/ 刑法

未遂犯の処罰根拠と実行の着手|43条の体系的理解

刑法43条の未遂犯を体系的に解説。処罰根拠、実行の着手の判断基準、不能犯との区別、中止犯の要件を判例とともに整理します。

この記事のポイント

未遂犯(刑法43条本文)は、犯罪の「実行に着手してこれを遂げなかった者」を処罰する規定であり、既遂に至らなくても法益侵害の危険が生じた段階で処罰を認めるものである。 未遂犯の中心的論点は「実行の着手」の判断基準であり、形式的客観説・実質的客観説・折衷的な見解が対立する。また、不能犯との区別、中止犯(43条ただし書)の要件も重要な論点である。


未遂犯の処罰根拠

客観主義と主観主義

未遂犯の処罰根拠については、以下の対立がある。

立場 処罰根拠 帰結 客観主義(通説) 法益侵害の客観的危険の発生 客観的危険が認められない場合は不可罰(不能犯) 主観主義 行為者の犯罪的意思の表動 犯罪意思が外部に表れれば処罰可能

現在の通説・判例は客観主義の立場に立ち、未遂犯の処罰は法益侵害の客観的危険が生じたことを根拠とする。

44条の確認規定

刑法44条は「未遂を罰する場合は、各本条で定める」と規定する。未遂犯の処罰は各則の規定がある場合に限られ、すべての犯罪について未遂が処罰されるわけではない。


実行の着手

実行の着手の意義

実行の着手とは、構成要件該当行為(実行行為)を開始することをいう。実行の着手時点が犯罪の予備・準備段階と未遂段階を画する基準となる。

学説の対立

形式的客観説

構成要件に記載された行為を開始した時点で実行の着手を認める。

  • 長所: 明確性がある
  • 短所: 着手時期が遅くなりすぎる場合がある

実質的客観説

法益侵害の現実的危険性が発生した時点で実行の着手を認める。

  • 長所: 法益保護の観点から妥当な結論を導きやすい
  • 短所: 危険性の判断が不明確になりうる

判例の立場

判例は、構成要件該当行為の開始にこだわらず、法益侵害の現実的危険性を有する行為を開始した時点で実行の着手を認める立場をとる(実質的客観説に近い)。

主要判例

クロロホルム事件(最決平16.3.22)

強盗殺人の事案で、被害者をクロロホルムで失神させる第1行為(それ自体は殺害行為ではない)の開始時点で殺人の実行の着手を認めた。

第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること、第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることなどに照らすと、第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められる

間接正犯における実行の着手

間接正犯の場合、利用者の行為の時点で実行の着手を認めるか、被利用者の行為の時点で認めるかが問題となる。判例は、事案に応じて判断している。


不能犯との区別

不能犯の意義

不能犯とは、行為の性質上、結果発生の危険が全くない場合をいう。不能犯は犯罪の成立が否定される(不可罰)。

学説の対立

学説 基準 具体例 純粋主観説 行為者の認識を基準に危険性を判断 呪い殺そうとする行為も未遂 抽象的危険説 一般人が行為者の計画を知ったら危険と感じるか 砂糖を毒と信じて投与→未遂 具体的危険説(通説) 一般人が行為時に認識し得た事情と行為者が認識していた事情を基礎に危険性を判断 空の拳銃での射撃→不能犯 客観的危険説 行為時に存在したすべての事情を基礎に科学的に判断 致死量未満の毒物投与→不能犯

判例の立場

判例は明確にいずれの学説に立つかを宣言していないが、具体的危険説に近い立場をとるとされる(最決平4.9.22等)。


中止犯

43条ただし書の要件

中止犯(43条ただし書)が成立するためには、以下の要件が必要である。

  1. 自己の意思により犯罪を中止したこと(任意性)
  2. 犯罪を中止したこと(中止行為)

任意性の判断基準

任意性の判断については、以下の見解が対立する。

  • フランクの公式: 「たとえできたとしても、しなかった」場合が中止犯、「したかったが、できなかった」場合が障害未遂
  • 限定主観説: 外部的障害に基づかない動機による中止が中止犯
  • 客観説: 一般人を基準に中止を決意することが通常であるかで判断

判例は、広く自発的な意思に基づく中止を中止犯と認める傾向にある。

中止行為の内容

  • 着手未遂の場合: 行為の中止(不作為)で足りる
  • 実行未遂の場合: 結果発生を防止するための積極的な措置(作為)が必要

中止犯の法的効果

中止犯の刑は「減軽し、又は免除する」(必要的減免)。既遂犯の「任意的減免」と異なり、必ず減軽または免除される点が重要である。


試験での出題ポイント

論文式試験での検討手順

  1. 実行の着手の有無: 法益侵害の現実的危険性が発生したかを認定
  2. 不能犯の検討: 結果発生の危険が全くなかった場合は不能犯として処理
  3. 既遂の成否: 結果が発生したか(構成要件が充足されたか)を検討
  4. 中止犯の成否: 任意性と中止行為の有無を検討
  5. 43条の効果: 未遂犯は任意的減軽、中止犯は必要的減免

頻出の具体例

  • 殺人目的で刃物を持って被害者宅に向かう途中→予備段階(着手なし)
  • 殺人目的で被害者に向けてナイフを振り上げた→実行の着手あり
  • クロロホルムで失神させる行為→殺人の実行の着手あり(クロロホルム事件)

まとめ

  • 未遂犯の処罰根拠は法益侵害の客観的危険の発生である(客観主義)
  • 実行の着手は法益侵害の現実的危険性が発生した時点で認められる
  • 不能犯は結果発生の危険が全くない場合であり、具体的危険説が通説である
  • 中止犯は任意の意思による犯罪の中止であり、必要的減免の効果がある
  • クロロホルム事件は実行の着手の判断基準を示すリーディングケースである

FAQ

Q1. 実行の着手と予備はどう区別しますか?

実行の着手は法益侵害の現実的危険性が発生した時点で認められます。それ以前の準備段階は予備であり、予備罪の規定がある場合にのみ処罰されます。

Q2. 不能犯と未遂犯はどう区別しますか?

通説の具体的危険説によれば、一般人が行為時に認識し得た事情等を基礎にして、結果発生の具体的危険があれば未遂犯、全くなければ不能犯です。

Q3. 中止犯はなぜ必要的減免なのですか?

政策的に犯罪の完成を防止するインセンティブを与える趣旨(政策説)、中止により違法性・責任が減少する趣旨(法律説)などの説明があります。


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