行政手続と刑事手続上の保障とは
ぎょうせいてつづきとけいじてつづきじょうのほしょう
行政手続と刑事手続上の保障とは、刑事手続のために置かれた31条、35条、38条の保障が行政手続にも及ぶかという問題です。判例は、行政手続であることのみを理由に保障の枠外とはせず、行政手続にも保障が及び得るとしつつ、常に事前の告知や令状が必要になるわけではないとしています。
税務署員が令状なしに帳簿を調べに来たり、役所が建物の使用を禁じる命令を出したりする場面は、刑事裁判ではありませんが、相手にとっては重い負担です。憲法の31条、35条、38条は本来、刑事手続を念頭に置いた保障ですが、刑事手続でないという理由だけで保障を全く及ぼさないと、行政の手続を通じて同じ不利益を与える抜け道ができてしまいます。そこで判例は、行政手続にも保障が及び得るとしたうえで、及ぶ場合の内容は行政作用の性質によって変わるという柔軟な立場を採りました。
行政手続にも31条の保障が及び得ますが、常に事前の機会が要るわけではありません
行政調査や不利益処分は、刑事手続と形式は違っても、相手方に重い負担を課し、結果として刑事責任の追及につながることがあります。最大判平成4年7月1日(成田新法事件)は、行政手続であることのみを理由に31条の保障の枠外だとするのは相当でないとしたうえで、行政手続は刑事手続と性質がおのずから異なり、行政目的に応じて多種多様であるから、保障が及ぶ場合でも常に事前の告知、弁解、防御の機会を与えることを必要とするものではないとしました。「憲法第31条は「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない」と定めるところ,同条の定める法定手続の保障が及ぶと解すべき行政手続であっても,常に必ず,行政処分の相手方に事前の告知,弁解,防御の機会を与えることを必要とするものではないと解される」という肢は正しいです。逆に「その場合には行政処分の相手方に常に事前の告知、弁解、防御の機会を与える必要がある」とする肢は誤りです。前段の、行政手続にも保障が及ぶ場合があるという部分は判例のとおりですが、後段で常に機会が要るとしている点が判例と違います。機会を与えるかどうかは、制限される権利利益の内容と性質、制限の程度、達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決まります。
学説は、適用説、準用説、不適用説に分かれます
31条を行政手続にどう及ぼすかについて、三つの立場があります。適用説は、国家が国民の権利利益を一方的に制限する作用一般に適正手続の理念が妥当するとして、31条を行政手続にも直接適用します。もっとも、行政手続と刑事手続の差を無視するわけではありません。「適用説は,憲法第31条が要求する適正さが行政手続にも及ぶべきであると説きつつも,その程度は行政作用の性質に応じて異なり得るとする」という肢は正しいです。準用あるいは類推適用説は、31条の文言上の対象は刑事手続だとしつつ、その趣旨を行政手続に準用します。この立場の中には刑事手続に準ずる行政処分に限るという見解もありますが、行政手続による権利制限一般に広く及ぼしつつ作用の性質に応じて程度が異なるとする見解もあり、身体の自由を奪うような処分に限定するわけではありません。「準用あるいは類推適用説は,適正手続が求められるのは身体の自由を奪うような刑事手続に準ずる行政処分に限られるとする」という肢は誤りです。不適用説は、刑罰を科せられないという文言を重視して31条を刑事手続の規定と読みますが、31条から導けないことと、他の条文から導けないことは別です。「不適用説は,行政手続の適正さについて,憲法第31条からはその文言上これを導き出すことはできないが,憲法第13条など他の規定から導くことは可能であるとする」という肢は正しいです。
- 適用説31条は行政手続にも直接適用される。ただし適正さの程度は行政作用の性質に応じて異なり得る
- 準用あるいは類推適用説31条の趣旨を行政手続に準用する。刑事手続に準ずる処分に限る見解と、広く及ぼして程度を変える見解がある
- 不適用説31条は刑事手続の規定。行政手続の適正さは13条など他の規定から導く
- 35条・38条の準用令状主義と自己負罪拒否特権も、行政手続に及び得るかが同じ枠組みで問われる
35条の令状主義は、刑事責任追及を目的としない手続にも及び得ます
最大判昭和47年11月22日(川崎民商事件)は、35条1項が本来は主として刑事責任追及の手続における強制について司法権による事前の抑制のもとに置かれるべきことを保障したものだとしつつ、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に保障の枠外にあるとは判断できないとしました。もっとも、あらゆる手続に等しく及ぶわけではありません。「憲法第35条第1項は,本来,主として刑事責任追及の手続における強制について,それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが,刑事責任追及を目的とする手続においてばかりでなく,それ以外の手続においても,同項による保障が等しく及ぶと解される」という肢は誤りです。旧所得税法の質問検査については、実質上刑事責任追及のための資料収集に直接結び付く作用を一般的に有しないこと、強制の程度が間接的で実効性が乏しいこと、公益上の必要性が高いことから、令状によらないことが許されるとされました。反対に、犯則調査のように実質的に刑事責任の追及に直結する手続では、令状主義の保障が及ぶ方向に傾きます。なお、35条の保障対象には、住居、書類及び所持品に準ずる私的領域に侵入されることのない権利も含まれるとされており(最大判平成29年3月15日)、保障の広がりと手続の性質を分けて考えることが大切です。
報告義務や記帳義務は、38条1項に反しません
38条1項は、自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障します。最大判昭和37年5月2日(交通事故の報告義務と黙秘権)は、交通事故の報告義務について、報告を要するのは事故の日時、場所、死傷者の数、損壊の程度など交通事故の態様に関する事項に限られ、刑事責任を問われるおそれのある事故の原因その他の事項までは含まれないと解し、自己に不利益な供述の強要に当たらないとして合憲としました。「交通事故を起こした運転者は、警察官に対し、交通事故発生の日時、場所、死傷者の数などを報告する義務を負うが、道路における危険とこれによる被害の増大を防止し、交通の安全を図るという目的のためには、刑事責任を負うことにつながるような自己に不利益な供述をさせることもやむを得ないから、この報告義務を定めた法律は、憲法第38条第1項に違反しない」という肢は誤りです。判例は不利益な供述をさせるものではないから合憲だとしたのであって、不利益な供述をさせてもやむを得ないとはしていないので、理由づけが判例と逆になっています。麻薬取扱者の記帳義務(最判昭和29年7月16日)や、犯則嫌疑者に対する質問調査(最判昭和59年3月27日)についても、同様に38条1項に反しないとされています。呼気検査は、アルコール保有の程度を調べるために呼気を採取するもので供述を得ようとするものではないため、その拒否を処罰する規定も38条1項に反しません。「警察官が,酒気を帯びて車両を運転するおそれがあると認めて呼気検査を求めたのに対し,これを拒否した者を処罰する道路交通法の規定は,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない」と定める憲法第38条第1項の規定に違反しない」という肢は正しいです(最判平成9年1月30日)。
38条1項は、供述拒否権の告知までは義務づけていません
最判昭和59年3月27日(犯則嫌疑者に対する質問調査手続と黙秘権)は、38条1項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、保障の及ぶ手続について告知を要するものとすべきかどうかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題だとしました。「憲法第38条第1項は,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない」と規定するところ,自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障するとともに,その実効性を担保するため,供述拒否権の告知を義務付けていると解される」という肢は誤りです。また、保障の対象は刑事責任を問われるおそれのある事項に限られるので、氏名の供述には原則として保障が及びません(最大判昭和32年2月20日)。「憲法第38条第1項は、自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障するものであり、氏名の供述も、これによって自己が刑事上の責任を問われるおそれがあることから、原則として保障が及ぶ」という肢は誤りです。氏名は、それ自体では犯罪事実の立証に直結しないのが通常だからです。もっとも、氏名を明らかにすること自体が犯罪の成立を基礎づけるような例外的な場合まで否定する趣旨ではありません。行政調査の場面では、調査に応じない者を処罰する規定が置かれることが多く、間接的とはいえ強制の度合いがどこまで強いかが、35条や38条の保障の要否を考える手がかりになります。
最大判平成4年7月1日(成田新法事件)
憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではない。
論文ではこう使う
論文では、まず問題の手続が行政手続であることを確認したうえで、刑事手続ではないという理由だけで保障の枠外だとはいえないという判例の立場を示します。31条については、制限される権利利益の内容と性質、制限の程度、達成しようとする公益の内容、程度、緊急性を総合較量し、事前の告知と弁解の機会が必要かを判断します。35条については、当該手続が実質上刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くか、強制の程度はどうか、公益上の必要性はどうかを当てはめます。38条については、報告や記帳の対象が刑事責任を問われるおそれのある事項に及ぶかを条文に即して確認します。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。