代理制度の全体像|有権代理・無権代理・表見代理の関係
民法の代理制度を体系的に解説。有権代理の要件、自己契約・双方代理、代理権の濫用、無権代理と表見代理の関係を整理します。
この記事のポイント
代理制度とは、本人に代わって代理人が法律行為を行い、その法律効果を直接本人に帰属させる制度である。代理の要件は「顕名」「代理権の存在」「(代理権の範囲内の)法律行為」の3つである。3つの要件をすべて満たすものを有権代理といい、代理権がない、または代理権の範囲を超えている場合は無権代理または表見代理の問題となる。改正民法では代理権の濫用(107条)と復代理(104条・105条)に重要な変更がある。
この記事は、次の疑問に正面から答えることを目的に構成している。
- 有権代理とは何か(後述「有権代理とは」)
- 代理の要件3つとは具体的に何か(後述「代理の要件3つ」)
- 無権代理とは何か、効果はどうなるか(後述「無権代理とは」)
- 表見代理とは何か、無権代理とどう違うか(後述「表見代理とは」)
代理制度は、民法総則の中でも最頻出かつ答案で差がつく分野である。有権代理・無権代理・表見代理の三者の関係を一枚の地図として頭に入れておくと、本試験で事案がどの箱に入るのかを即座に判断できるようになる。まず全体像から押さえよう。
代理制度の全体像 ― 1枚の地図
代理にまつわる論点は数が多いが、出発点は常に「代理権があるか・その範囲内か」という一点である。ここで枝が分かれる。
代理(本人 ─ 代理人 ─ 相手方 の三面関係)
│
├── 代理権あり & 範囲内 ──→ 【有権代理】(99条)
│ 効果は直接本人に帰属(原則どおり有効)
│ └ 周辺論点:顕名(100条)/代理行為の瑕疵(101条)/
│ 自己契約・双方代理(108条1項)/利益相反(108条2項)/
│ 代理権の濫用(107条)/復代理(104条・105条)
│
└── 代理権なし or 範囲外 ──→ 効果は本人に帰属しないのが原則(113条1項)
│
├── 【無権代理】(113条〜118条)
│ 本人の追認(116条)/追認拒絶/
│ 相手方の催告権(114条)・取消権(115条)/
│ 無権代理人の責任(117条)
│
└── 【表見代理】(109条・110条・112条)
一定の事情がある場合に、善意無過失の相手方を保護し
本人に効果を帰属させる例外
この地図でまず意識すべきは、「有権代理」と「無権代理」は対立概念であり、「表見代理」は無権代理の一場面(無権代理であることを前提に、相手方保護のために例外的に本人へ効果帰属を認める制度)だという点である。表見代理を「第3の独立カテゴリ」と誤解すると、答案の構成を誤る。以下、それぞれを掘り下げる。
有権代理とは
定義
有権代理とは、代理人が正当な代理権を有し、その範囲内で本人のためにすることを示して法律行為を行う、本来の意味での代理である。「有権」は「権(代理権)が有る」という意味で、後述の「無権」(代理権が無い)と対になる用語である。条文上「有権代理」という言葉は使われていないが、学習上、無権代理・表見代理と区別するための講学上の概念として定着している。
有権代理が成立すると、法律行為の効果は直接本人に帰属する(99条1項)。代理人自身は契約当事者にならず、権利も義務も負わないのが原則である。たとえば、Aの代理人BがCと売買契約を締結すると、買主・売主としての権利義務はB(代理人)ではなくA(本人)に生じる。
有権代理が成立する三面関係
代理は常に本人・代理人・相手方の三者の関係として現れる。
当事者 役割 本人 効果が帰属する者。代理権を授与する側(任意代理の場合) 代理人 本人のために意思表示を行う者。効果は自分に帰属しない 相手方 代理人と直接やり取りをする契約の相手この三面構造を答案の最初に確認すると、「誰が本人で、誰に効果が帰属するのか」を取り違えなくなる。
代理と類似制度の区別
代理は、似て非なる制度と混同されやすい。区別の軸は「①誰が意思を決定するか」「②誰の名で行為するか」「③効果が誰に帰属するか」である。
制度 意思決定 誰の名で 効果帰属 代理 代理人(自ら意思決定) 本人の名(顕名) 本人 使者 本人(意思は本人が決定) 本人の名 本人 間接代理(問屋等) 行為者 自己の名 いったん行為者→後に本人 代表(法人理事等) 代表者 法人の名 法人特に代理と使者の区別は頻出である。代理人は自ら意思を決定するため、意思表示の瑕疵(錯誤・詐欺など)は代理人を基準に判断される(101条)。これに対し使者は本人の決定した意思を伝達・表示するだけなので、瑕疵は本人を基準に判断される。「自分で値段を決めて買ってくる」のが代理人、「本人が決めた値段を伝えに行く」のが使者、とイメージするとよい。
代理の要件3つ
検索でも問われることが多い「代理の要件3つ」を、ここで正面から整理する。有権代理が成立し、本人に効果が帰属するための要件は、次の3つである。
要件 内容 根拠 ① 顕名 代理人が「本人のためにすること」を示すこと 99条1項 ② 代理権の存在 代理人に代理権が授与されている(またはその範囲内である)こと ― ③ (代理権の範囲内の)法律行為 代理人が相手方との間で法律行為(意思表示)を行うこと 99条1項この3要件のうちどれか1つでも欠ければ、有権代理は成立しない。欠けた要件によって、次のように処理が分岐する。
- ①顕名を欠く → 100条の問題(原則として代理人自身のための行為とみなされる。後述)
- ②代理権を欠く/範囲を超える → 無権代理・表見代理の問題
- ③法律行為でない(事実行為) → そもそも代理になじまない(事実行為の代行は代理ではない)
要件① 顕名(99条1項・100条)
顕名とは、代理人が「本人のためにすること」を相手方に示すことである。典型的には「A代理人B」と署名する形で示される。
顕名を欠いた場合の処理が100条である。
代理人が本人のためにすることを示さないでした意思表示は、自己のためにしたものとみなす。ただし、相手方が、代理人が本人のためにすることを知り、又は知ることができたときは、(前条第1項の規定を準用する)。
― 民法 第100条
つまり、顕名がなければ原則として代理人自身が契約当事者になる(本文)。しかし、相手方が「これは本人のための行為だ」と知っていた、または知ることができた場合は、例外的に本人に効果が帰属する(ただし書)。
なお、商行為の代理では顕名は不要である(商法504条本文)。これは商取引の迅速・確実性を重視した特則であり、民法の原則とは逆になる点に注意したい。
要件② 代理権の存在
代理権の発生原因によって、代理は任意代理と法定代理に分かれる。
種類 代理権の発生原因 具体例 任意代理 本人の授権行為(委任など) 委任契約に基づく代理、不動産売却の委任 法定代理 法律の規定 親権者、未成年後見人、成年後見人代理権の範囲も重要である。権限の定めのない代理人は、保存行為と、目的物・権利の性質を変えない範囲での利用・改良行為しかできない(103条)。この範囲を超えた行為は、後述の表見代理(110条・権限外の行為の表見代理)の問題に発展する。
代理権の消滅事由(111条)も押さえておきたい。代理権は、本人の死亡、代理人の死亡・破産手続開始決定・後見開始の審判によって消滅する(任意代理ではこれに加え委任の終了によっても消滅する)。本人の死亡で原則として代理権が消滅する点は、答案で見落としやすい。
要件③ (代理権の範囲内の)法律行為
代理は法律行為(意思表示)についての制度である。荷物を運ぶ、書類を清書するといった事実行為は代理になじまない。また、婚姻・養子縁組・遺言といった身分行為は本人の意思を絶対的に尊重すべきであり、原則として代理に親しまない(代理が許されない)。
代理行為の瑕疵(101条)
原則 ― 代理人基準(101条1項)
代理行為における意思表示の瑕疵(詐欺・強迫・錯誤等)や、ある事情を知っていたか(善意・悪意)・知らなかったことに過失があったか(有過失・無過失)の判断は、原則として代理人について判断する(101条1項)。これは、現実に意思を決定し相手方と向き合うのが代理人だからである(代理と使者の区別とも一貫する)。
例外 ― 特定の法律行為の委託(101条3項)
特定の法律行為をすることを委託された代理人がその行為をしたときは、本人は、自ら知っていた事情について代理人が知らなかったことを主張することができない。本人が過失によって知らなかった事情についても、同様とする。
― 民法 第101条第3項
本人が「この行為をしてこい」と特定して委託した場合に、本人自身が悪意・有過失なのに「代理人は善意だった」と言って保護を受けるのは信義に反する。そこで、本人は自分が知っていた(または過失で知らなかった)事情については代理人の善意を主張できない。本人が黒幕として悪意なら、代理人の善意を盾にできないと覚えるとよい。
自己契約・双方代理の禁止(108条)
原則
同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
― 民法 第108条第1項本文
自己契約(代理人が自ら相手方となる契約)と双方代理(同一人が双方の代理人となる契約)は、利益相反のおそれがあるため無権代理とみなされる。
例外
- 本人があらかじめ許諾した行為(108条1項ただし書)
- 債務の履行(108条1項ただし書)
具体例で言えば、Aの代理人Bが、A所有の土地をB自身が買い受ける(B=買主)のが自己契約である。BがA(売主)とC(買主)の双方の代理人を兼ねるのが双方代理である。いずれもBが本人の利益を犠牲に自分または一方の利益を図るおそれが構造的に存在するため、原則として禁止される。
債務の履行が例外とされるのは、既に確定した内容を実現するだけで新たな利益相反が生じないからである(例:司法書士が売主・買主双方を代理して登記申請をする)。
利益相反行為(108条2項)
前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。
― 民法 第108条第2項
改正により新設された。自己契約・双方代理という形式には当たらなくても、実質的に代理人と本人の利益が相反する行為(例:代理人自身の債務のために本人を保証人にする、代理人の借入のために本人の不動産に抵当権を設定するなど)は、無権代理とみなされる。108条1項が「形式的・類型的」に利益相反を捉えるのに対し、2項は「個別・実質的」な利益相反を捉えるものと整理できる。
代理権の濫用(107条)
改正のポイント
代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をした場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。
― 民法 第107条
改正前は代理権濫用の処理について判例が93条ただし書の類推適用で対応していたが、改正により独立の条文として明文化された。
代理権の濫用とは、代理人が客観的には代理権の範囲内の行為をしているが、主観的には自己または第三者の利益を図る意図で行う場合をいう。たとえば、不動産売却の代理権を与えられたBが、形式上は適法に売却しつつ、得た代金を自分の借金返済に流用するつもりだった、というケースである。行為自体は権限内なので「無権代理」そのものではないが、目的が背信的なため、相手方が悪意・有過失なら本人を保護する必要が生じる。
項目 改正前(判例法理) 改正後(107条) 法的構成 93条ただし書類推(有効だが例外的に無効) 無権代理とみなす 相手方の主観 悪意または有過失 悪意または有過失 効果 無効 無権代理(本人の追認・拒絶の問題)実務上重要なのは効果の違いである。改正前の「無効」構成では本人が後から取り込むことができなかったが、改正後は無権代理とみなされるため、本人は追認すれば有効にできるし、追認を拒絶すれば無権代理人の責任(117条)の問題に移る。本人にとって選択肢が増えた点が改正の眼目である。
復代理(104条・105条)
復代理とは、代理人が、その権限の範囲内の行為を行わせるために、さらに自分の名でもう一人の代理人(復代理人)を選任することである。復代理人は「代理人の代理人」ではなく、あくまで本人の代理人である(本人のためにすることを示して行為し、効果は本人に帰属する)点を取り違えないこと。また、復代理人を選任しても、もとの代理人(原代理人)の代理権は消滅しない。
任意代理の復代理(104条)
委任による代理人は、本人の許諾を得たとき、又はやむを得ない事由があるときでなければ、復代理人を選任することができない。
― 民法 第104条
任意代理人は、本人から信頼されて選ばれた者であるため、原則として自ら職務を行うべきであり、本人の許諾またはやむを得ない事由がある場合に限って復代理人を選任できる。なお、復代理人を選任した場合の原代理人の責任は、改正後は委任の一般原則(債務不履行責任、644条等)によって処理される。
法定代理の復代理(105条)
法定代理人は、自己の責任で復代理人を選任することができる。この場合において、やむを得ない事由があるときは、本人に対してその選任及び監督についての責任のみを負う。
― 民法 第105条
法定代理人は本人の意思で選ばれたわけではなく、職務範囲も広いため、自己の責任で自由に復代理人を選任できる。その代わり、選任した復代理人の行為について原則として全責任を負う。ただし、やむを得ない事由により選任した場合は、選任・監督についての責任のみに軽減される。
項目 任意代理(104条) 法定代理(105条) 選任の自由 許諾またはやむを得ない事由が必要 自己の責任で自由に選任可 責任 委任の一般原則による 原則として全責任、やむを得ない事由のときは選任・監督責任のみ無権代理とは
定義
無権代理とは、代理権を有しない者が代理人として(本人の名で)行った代理行為、または代理権の範囲を超えて行った代理行為をいう。有権代理の要件②(代理権の存在・範囲内)を欠く場合である。
無権代理行為は、本人がその追認をしなければ、本人に対してその効力を生じない(113条1項)。つまり、効果が本人にも代理人(無権代理人)にも当然には帰属しない、宙ぶらりんの「効果不帰属(有効・無効が確定していない不確定な状態)」になる。この宙ぶらりん状態を確定させるための仕組みが、以下の各制度である。
本人側の対応 ― 追認・追認拒絶(113条・116条)
- 追認(113条1項・116条):本人が「その契約でよい」と認めること。追認があると、契約は契約の時にさかのぼって(遡及的に)有効となる(116条本文)。ただし、第三者の権利を害することはできない(116条ただし書)。
- 追認拒絶(113条2項):本人が「その契約は認めない」と確定的に拒むこと。これにより無権代理行為は本人との関係で確定的に無効となる。
なお、相手方の催告(114条)に対して本人が確答しない場合は、追認を拒絶したものとみなされる(114条後段)。沈黙=拒絶となる点に注意。
相手方側の保護 ― 催告権・取消権(114条・115条)
宙ぶらりん状態は相手方にとって不安定なので、相手方には次の2つの手段が与えられる。
手段 内容 善意悪意の要否 催告権(114条) 相当の期間を定め、本人に追認するか否か確答するよう催促できる 相手方が悪意でも行使できる 取消権(115条) 本人が追認しない間、相手方が契約自体を取り消せる 善意の相手方のみ(契約時に無権代理を知らなかったこと)催告権は悪意でも使えるが、取消権は善意であることが必要、という違いが頻出ポイントである。
無権代理人の責任(117条)
本人が追認を拒絶した場合、相手方は本人に契約の履行を求められない。そこで、相手方を保護するために無権代理人自身に責任を負わせるのが117条である。
他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
― 民法 第117条第1項
- 責任の内容:相手方の選択に従い、履行または損害賠償(117条1項)。無権代理人が選ぶのではなく相手方が選ぶ点が重要。
- 無過失責任:この責任は、無権代理人の故意・過失を要しない無過失責任と解されている。
ただし、次の場合は無権代理人は責任を負わない(117条2項)。
- 相手方が、無権代理であることを知っていたとき(悪意)
- 相手方が、過失によって無権代理であることを知らなかったとき(有過失)。ただし、無権代理人自身が自己に代理権がないことを知っていた(悪意であった)ときは、相手方に過失があっても責任を負う
- 無権代理人が制限行為能力者であったとき
無権代理と相続 ― 重要論点
無権代理人と本人との間に相続が起きた場合の処理は、本試験の超頻出論点である。結論だけ整理する。
事案 処理(判例・通説の方向) 無権代理人が本人を単独相続 本人の地位と無権代理人の地位が同一人に帰する。資格融合により本人として追認拒絶することは信義則上許されず、結局有効に扱われる方向 本人が無権代理人を相続 本人は追認を拒絶できる(無権代理が当然に有効になるわけではない)。ただし無権代理人の責任(117条)は相続により承継しうる 無権代理人が他の共同相続人とともに本人を共同相続 追認権は共同相続人全員に不可分的に帰属し、共同相続人全員が追認しない限り、無権代理人の相続分相当部分でも当然には有効とならない方向※ 相続事案は事実関係の組み合わせが多彩で、結論より「なぜそうなるのか(信義則・追認権の性質・本人の追認拒絶の自由)」の理由付けが問われる。詳細は相続と代理の個別論点として別途学習することを勧める。
表見代理とは
定義
表見代理とは、実際には代理権がない(=無権代理である)にもかかわらず、あたかも代理権があるかのような外観が存在し、その外観を作り出したことについて本人に帰責性がある場合に、その外観を信頼した善意無過失の相手方を保護して、本人に効果を帰属させる制度である。
ポイントは、表見代理は無権代理の一場面だということである。本来であれば効果は本人に帰属しないはずだが、①権利外観(代理権があるように見える外観)、②本人の帰責性、③相手方の信頼(善意無過失)という3つがそろう場合に、例外的に本人へ効果を帰属させる。これは権利外観法理(表見法理)の現れである。
3つの類型
民法は表見代理を3つの条文で定めている。
類型 条文 外観の内容 ① 代理権授与の表示による表見代理 109条1項 本人が「Bに代理権を与えた」と相手方に表示したが、実際には授与していない ② 権限外の行為の表見代理 110条 代理人に何らかの基本代理権はあるが、その範囲を超えた行為をした ③ 代理権消滅後の表見代理 112条1項 かつて代理権はあったが、それが消滅した後に代理人として行為した① 代理権授与の表示による表見代理(109条)
本人が第三者に対して「Bに代理権を与えた」旨を表示したのに、実際には授与しなかった(または授与を撤回した)場合、その表示を信じた相手方を保護する。本人自身が外観を作り出した点に帰責性が認められる。委任状を交付したが実際には授権していなかった、というような場面が典型である。
② 権限外の行為の表見代理(110条)
前条第1項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
― 民法 第110条
代理人に何らかの基本代理権があることが前提となる。たとえば、賃料の集金の代理権しかないBが、本人所有の不動産を売却してしまった場合などである。相手方に「その行為についても権限があると信じる正当な理由」があれば本人に効果が帰属する。「正当な理由」は、善意無過失とほぼ同義に理解されることが多い。
なお、基本代理権の有無が争点になりやすい。判例上、事実行為についての権限や公法上の行為の権限は原則として110条の基本代理権にあたらないとされる一方、夫婦の日常家事債務に関する代理権(761条)が問題となった事案では、相手方が「その行為が日常家事の範囲内であると信じる正当な理由」がある場合に110条の趣旨を類推して保護を図る、という枠組みが示されている。
③ 代理権消滅後の表見代理(112条)
かつて代理権を有していた者が、代理権消滅後になお代理人として行為した場合、消滅の事実について善意無過失の相手方を保護する。たとえば、解任・委任終了で代理権が消滅したのに、元代理人が以前のままの委任状で取引した場合などである。
重畳適用(組み合わせ)
実務・試験では、単独では要件を満たさないが組み合わせで表見代理が成立する場面もある。たとえば、消滅した代理権(112条)の範囲を超える行為がされた場合は、112条と110条の趣旨を併せて(112条2項・あるいは重畳適用として)相手方保護を検討する。改正民法はこうした組み合わせの一部(109条2項・112条2項)を明文化している。
無権代理と表見代理の関係
代理権が存在しない場合の全体像を、改めて1枚に整理する。
代理権なし(または範囲外) = 広い意味の無権代理
│
├── 狭義の無権代理(113条〜118条)
│ ├── 本人の追認(116条)→ 契約時にさかのぼって有効
│ ├── 本人の追認拒絶 → 本人には効果帰属せず → 無権代理人の責任(117条)
│ └── 相手方の保護(催告権114条・取消権115条)
│
└── 表見代理(109条・110条・112条)が成立する場合
└── 外観+本人の帰責性+相手方の善意無過失 → 本人に効果帰属
ここで最重要なのが、表見代理と無権代理人の責任(117条)の関係である。表見代理が成立する場面でも、相手方は表見代理を主張せず、いきなり無権代理人に117条の責任を追及することができる(両者は択一・補充の関係ではなく、相手方が選択できる)。すなわち、相手方は「本人に効果を帰属させる(表見代理)」か「無権代理人に履行・賠償を求める(117条)」かを選べる。本人が無資力なら117条で無権代理人を、無権代理人が無資力なら表見代理で本人を、というように相手方が有利な方を選択できるわけである。
観点 無権代理人の責任(117条) 表見代理(109・110・112条) 効果の帰属先 無権代理人 本人 相手方の主観要件 善意無過失が原則(細目は117条2項) 善意無過失(正当な理由) 本人の帰責性 不要 必要 主張の主体 相手方が選択して追及 相手方が選択して主張具体例で確認するあてはめ
設例
AはBに対し、A所有の甲建物の賃貸借契約の締結についてのみ代理権を与えていた。ところがBは、相手方Cとの間で甲建物を売却する契約を、「A代理人B」として締結した。Cはこれを争いたい/履行させたい。どう処理するか。
思考のステップ
- 有権代理か? Bには「賃貸の代理権」しかなく、「売却」は権限の範囲外。よって有権代理は成立しない。
- 無権代理として効果不帰属が原則(113条1項)。 まずAの追認の有無を確認する。Aが追認すれば遡及的に有効(116条)、追認拒絶なら本人に効果は帰属しない。
- 相手方Cの保護手段。 Cは催告権(114条)で態度を迫れる。Cが善意なら取消権(115条)で契約自体を取り消せる。
- 表見代理(110条)の検討。 Bには基本代理権(賃貸の代理権)があるので、110条の前提を満たす。あとはCに「Bに売却の権限があると信じる正当な理由」があったかを、委任状の有無・取引の経緯などから具体的に評価する。正当な理由ありなら、Aに売買の効果が帰属する。
- 無権代理人Bの責任(117条)。 Aの追認がなく、表見代理も使わない/使えないなら、CはBに対し選択により履行または損害賠償を求められる。
このように、「有権代理→(ダメなら)無権代理の原則→相手方保護→表見代理→無権代理人の責任」という順序で検討すると、論点を漏らさず拾える。
答案での書き方・論証例
表見代理(110条)の論証例
本件では、Bは賃貸借契約締結の代理権(基本代理権)を有するにとどまり、甲建物の売買契約締結の代理権を有しないから、当該売買契約は無権代理行為であり、Aの追認がない以上、原則としてAに効果は帰属しない(113条1項)。もっとも、代理人が基本代理権の範囲を超えて行為をした場合であっても、相手方において代理人に当該行為の権限があると信ずべき正当な理由があるときは、本人に効果が帰属する(110条)。「正当な理由」とは、相手方が代理権の存在を信じ、かつそのように信じることにつき過失がないこと(善意無過失)をいうと解する。本件では(委任状の交付の有無・取引の態様等の具体的事実)からすれば、Cには〜正当な理由が認められる/認められない。
無権代理人の責任(117条)の論証骨子
- 要件:他人の代理人として契約をしたこと/代理権を証明できないこと/本人の追認がないこと(117条1項)。
- 阻却事由の不存在:相手方の悪意・有過失(117条2項1号・2号)、無権代理人が制限行為能力者であること(同項3号)に当たらないこと。
- 効果:相手方の選択に従い、履行または損害賠償。
答案で差がつくポイント
- 表見代理と117条の関係を問われたら、両者は相手方が選択できる関係であることを明示する。
- 110条では、必ず基本代理権の存在を先に認定してから「正当な理由」に進む。順序を逆にしない。
- 追認拒絶のみなし(114条)、取消権が善意限定である点(115条)など、主観要件の差異を意識的に書き分ける。
よくある誤解
- 「表見代理は無権代理とは別の独立した制度」→誤り。 表見代理はあくまで無権代理の一場面であり、無権代理であることを前提に相手方を保護する例外である。
- 「表見代理が成立すると無権代理人の責任は追及できない」→誤り。 相手方は表見代理(本人へ請求)と117条(無権代理人へ請求)のいずれかを選択できる。
- 「無権代理は最初から無効」→誤り。 無権代理は当然無効ではなく、本人の追認・追認拒絶で確定する「効果不帰属(不確定)」の状態である。
- 「催告も善意でないとできない」→誤り。 催告権(114条)は悪意の相手方でも行使できる。善意が必要なのは取消権(115条)である。
- 「復代理人は代理人の代理人」→誤り。 復代理人は本人の代理人であり、効果は本人に帰属する。
よくある質問
Q1: 顕名がない場合はどうなりますか
代理人が本人のためにすることを示さずに行った法律行為は、原則として代理人自身のためにしたものとみなされる(100条本文)。ただし、相手方が代理人が本人のためにすることを知り、または知ることができたときは、本人に効果が帰属する(100条ただし書)。
Q2: 代理権の濫用と108条の利益相反行為の違いは何ですか
代理権の濫用(107条)は、代理権の範囲内で行為が行われるが、代理人の目的が自己又は第三者の利益を図ることにある場合である。利益相反行為(108条2項)は、行為の外形から客観的に代理人と本人の利益が相反する場合である。107条は相手方の主観が要件となるが、108条2項は客観的に判断される。
Q3: 無権代理人の責任(117条)の内容は
無権代理人は、相手方の選択に従い、履行又は損害賠償の責任を負う(117条1項)。ただし、無権代理人が制限行為能力者であるとき、または相手方が悪意・有過失のときは責任を負わない(117条2項)。
Q4: 有権代理と無権代理はどう見分けますか
判断軸はただ一つ、「代理人が、その行為について有効な代理権を、範囲内で有していたか」である。代理権があり範囲内なら有権代理、代理権がない・範囲を超えているなら無権代理である。範囲を超えている場合でも、基本代理権があれば表見代理(110条)で救済される余地がある。
Q5: 表見代理が成立すれば、本人は必ず責任を負いますか
表見代理の3要件(権利外観・本人の帰責性・相手方の善意無過失)がすべて充足されれば、本人に効果が帰属する。逆に、相手方に過失があった(正当な理由がない)場合や、本人に帰責性がない場合は表見代理は成立せず、相手方は無権代理人の責任(117条)を追及するほかない。
Q6: 代理権は本人が死亡すると消滅しますか
原則として消滅する(111条1項1号)。本人の死亡・代理人の死亡・代理人の破産手続開始決定・代理人の後見開始の審判が共通の消滅事由であり、任意代理ではこれに加えて委任の終了でも消滅する(111条2項)。
関連条文
代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
― 民法 第99条第1項
まとめ
代理制度は、本人・代理人・相手方の三面関係の中で、代理人の行為の効果を本人に帰属させる制度である。要点を再確認する。
- 有権代理とは、代理人が正当な代理権を範囲内で行使し、顕名のうえで法律行為を行う本来の代理であり、効果は直接本人に帰属する(99条1項)。
- 代理の要件3つは、①顕名(99条1項)、②代理権の存在(範囲内であること)、③(代理権の範囲内の)法律行為である。1つでも欠ければ有権代理は成立しない。
- 無権代理とは、代理権がない・範囲を超えた代理であり、本人の追認がない限り効果は本人に帰属しない(113条1項)。本人は追認・追認拒絶でき、相手方は催告権(114条)・取消権(115条)で対抗し、最終的に無権代理人の責任(117条)が問題となる。
- 表見代理とは、無権代理の一場面で、外観・本人の帰責性・相手方の善意無過失がそろう場合に例外的に本人へ効果を帰属させる制度(109条・110条・112条)である。
- 表見代理と無権代理人の責任(117条)は、相手方がいずれかを選択して主張できる関係にある。
- 改正民法では、代理権の濫用(107条)が無権代理構成に変更され、利益相反行為(108条2項)が新設され、復代理(104条・105条)の規律も整理された。
「有権代理か→無権代理の原則→相手方保護→表見代理→無権代理人の責任」という検討順序を体に染み込ませれば、代理の事案で論点を落とすことはなくなる。