり、代表権の外観を生じにくい 単なる「取締役」 適用なし 取締役は当然には代表権を持たないので外観なしポイントは、その名称が取引社会で「会社を代表する者」と受け取られるかである。「専務」「常務」は、本来は社内序列を示す職名だが、慣行上、社長に次ぐ代表者と受け取られることが多いため、専務については判例が適用を肯定し、常務についても実態次第で肯定されうる。逆に「部長」は社内の部門責任者にとどまり、会社全体の代表者という外観を当然には生じない。
判例(正確な引用)
判例の事件名・年月日・条文は受験でも実務でも正確さが命であるため、本記事で扱う主要判例を一覧にする。新たな番号を創作せず、確実な範囲にとどめる。
判例 論点 判旨の要点 最判昭和51年12月24日 354条の名称 専務取締役の名称を付された取締役について、354条(旧商法262条)の適用を肯定した 最判昭和52年10月14日 354条の善意 354条による保護は、第三者が善意であっても重大な過失がある場合には及ばない(重過失は悪意と同視) 最判昭和48年5月22日 名目的取締役の429条責任 名目的取締役であっても、取締役に就任した以上は監視義務を免れず、悪意又は重大な過失により任務を懈怠した場合は429条の責任を負う 最判昭和62年4月16日 退任登記未了・908条2項類推 退任登記未了の元取締役は、会社が不実の登記を残存させていることにつき明示的に承諾を与えていた場合等、特段の事情があれば908条2項の類推適用により責任を負いうる※ 354条は会社法制定(2005年)前は商法262条にあたる。古い判例は旧商法262条についての判断だが、文言が実質的に引き継がれているため、会社法354条の解釈として援用される。
具体例とあてはめ
設例
A株式会社では、取締役Bが代表権を持たないにもかかわらず「専務取締役」の肩書を使って営業活動を行っていた。会社はこれを知りつつ黙認していた。取引先Cは、Bを代表者と信じてA社との間で1,000万円の商品売買契約を締結した。後にA社は「Bには代表権がないから契約は無効だ」と主張した。
あてはめ
- 外観:Bは「専務取締役」の名称を付されている。専務取締役は354条にいう「代表する権限を有するものと認められる名称」にあたる(最判昭和51年12月24日)。→ 外観あり。
- 代表権の不存在:Bには現実に代表権がない。→ 354条の適用場面。
- 帰責性:A社はBが専務を名乗っているのを知りつつ黙認していた。積極的付与でなくても許容で足りる。→ 帰責性あり。
- 善意・無重過失:CはBに代表権がないことを知らず(善意)、専務を信じたことに重過失も見当たらない。→ 信頼の保護に値する。
結論:354条により、A社はBの行為について善意の第三者Cに対し責任を負う。よって売買契約はA社に効果帰属し、A社は「代表権がない」ことをCに対抗できない。CはA社に対し契約の履行ないし損害賠償を請求できる。
「表見取締役」という言葉が出てきたら
設例を少し変えて、Bがそもそも取締役ですらないのに専務を名乗っていた場合はどうか。この場合は354条そのものの直接適用はできない(条文が「取締役」を前提とするため)。検討の道筋は次のようになる。
- 354条の類推適用:取締役でない使用人等に会社が代表者らしい名称を許容していた場合、354条を類推適用して第三者を保護しうるとする見解がある。
- 民法109条等の表見代理:会社が代理権授与の表示をしたとみられる場合は、表見代理の規律で処理する余地がある。
- 908条2項(不実登記):取締役として登記が残っているのに実体がない、という登記の外観が問題なら、不実登記の効力で処理する。
「表見取締役」という俗称が出てきたら、まず「外観の対象は代表権か、取締役の地位か」を切り分けるのが正攻法である。
名目的取締役の責任
表見代表取締役と混同されやすいのが「名目的取締役」である。両者は別の問題なので、ここで切り分けておく。
名目的取締役とは
名目的取締役とは、適法に取締役に就任しているが、実際には経営に関与せず、名前だけを貸している取締役をいう。中小企業で、人数合わせや信用補完のために親族・知人を取締役に「名前だけ」就任させる例が典型である。
表見代表取締役が「代表権の外観」の問題であるのに対し、名目的取締役は「就任は本物だが実働がない取締役の対外的責任」の問題であり、論点の所在が異なる。
429条責任(対第三者責任)
名目的取締役が実際に問題となるのは、会社が倒産し、債権者(第三者)が回収できなかったときに、取締役個人へ会社法429条1項に基づく損害賠償を請求する場面である。
429条1項は、役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うと定める。問題は、「名前だけ」の取締役にもこの責任が及ぶかである。
判例(最判昭和48年5月22日)は、名目的取締役であっても、取締役に就任した以上は他の取締役の業務執行を監視すべき監視義務を免れず、悪意又は重大な過失によりこの任務を懈怠して第三者に損害を与えたときは、429条の責任を負うとした。
責任が認められる根拠
- 取締役は取締役会の構成員として、他の取締役の職務執行を監視する義務を負う。これは代表取締役や担当取締役に限られない。
- 「名前を貸しただけ」という事情は会社内部の事情にすぎず、外部の第三者に対する免責事由にはならない。
- 名目的であることを理由に責任を免れさせると、安易な名義貸しを助長し、第三者保護に欠ける。
責任が否定されうる場合(因果関係)
もっとも、名目的取締役の責任は無制限ではない。監視義務違反(任務懈怠)と第三者の損害との間に相当因果関係が必要である。たとえば、その取締役が監視義務を尽くして異議を述べたとしても、ワンマン経営者の暴走を止められず損害発生を回避できなかったといえる場合には、因果関係が否定され、責任が認められないことがある。下級審にはこうした因果関係否定により名目的取締役の責任を否定した例も少なくない。
423条責任との関係
名目的取締役は、会社に対する任務懈怠責任(423条)を負うこともある。監視義務違反と会社の損害との間に因果関係があれば、対会社責任(423条)が成立しうる。429条が「対第三者責任」、423条が「対会社責任」である点を区別して押さえる。
登記と第三者保護(不実登記・908条2項)
「表見取締役」というキーワードの多くは、実は退任したのに登記が残っている元取締役の責任問題と関係する。これは354条ではなく、会社法908条2項(不実登記の効力)の問題として処理される。
不実登記の効力(908条2項)
項目 内容 意義 故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることを善意の第三者に対抗できない 典型例 退任した取締役の退任登記を怠り、登記簿上は取締役のまま残っている場合 効果 登記を信頼した善意の第三者との関係では、登記された事項(取締役である旨)が事実であるかのように扱われ、不実を主張できない908条2項も外観法理の一適用であり、登記という外観への第三者の信頼を保護する。会社法908条1項が「登記すべき事項は登記後でなければ善意の第三者に対抗できない」と定める(消極的公示力)のに対し、2項は「不実の登記をした者は不実を善意の第三者に対抗できない」とする(積極的な信頼保護)。
退任登記未了と元取締役の429条責任
退任したのに退任登記がされていない元取締役が、登記を信頼した第三者に対して429条責任を負うかが問題となる。
判例(最判昭和62年4月16日)は、退任登記未了の元取締役について、会社が不実の登記(取締役としての登記)を残存させていることにつき元取締役が明示的に承諾を与えていた等の特段の事情がある場合には、908条2項の類推適用により、自らが取締役でないことを善意の第三者に対抗できず、429条の責任を負いうるとした。
ポイントは、不実登記を作出・残存させたこと(外観の作出への帰責性)が元取締役自身にも認められるかである。単に登記が放置されていたというだけでなく、本人がそれを承諾していたといえる事情が必要となる。
354条と隣接制度の関係を深掘りする
民法の表見代理(109条・110条・112条)との関係
表見代表取締役(354条)と民法の表見代理は、いずれも「権限がないのに権限があるように見える者」と取引した第三者を保護する点で発想を共有する。もっとも、両者には次のような違いがある。
- 保護の対象となる外観:表見代理は「代理権」の外観、354条は「会社の代表権(包括的権限)」の外観を対象とする。
- 外観の作出方法:表見代理は代理権授与表示(109条)・権限踰越(110条)・代理権消滅後(112条)など類型ごとに細かく規律されるのに対し、354条は「代表権を有すると認められる名称の付与」という外観に着目して包括的に処理する。
- 適用の優先関係:会社の取引については、まず会社法の特則である354条の適否を検討するのが筋であり、354条の要件を満たさない場合に民法の表見代理(109条等)の適用余地を検討する、という順序が一般的である。
実務では、同一の事案について354条と民法110条が重畳的に主張されることもあるが、答案では「会社法354条が特則として優先的に検討される」ことを意識して論じると整理が安定する。
商号貸与責任(会社法9条)との関係
会社法9条は、自己の商号を使用して事業を行うことを他人に許諾した会社が、その他人と取引した第三者に対し、当該他人と連帯して責任を負うと定める(名板貸責任)。これも外観法理の一適用である。
354条との違いは、9条が「商号」という会社の同一性を示す外観の貸与に着目するのに対し、354条は「代表者らしい名称」という代表権の外観に着目する点である。問題場面が異なるが、いずれも「外観・帰責・信頼」という共通の枠組みで処理される点を押さえると、外観法理という大きな地図の中に位置づけられる。
会社法354条が機能しない場合の処理
354条の要件を満たさない場合でも、第三者保護がまったく否定されるわけではない。次のような代替的処理が考えられる。
- 代表権の外観すらない場合(単なる「取締役」名称):外観が欠けるため354条は適用されない。第三者は会社に責任追及できず、無権限者本人に対する責任(民法117条・無権代理人の責任類似の処理や不法行為)を検討する。
- 対象者が取締役でない場合:354条の直接適用はできず、354条の類推適用・民法の表見代理・908条2項のいずれかへ分岐する。
- 第三者に悪意・重過失がある場合:保護の前提を欠くため、会社は無権限を主張でき、契約は会社に帰属しない。
ケーススタディ――応用パターン
ケース1:「常務取締役」の扱い
D社の常務取締役Eが、代表権がないのにD社名義で継続的に取引していた。取引先Fは長年Eを窓口としてD社と取引しており、Eに代表権がないとは思っていなかった。
「常務取締役」が354条の名称にあたるかは争いがあるが、業界慣行・取引実態に照らし、Eが代表者に準ずる地位として認識されていたといえる事情があれば、肯定される余地がある。あてはめでは、(1) Eの名称・地位、(2) D社による許容、(3) Fの取引経緯と善意無重過失を、事実に即して具体的に評価することになる。逆に、Eの権限が限定的であることをFが認識しえたといえる事情があれば、重過失が問題となりうる。
ケース2:退任した代表取締役による契約
G社の代表取締役だったHが辞任したが、退任登記がされないまま放置されていた。Hは辞任後もG社名義で取引先Iと契約を締結した。
この場合、まず354条ではなく908条2項の問題として処理する。登記簿上Hは代表取締役のままであり、Iがこれを信頼して取引したなら、G社は「Hは代表取締役でない」ことをIに対抗しにくい。さらに、不実登記の残存についてH自身が承諾していた等の特段の事情があれば、Hが個人として429条責任を負う可能性が出てくる(最判昭和62年4月16日の枠組み)。「在任中の代表権の外観」ではなく「退任後の登記の外観」が問題である点が、ケース1との決定的な違いである。
ケース3:名目的取締役の倒産時責任
J社が倒産し、J社に商品を納入していた債権者Kが代金を回収できなかった。J社の取締役Lは、社長Mの知人で、名前を貸しただけの名目的取締役だった。
KはLに対し429条1項に基づき損害賠償を請求しうる。Lが名目的取締役であっても監視義務は免れず、Mの放漫経営を漫然と見過ごしていれば悪意・重過失による任務懈怠が認められうる(最判昭和48年5月22日)。ただし、Lが監視義務を尽くしてもMの暴走を止められず、Kの損害発生を回避できなかったといえる場合は、任務懈怠と損害との相当因果関係が否定され、Lの責任が認められないこともある。あてはめでは「監視義務違反の有無」と「因果関係の有無」を分けて検討するのが要点である。
比較整理――混同しやすい3つの制度
項目 表見代表取締役(354条) 名目的取締役(429条) 退任登記未了(908条2項類推) 外観の対象 代表権 (外観ではなく実働の欠如) 取締役の地位(登記) 本人の地位 現に取締役である 現に取締役である すでに退任している(元取締役) 根拠 外観法理 監視義務違反+任務懈怠 外観法理(登記の信頼) 保護される者 取引した善意無重過失の第三者 損害を被った第三者(債権者) 登記を信頼した善意の第三者 主な効果 会社に行為の効果が帰属 取締役個人が損害賠償責任 元取締役が「取締役でない」と対抗できず責任 主な判例 最判昭51.12.24/昭52.10.14 最判昭48.5.22 最判昭62.4.16この3つは「外観・名義」という共通の匂いがあるため受験生が混同しやすいが、①何の外観か(代表権か、地位か)、②本人は現に取締役か(在任か退任か)、③誰のどんな責任かで切り分ければ整理できる。
答案・論述での書き方
表見代表取締役(354条)を論じるときの型
- 問題提起:当該取締役に代表権がないなら本来その行為は会社に帰属しないはずだが、第三者保護の観点から354条の適否を検討する、と問題の所在を示す。
- 規範定立:354条の要件を、外観法理(外観・帰責・信頼)に対応させて立てる。善意の意義として「無重過失を要するか」を論点として明示する。
- 善意の論点処理:条文は無過失を要求しないが、外観法理の趣旨から重過失は悪意と同視すべき、と理由づけて「善意かつ無重過失」を要すると規範化する(最判昭52.10.14)。
- あてはめ:名称が「代表する権限を有すると認められる名称」か(専務なら昭51.12.24を引用)、会社の帰責性(付与・許容)、第三者の善意無重過失を、事実に即して具体的に評価する。
- 結論:会社は善意の第三者に責任を負う(行為は会社に効果帰属する)と結ぶ。
模範的な規範例(参考)
実際の答案では、たとえば次のように規範を定立すると論理が通りやすい。
354条は、代表権を有するものと認められる名称を付された取締役と取引した第三者を、外観法理の見地から保護する規定である。その趣旨は、代表者らしい外観への第三者の信頼を保護し、もって取引の安全を図る点にある。そうすると、同条による保護を受けるには、①会社が取締役に代表権を有すると認められる名称を付し(外観の付与=帰責性)、②当該取締役が現実には代表権を有さず、③第三者がこれを知らなかったこと(善意)が必要である。もっとも、外観への信頼に重大な過失がある第三者を保護することは外観法理の趣旨に反するから、重過失は悪意と同視すべきであり、第三者は善意かつ無重過失であることを要する。
このように趣旨から要件を導く流れを示せば、配点の高い「規範定立」で安定して点が取れる。
名目的取締役(429条)を論じるときの型
- 責任の根拠:429条1項の対第三者責任は、取締役の職務懈怠が第三者に及ぼす影響の重大性に鑑み、第三者保護のため法が特別に認めた法定責任である、と性質を示す。
- 名目性の評価:名目的取締役でも取締役である以上、取締役会構成員として他の取締役の職務執行を監視すべき義務を負い、名目にすぎないことは内部事情にすぎず免責事由とならない、と規範化する(最判昭和48年5月22日)。
- 悪意・重過失の認定:放漫経営の兆候を認識しえたのに漫然放置したか等、任務懈怠の悪意・重過失を事実で評価する。
- 因果関係:監視義務を尽くしていれば損害を回避できたか、相当因果関係を検討する。
- 結論:要件を満たせば429条責任を肯定、因果関係を欠けば否定する。
注意したい落とし穴
- 「取締役」要件を飛ばさない。354条は対象者が現に取締役であることを前提とする。取締役でない者なら類推適用・表見代理・908条2項へ分岐する。
- 「代表権の外観」と「取締役の地位の外観」を混同しない。前者が354条、後者が908条2項。
- 善意の対象を明確に。354条の善意は「代表権の不存在」についての善意である。
- 効果は片面的。保護は第三者側からのみ援用でき、会社や第三者が都合よく無効を主張することは原則できない。
FAQ
Q1. 「表見取締役」と「表見代表取締役」は同じものですか?
厳密には違います。会社法に「表見取締役」という条文上の制度はありません。一般に「表見取締役」と呼ばれる場面は、(1) 代表権の外観が問題なら表見代表取締役(354条)、(2) 取締役の地位(登記)の外観が問題なら不実登記の効力(908条2項)として処理されます。検索ワードとしては混用されますが、答案・実務では「何の外観か」で正確に切り分けてください。
Q2. 「表見代表」と「表見代表取締役」は違いますか?
同じです。「表見代表」は「表見代表取締役」の略称・通称で、いずれも会社法354条の制度を指します。
Q3. 会社法354条の善意には無過失まで必要ですか?
無過失までは不要ですが、重大な過失がある場合は保護されません(最判昭和52年10月14日)。条文は「善意」とのみ規定し無過失を要求していませんが、外観を信じたことに重過失がある第三者まで保護するのは外観法理の趣旨に反するため、重過失は悪意と同視されます。結論として「善意かつ無重過失」が必要です。
Q4. 「専務取締役」は354条の名称にあたりますか?
あたります。最判昭和51年12月24日は、専務取締役の名称を付された取締役について354条(旧商法262条)の適用を肯定しました。「常務取締役」については争いがあり、取引通念や実態に照らして個別に判断されます。
Q5. 代表取締役を辞任したのに登記が残っている場合の責任は?
登記を信頼した善意の第三者との関係では、908条2項(不実登記の効力)の類推適用により、「代表取締役でない(取締役でない)」ことを対抗できない場合があります。さらに、本人が不実登記の残存を明示的に承諾していた等の特段の事情があれば、429条の責任を負いうるとした判例があります(最判昭和62年4月16日)。辞任後は速やかに退任登記を申請すべきです。
Q6. 名目的取締役は名前を貸しただけでも責任を負いますか?
負いうるというのが判例の立場です(最判昭和48年5月22日)。名目的取締役でも監視義務を免れず、悪意又は重大な過失で任務を懈怠して第三者に損害を与えれば、会社法429条の責任を負います。ただし、任務懈怠と損害との間に相当因果関係が必要であり、監視義務を尽くしても損害を防げなかったといえる場合は責任が否定されることがあります。
Q7. 名目的取締役は会社に対する責任(423条)も負いますか?
負うことがあります。監視義務違反(任務懈怠)と会社の損害との間に因果関係があれば、423条(対会社責任)が成立しえます。429条が対第三者責任、423条が対会社責任である点を区別してください。
まとめ
- 表見代表取締役(会社法354条)=社長・副社長など「代表権があると認められる名称」を付された取締役が、実際には代表権を持たない場合に、善意(無重過失)の第三者を保護する制度。根拠は外観法理。
- 要件は①代表権の外観(名称)+②代表権の不存在+③会社の帰責性(付与・許容)+④第三者の善意無重過失。
- 専務取締役は名称にあたる(最判昭51.12.24)。善意には無重過失が必要(最判昭52.10.14)。
- 「表見取締役」「表見代表」は354条の通称・隣接概念。代表権の外観なら354条、地位(登記)の外観なら908条2項で切り分ける。
- 名目的取締役は監視義務を免れず、悪意・重過失の任務懈怠で429条責任を負う(最判昭48.5.22)。ただし因果関係が必要。
- 退任登記未了は908条2項(類推)の問題。明示的承諾等の特段の事情があれば元取締役も429条責任を負いうる(最判昭62.4.16)。
- 全体を貫くのは外観法理による取引安全の保護である。