【判例】調停前置主義の趣旨と運用(最判昭39.7.14)
調停前置主義の趣旨と運用に関する最高裁判例を解説。家事事件・民事事件における調停前置の要件と例外、調停不成立の場合の訴訟移行の手続を網羅的に分析します。
この判例のポイント
調停前置主義とは、一定の事件類型について、訴えの提起に先立って調停の申立てをしなければならないとする制度である。家事事件(家事事件手続法257条1項)や特定の民事事件(民事調停法24条の2)において採用されている。本判決は、調停前置主義の趣旨が当事者間の自主的な紛争解決を促進する点にあることを明らかにし、調停前置の要件を欠く訴えの処理について重要な判断を示した。
事案の概要
Xは、Yに対して離婚訴訟を提起した。家事審判法(現行の家事事件手続法)は、離婚訴訟を含む人事訴訟について調停前置主義を採用しており、訴えの提起に先立って家事調停を申し立てなければならないと規定していた。
しかし、Xは調停の申立てをせずに直接訴訟を提起した。第一審裁判所は、調停前置の要件を欠くことを理由として、Xの訴えを家事調停に付した。調停が不成立に終わった後、訴訟手続が再開されたが、Yは調停前置の要件が最初から充足されていなかったことを問題とした。
本件の核心は、調停前置の要件を欠いて訴えが提起された場合の処理方法、および調停前置主義の趣旨と柔軟な運用の可否にあった。
争点
- 調停前置主義の趣旨は何か
- 調停前置の要件を欠く訴えの処理はいかにあるべきか
- 調停に付された後に調停が不成立となった場合、訴訟要件は充足されるか
- 調停前置の例外はいかなる場合に認められるか
判旨
調停前置主義は、当事者間の合意による自主的な紛争解決を促進し、訴訟による紛争解決を最後の手段とする趣旨に基づくものであるが、調停を経ずに訴えが提起された場合であっても、裁判所は直ちにこれを却下すべきではなく、事件を調停に付し、調停が不成立に終わった場合には訴訟手続を進めることが相当である
― 最高裁判所第三小法廷 昭和39年7月14日 昭和38年(オ)第737号
最高裁は、調停前置主義の趣旨が当事者間の合意による自主的な紛争解決の促進にあることを確認し、調停前置の要件を欠いて訴えが提起された場合の処理について、以下のとおり判示した。
第一に、調停前置の要件を欠いて提起された訴えは、直ちに却下すべきではなく、裁判所は事件を調停に付すべきである。
第二に、調停に付された後に調停が不成立に終わった場合には、訴訟手続を進行させることが相当である。
第三に、調停を経ることが相当でないと認められる事情がある場合には、調停に付さずに訴訟手続を進めることも許される。
ポイント解説
調停前置主義の意義
調停前置主義とは、一定の事件類型について、訴えの提起に先立って調停の申立てをしなければならないとする制度をいう。調停前置主義が適用される主な事件類型は以下のとおりである。
- 家事事件: 家事事件手続法257条1項により、離婚、養子縁組の離縁、相続に関する紛争など、家事調停の対象となる事件について調停前置主義が採用されている
- 民事調停事件: 民事調停法24条の2により、宅地建物の賃貸借関係の紛争(借地借家法に基づく紛争)について調停前置主義が採用されている
- 労働審判: 個別労働関係民事紛争について労働審判法に基づく手続が設けられているが、厳密な意味での調停前置主義とは異なる
調停前置主義の趣旨
調停前置主義の趣旨は以下のとおりである。
- 自主的紛争解決の促進: 訴訟は国家権力による強制的な紛争解決手段であり、当事者間の合意に基づく解決が望ましい場面では、調停を先行させることにより自主的な解決を促す
- 人間関係の維持: 家族間の紛争や隣人間の紛争など、継続的な人間関係が存在する場面では、訴訟による敵対的な解決よりも、調停による合意に基づく解決の方が関係の維持に資する
- 裁判所の負担軽減: 調停で解決される事件については訴訟手続が不要となるため、裁判所の負担が軽減される
- 当事者の意向の尊重: 調停手続は訴訟よりも柔軟であり、当事者の実質的な利益や感情を反映した解決が可能である
調停前置の要件を欠く訴えの処理
調停前置の要件を欠いて訴えが提起された場合の処理については、以下の方法がある。
- 調停に付する: 裁判所は、調停前置の要件を欠く訴えを直ちに却下するのではなく、職権で事件を調停に付することができる(家事事件手続法274条1項参照)。調停が不成立に終わった場合には訴訟手続が再開される
- 訴えの却下: 調停前置の要件は訴訟要件であるとする見解によれば、要件を欠く訴えは不適法として却下される。もっとも、本判決はこの方法を否定的に解している
- 調停に付さずに訴訟手続を進める: 調停を経ることが相当でないと認められる事情がある場合には、調停に付さずに直ちに訴訟手続を進めることも許される
調停前置の例外
調停前置主義には以下の例外が認められている。
- 相手方が行方不明の場合: 調停の相手方の住所が判明しない場合には調停手続の実施が困難であるから、調停前置の要件は適用されない
- 調停を経ることが相当でない場合: 家事事件手続法257条2項ただし書は、「事件を調停に付することが相当でないと認めるとき」には、調停に付さないで直ちに訴訟手続を進めることができると規定する
- 暴力事案: DV(配偶者間暴力)の場合など、当事者間で対等な話し合いが困難な場合には調停前置の例外として扱われることがある
- 既に調停が不成立となっている場合: 同一の紛争について既に調停が不成立に終わっている場合には、改めて調停の申立てを要しない
調停不成立と訴訟手続への移行
調停が不成立に終わった場合の訴訟手続への移行については、以下の規律がある。
- 家事調停の不成立: 家事調停が不成立に終わった場合、家事審判事項については審判手続に移行し(家事事件手続法272条4項)、訴訟事項については調停申立時に訴えの提起があったものとみなされる(同法272条3項)
- 民事調停の不成立: 民事調停が不成立に終わった場合、当事者は別途訴えを提起する必要がある
学説・議論
調停前置主義の存在理由をめぐる議論
調停前置主義の存在理由については、以下の肯定論と否定論がある。
肯定論:
- 自主的紛争解決の促進は司法政策として合理的である
- 特に家族関係の紛争では、訴訟よりも調停の方が適切な解決をもたらすことが多い
- 裁判所の負担軽減に資する
否定論・批判論:
- 当事者の裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであるとの批判がある
- 調停が形骸化し、単なる手続的負担にすぎなくなっている場合がある
- DV事案等では被害者に不当な負担を課すおそれがある
- 紛争解決の迅速性を損なう
調停前置主義の訴訟要件としての性質
調停前置の要件が訴訟要件に該当するかについては、以下の見解がある。
- 訴訟要件説: 調停前置は訴訟要件であり、これを欠く訴えは不適法として却下されるとする。もっとも、裁判所は事件を調停に付することにより要件の欠缺を治癒できる
- 訴訟条件説: 調停前置は訴訟要件とは異なる訴訟条件であり、要件を欠いても訴えが直ちに不適法となるわけではないとする。裁判所は事件を調停に付するか、調停前置の要件の欠缺を問わずに訴訟手続を進めるかの裁量を有する
- 手続的要件説: 調停前置は手続進行上の要件にすぎず、訴訟要件とは区別されるとする
調停と訴訟の連携をめぐる議論
調停と訴訟の連携の在り方については、以下の議論がある。
- 調停前置の徹底説: 調停前置主義の趣旨を実効的に実現するために、調停を実質的に行い、当事者の合意を真摯に追求すべきであるとする
- 柔軟運用説: 調停前置主義は柔軟に運用されるべきであり、調停が不適当な事案では迅速に訴訟手続に移行すべきであるとする
- ADR一般への拡大論: 調停に限らず、仲裁やメディエーションなど他のADR手続も調停前置の代替として認めるべきであるとする
判例の射程
離婚訴訟における調停前置
本判決の直接の射程は離婚訴訟における調停前置の問題であるが、その法理は調停前置主義が適用されるすべての事件類型に及ぶ。離婚訴訟に関しては、DV事案における調停前置の例外の取扱いが実務上重要な問題となっている。
借地借家紛争における調停前置
民事調停法24条の2に基づく宅地建物の賃貸借紛争における調停前置についても、本判決の法理が参照される。もっとも、民事調停における調停前置は家事調停と比較して例外が広く認められる傾向にある。
労働審判との関係
労働審判法に基づく労働審判手続は、調停前置主義とは異なる制度であるが、個別労働紛争について訴訟に先立つ解決手続として機能する点で類似性がある。労働審判に対する異議申立てがなされた場合に訴訟手続に移行する点も、調停不成立後の訴訟移行と類似する。
反対意見・補足意見
本判決には特段の反対意見は付されていない。調停前置主義の趣旨が自主的紛争解決の促進にあり、その運用には柔軟性が認められるべきであるという点については、裁判官の間でも異論のない判断であったと解される。
試験対策での位置づけ
調停前置主義は、民事訴訟法・家族法・民事手続法の横断的な論点として試験において出題されることがある。特に家事事件手続法の理解が求められる場面で調停前置の知識が問われる。
主な出題パターンは以下のとおりである。
- 調停前置主義の趣旨と例外: 調停前置が適用される事件類型と例外事由
- 調停前置の要件を欠く訴えの処理: 却下すべきか、調停に付すべきか
- 調停不成立後の訴訟移行の手続: みなし訴え提起の制度
- DV事案における調停前置の問題: 被害者保護との調和
- ADRと調停前置の関係: 代替的紛争解決手続の位置づけ
答案作成のポイントとしては、調停前置主義の趣旨を正確に示したうえで、例外事由の存否を具体的事案に即して検討することが重要である。
答案での使い方
論証パターン
調停前置主義を答案で展開する際の基本的な論証の流れは以下のとおりである。
まず、調停前置主義の原則を示す。
「家事事件手続法257条1項は、家事調停の対象となる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならないと規定する(調停前置主義)。その趣旨は、家族間の紛争について当事者間の合意による自主的な解決を促進し、訴訟による解決を最後の手段とする点にある。」
次に、例外事由を検討する。
「もっとも、調停前置主義は絶対的なものではなく、事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、調停に付さずに訴訟手続を進めることができる(家事事件手続法257条2項ただし書)。」
答案記述例
「Xは調停の申立てをせずに直接離婚訴訟を提起しているが、家事事件手続法257条1項の調停前置主義により、訴えの提起に先立って調停の申立てをすべきであった。もっとも、調停前置の要件を欠くことを理由として訴えを直ちに却下すべきではなく、裁判所は事件を調停に付し、調停が不成立に終わった場合には訴訟手続を進めることが相当である(最判昭39.7.14)。本件では、XY間にDVの事実があり、当事者が対等に話し合うことが困難な状況にあるから、調停に付することが相当でないと認められ、調停前置の例外として直ちに訴訟手続を進めることが許される。」
重要概念の整理
調停前置主義が適用される事件類型
事件類型 根拠法 調停前置の内容 家事事件(離婚等) 家事事件手続法257条1項 訴え提起前に家事調停の申立てが必要 宅地建物賃貸借紛争 民事調停法24条の2 訴え提起前に民事調停の申立てが必要 農事紛争 農事調停法 訴え提起前に農事調停の申立てが必要調停前置の例外
例外事由 内容 根拠 相手方が行方不明 調停の実施が困難 解釈上の例外 調停に付することが相当でない場合 裁判所の裁量 家事事件手続法257条2項ただし書 DV事案 対等な話し合いが困難 実務上の取扱い 既に調停が不成立 再度の調停が不要 解釈上の例外調停と訴訟の関係
場面 処理 効果 調停前置の要件充足 調停申立て→調停不成立→訴訟 通常の手続進行 調停前置の要件不充足(原則) 裁判所が調停に付す→不成立→訴訟 要件の治癒 調停前置の要件不充足(例外) 直ちに訴訟手続を進行 調停前置の例外適用 調停成立 訴訟手続は終了 調停調書に確定判決と同一の効力発展的考察
調停前置主義の現代的課題
第一に、DV事案における調停前置の問題がある。DV被害者にとって、加害者との調停手続に臨むことは心理的な負担が大きく、対等な交渉が困難な場合がある。DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)との関連で、DV事案における調停前置の例外を拡大すべきとの議論がなされている。実務上は、DV事案については調停に付することが相当でないとして調停前置の例外が認められる傾向にある。
第二に、オンライン調停(ODR)と調停前置主義の問題がある。ICT技術の発展により、オンラインでの調停手続(ODR:Online Dispute Resolution)が導入されつつある。ODRの活用により、調停前置主義のもとでの手続的負担が軽減される可能性がある。もっとも、当事者間の対面による話し合いの重要性を指摘する見解もある。
第三に、調停の形骸化の問題がある。調停前置主義のもとで、実質的な合意の見込みがない事件についても調停が行われることで、調停手続が形骸化し、単なる手続的障壁にすぎなくなっているとの指摘がある。調停の実効性を高めるために、調停委員の専門性の向上や調停手続の改善が議論されている。
第四に、国際家事紛争における調停前置の問題がある。国際離婚や国際的な子の奪取事件において、日本の調停前置主義がどのように適用されるかが問題となっている。ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)との関連で、国際的な協調と国内法の調停前置主義の調和が課題となっている。
第五に、ADR促進と調停前置主義の関係がある。裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR促進法)のもとで、認証ADR機関による手続が拡充されている。調停前置主義の対象事件について、認証ADR機関での手続を調停の代替として認めるべきかが議論されている。
よくある質問
Q1: 調停と訴訟の違いは何ですか。
調停は当事者間の合意に基づく紛争解決手続であり、調停委員会が当事者の間に入って話し合いを促進する。合意が成立した場合には調停調書が作成され、確定判決と同一の効力を有する。これに対し訴訟は、裁判所が法律に基づいて判決をする強制的な紛争解決手続であり、当事者の合意がなくても判決が言い渡される。
Q2: 調停前置の要件を欠いて訴えを提起した場合、訴えは不適法ですか。
調停前置の要件を欠いて訴えが提起された場合、直ちに不適法として却下されるのではなく、裁判所は事件を調停に付し、調停が不成立に終わった場合には訴訟手続を進めることが相当であるとするのが判例の立場である。これは、調停前置主義の趣旨が自主的紛争解決の促進にあり、訴えの却下は当事者に過大な負担を課すためである。
Q3: 調停が成立した場合の効力はどのようなものですか。
調停が成立した場合、調停調書が作成される。家事調停の調停調書は確定判決と同一の効力を有し(家事事件手続法268条1項)、民事調停の調停調書も裁判上の和解と同一の効力を有する(民事調停法16条)。したがって、調停調書に基づいて強制執行を行うことができる。
Q4: 調停委員はどのような人が選任されますか。
調停委員は、弁護士、医師、大学教授、公認会計士など専門的知識を有する者や、社会生活の経験が豊富な者から選任される。家事調停では通常、裁判官(または家事調停官)1名と調停委員2名(男女各1名)で構成される調停委員会が調停を行う。
Q5: 調停前置主義は憲法上の裁判を受ける権利に反しませんか。
調停前置主義は訴訟の提起を禁止するものではなく、訴訟に先立って調停を経ることを求めるにすぎないため、憲法32条の裁判を受ける権利を侵害しないとするのが通説・判例の立場である。調停が不成立に終われば訴訟による解決の道は確保されており、裁判を受ける権利は実質的に保障されている。
関連条文
第二百四十四条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。
― 家事事件手続法 第257条第1項
前項の事件について家事調停の申立てをすることなく訴えを提起した場合には、裁判所は、職権で、事件を家事調停に付さなければならない。ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。
― 家事事件手続法 第257条第2項
関連判例
- 家事審判に関する判例 - 家事事件手続の体系と調停の位置づけ
- 訴えの利益に関する判例 - 訴訟要件と調停前置の関係
まとめ
調停前置主義の趣旨と運用に関する本判決は、調停前置主義の趣旨が当事者間の合意による自主的な紛争解決の促進にあることを確認し、調停前置の要件を欠く訴えの処理について柔軟な運用を認めた重要判例である。調停前置の要件を欠いて訴えが提起された場合、裁判所は直ちに訴えを却下すべきではなく、事件を調停に付し、調停が不成立に終わった場合に訴訟手続を進めることが相当であるとされる。調停前置主義は家事事件や一部の民事事件において重要な手続的規律であり、その趣旨の正確な理解と例外事由の適切な運用が実務上も試験対策上も求められる。DV事案への対応、ODRの導入、調停の実効性の確保など、調停前置主義をめぐる現代的課題を踏まえた体系的理解が重要である。