罪刑法定主義とは
ざいけいほうていしゅぎ
罪刑法定主義とは、どのような行為が犯罪となり、それにどのような刑罰が科されるかを、あらかじめ法律で定めておかなければならないという原則です。法律主義、遡及処罰の禁止、類推解釈の禁止、絶対的不定期刑の禁止、刑罰法規の適正性がここから導かれます。
サッカーの試合が終わってから、審判が「さっきのプレーは反則だったことにする」と言い出したら、選手は何を基準に動けばよいのか分からなくなります。刑罰は人の自由や財産を奪う最も重い制裁ですから、どの行為が犯罪になり、どんな刑が科されるかは、行為の前に、国民の代表である国会が法律で決めておかなければなりません。国民が自分たちで決めるという民主主義と、何をすれば処罰されるかを予測できるという自由主義が、この原則を支えています。
犯罪と刑罰は国会の法律で定め、政令と条例は法律の委任があれば罰則を置けますが、慣習法は含まれません
罪刑法定主義は「法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし」と言い表されます。その第一の内容が、犯罪と刑罰は国会が制定した法律で定めなければならないという法律主義で、憲法31条が根拠になります。もっとも、下位の法令に罰則を置くことが一切禁じられるわけではありません。政令は、憲法73条6号ただし書により「特にその法律の委任がある場合」には罰則を設けることができ、委任は具体的に特定された事項についてのものでなければなりません。条例は、住民を代表する地方議会が制定するので、地方自治法14条3項が2年以下の拘禁刑などの範囲で罰則を置くことを認めており、最大判昭和37年5月30日(大阪市売春取締条例事件)もこれを合憲としました。これに対し、慣習法は国会の議決を経ておらず、成文の根拠がないため内容と範囲もはっきりしません。「犯罪と刑罰は,「法律」によって定められていなければならず,この「法律」には,法律の委任を受けた政令,条例及び慣習法が含まれる」という肢は誤りです。政令と条例が含まれるという部分は正しいのですが、慣習法を刑罰の直接の根拠にすることは、民主主義の要請にも予測可能性の要請にも反するからです。判例法も同じ理由で刑罰の直接の根拠になりません。
- 法律国会が制定する。犯罪と刑罰を定める本来の形式
- 政令などの命令法律が事項を特定して委任した場合に限り罰則を置ける(憲法73条6号ただし書)
- 条例地方議会が制定する。地方自治法14条3項の範囲で罰則を置ける
- 慣習法・判例法刑罰の直接の根拠にならない
行為の後に作った法律で遡って処罰することは許されませんが、判例の不利益な変更にはこの禁止が及びません
行為の時に犯罪とされていなかった行為を、後から作った法律で処罰すると、適法だと考えて行動した人を不意打ちで処罰することになります。そこで憲法39条は、実行の時に適法であった行為について刑事上の責任を問われないと定めています。「行為の時に適法であった行為を,その後の法律によって遡って犯罪とすることは,許されない」という肢は正しいです。この禁止は、行為の後に刑を重くした法律を遡って適用する場合にも当てはまり、刑法6条が犯罪後の法律によって刑の変更があったときは軽いものによると定めているのも同じ考え方に立っています。他方で、遡及処罰の禁止が対象とするのは法律であって、判例ではありません。最判平成8年11月18日は、行為当時の最高裁判所の判例に従えば無罪となるはずの行為を、判例を変更して処罰しても憲法39条に違反しないとしました。変更前の判例を信じていた人の救済は、違法性の意識の可能性がなかったといえるかという責任の段階で考えることになります。また、最判平成27年12月3日は、公訴時効を廃止する改正法を、施行の時に時効が完成していなかった罪に適用しても、行為時の違法性の評価や責任の重さを遡って変えるものではないから憲法39条に違反しないとしました。
語義の可能な範囲内で広げる拡張解釈は許され、その範囲を超える類推解釈は許されません
類推解釈とは、法律が定めていない事項に、似た事項についての規定を当てはめることをいいます。これを認めると、裁判所が法律にない犯罪を作ることになり、法律主義にも予測可能性にも反するので、被告人に不利益な類推解釈は禁止されます。これに対し、規定の趣旨と目的を踏まえて、言葉の可能な意味の範囲内で通常より広く解釈する拡張解釈は、条文の枠の中にとどまるので許されます。「ある刑罰法規につき,条文の文言を,語義の可能な範囲内で通常の意味よりも広げて解釈することは,許されない」という肢は誤りです。語義の可能な範囲内にとどまる解釈は拡張解釈であって、禁止される類推解釈ではないからです。判例は、刑法129条の「汽車」に汽車の代用として走るガソリンカーが含まれるとし(大判昭和15年8月22日)、旧刑法の下で電気も窃盗罪の客体に当たるとしました(大判明治36年5月21日)。最判平成8年2月8日は、洋弓銃でカモに矢を射かけたが命中しなかった行為も、弓矢を使用する方法による「捕獲」に当たるとしています。逆に、最判昭和30年3月1日は、人事院規則の「特定の候補者」に「立候補しようとする特定人」まで含めた原判決の解釈を誤りとしました。二つの解釈を分けるのは、その言葉から一般の人が読み取れる意味の範囲に収まっているかどうかです。
刑の種類も量も定めない絶対的不定期刑は禁止されますが、長期と短期を定める相対的不定期刑は許されます
罪刑法定主義は、犯罪だけでなく刑罰もあらかじめ定めることを求めます。刑の種類や量をまったく定めずに言い渡す絶対的不定期刑は、どれだけの不利益を受けるのかを予測できなくするので禁止されます。しかし、長期と短期が定められていれば、受ける不利益の上限と下限は事前に分かります。「刑の長期と短期を定めて言い渡し,現実の執行期間をその範囲内において執行機関の裁量に委ねることは,許されない」という肢は誤りです。これは相対的不定期刑であり、罪刑法定主義に反しません。現行法でも、少年に対して有期の拘禁刑で処断するときは、長期と短期を定めて言い渡すことになっています(少年法52条1項)。改善更生の進み具合に応じて執行の期間を調整できるようにするためです。
刑罰法規は内容も適正でなければならず、不明確な規定や罪刑の均衡を著しく失する規定は違憲になります
法律で定めてさえいれば、どんな内容の処罰規定でもよいわけではありません。憲法31条は刑罰法規の内容が適正であることも求めていると解されています。その一つが明確性の原則で、最大判昭和50年9月10日(徳島市公安条例事件)は、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合にその行為が適用を受けるかどうかを判断できる基準が読み取れるかで決めるとしました。処罰範囲が過度に広い規定も問題になり、最大判昭和60年10月23日(福岡県青少年保護育成条例事件)は、「淫行」を不当な手段による性交等などに限定して解釈することで憲法31条に違反しないとしています。もう一つが罪刑の均衡です。「ある刑罰法規が,犯罪に比べて著しく均衡を失する重い刑罰を規定している場合,当該刑罰法規は違憲である」という肢は正しいです。最大判昭和49年11月6日(猿払事件)も、刑罰規定が罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであって、とうてい許容し難いものであるときは、違憲の判断を受けなければならないと述べています。
憲法31条
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
憲法39条
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
最大判昭和50年9月10日(徳島市公安条例事件)
ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべきである。
論文ではこう使う
論文で罪刑法定主義そのものを大きく論じる場面は多くありません。使うのは、各論で条文の文言に当たるかが微妙な事実が出てきたときです。たとえば「財物」「捕獲」「焼損」のような文言に事実を当てはめる際に、処罰の必要性だけから結論を出すのではなく、その解釈が言葉の可能な意味の範囲内にあることを一文で示します。そのうえで、規定の趣旨と保護法益から、その事実を文言に含めて読むべき理由を述べます。不真正不作為犯のように条文に不作為が書かれていない場面でも、作為と同じ価値をもつ場合に限って実行行為と認めるという絞りが、罪刑法定主義からの要請であることを意識して書きます。
この用語が出た過去問の肢を、正誤を選んで解説で確かめられます。