【判例】共犯の錯誤と抽象的事実の錯誤(最判昭54.4.13)
共犯の錯誤に関する最判昭54.4.13を解説。共犯者間で認識した犯罪事実と実現した犯罪事実が異なる場合の処理、抽象的事実の錯誤の共犯への適用、構成要件の重なり合いの判断を分析します。
この判例のポイント
共同正犯者の一部が当初の共謀と異なる犯罪を実現した場合(共犯の錯誤)について、認識した犯罪事実と実現した犯罪事実の間に構成要件の重なり合いが認められる限度で、共同正犯の故意が認められるとした判例。共犯における抽象的事実の錯誤の処理基準を示し、構成要件の実質的重なり合いの判断方法を明らかにした重要判例である。
事案の概要
被告人Xは、Aと共に、被害者に対して暴行を加える旨の共謀をした。ところが、Aは共謀の範囲を超えて、被害者から金品を奪取する行為(強盗)に及んだ。
Xは暴行の限度で共謀していたにすぎず、強盗の故意はなかったと主張した。問題は、暴行の共謀に基づいて実行に着手した共同正犯者の一人が、共謀の範囲を超えて強盗を実行した場合に、他の共同正犯者の罪責がどうなるかであった。
争点
- 共同正犯者の一部が共謀の範囲を超えた犯罪を実行した場合、他の共同正犯者の罪責はどうなるか
- 認識した犯罪(暴行)と実現した犯罪(強盗)の間に構成要件の重なり合いが認められるか
判旨
最高裁は、共犯の錯誤について以下の趣旨を判示した。
共謀の範囲を超えて実行された行為についても、認識した犯罪事実と実現した犯罪事実との間に構成要件が実質的に重なり合う限度で、軽い犯罪の共同正犯が成立する
― 最高裁判所第二小法廷 昭和54年4月13日(趣旨)
すなわち、最高裁は以下の枠組みを示した。
- 共犯の錯誤は、抽象的事実の錯誤の共犯への適用として処理される
- 認識した事実(暴行)と実現した事実(強盗)の間に構成要件の重なり合いがある限度で故意が認められる
- 重なり合いが認められる軽い犯罪の限度で共同正犯が成立する
ポイント解説
共犯の錯誤の類型
共犯の錯誤には、以下の類型がある。
類型 内容 具体例 共謀の射程内の逸脱 共謀の範囲内と評価できる行為 窃盗の共謀で侵入窃盗を実行 共謀の射程外の逸脱 共謀の範囲を超えた行為 暴行の共謀で強盗を実行 異なる犯罪の実行 全く異なる犯罪を実行 窃盗の共謀で放火を実行本件は「共謀の射程外の逸脱」の事案であり、暴行の共謀にとどまる者が強盗の結果について責任を負うかが問題となった。
抽象的事実の錯誤の原理
抽象的事実の錯誤とは、行為者が認識した事実と実際に発生した事実が異なる構成要件にまたがる場合の錯誤をいう。刑法38条2項は、「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない」と規定する。
判例・通説(法定的符合説)は、異なる構成要件間に実質的な重なり合い(構成要件の重なり合い)が認められる場合には、その重なり合いの限度で故意が認められるとする。
構成要件の重なり合いの判断
暴行罪と強盗罪の間の構成要件の重なり合いについて、以下のように整理される。
- 強盗罪: 暴行・脅迫を手段として財物を奪取する犯罪
- 暴行罪: 人の身体に対する有形力の行使
強盗罪は暴行を手段として含んでいるから、暴行の限度で構成要件の重なり合いが認められる。したがって、暴行の故意しかなかったXについては、暴行罪の限度で共同正犯が成立する。
結果的加重犯との関係
共犯の錯誤の場面では、結果的加重犯の共同正犯の成否も問題となりうる。例えば、暴行の共謀で被害者が死亡した場合、傷害致死罪の共同正犯が成立するかが問題となる。
学説・議論
法定的符合説と具体的符合説
共犯の錯誤の処理について、錯誤論の対立がある。
法定的符合説(判例・通説): 認識した事実と実現した事実の間に構成要件の重なり合いがある限度で故意を認める。重なり合いの範囲は構成要件の類型的一致により判断する。
具体的符合説: 認識した事実と実現した事実が具体的に一致することを要求する。この説からは、暴行を認識していたのに強盗が実現した場合、暴行罪の故意も否定される余地がある。
共謀の射程論
共犯の錯誤を処理する別のアプローチとして、共謀の射程論がある。これは、実行された行為が共謀の射程内にあるかどうかにより判断するものである。
- 共謀の射程内であれば、実現した犯罪について共同正犯が成立する
- 共謀の射程外であれば、共謀した犯罪の限度で共同正犯が成立する
共謀の射程の判断にあたっては、共謀の内容、犯行の状況、逸脱の程度等が考慮される。
正犯者の罪責との関係
実際に強盗を実行したAについては強盗罪の正犯が成立し、共謀の範囲内にとどまったXについては暴行罪(又はその結果に応じた犯罪)の共同正犯が成立する。このように、共同正犯者間で罪名が異なる結果(部分的犯罪共同説)が導かれる。
犯罪共同説と行為共同説
共犯の本質論における犯罪共同説と行為共同説の対立も、共犯の錯誤の処理に影響する。
- 犯罪共同説: 共同正犯は特定の犯罪を共同して実行するものであるから、共謀された犯罪についてのみ共同正犯が成立する
- 行為共同説: 共同正犯は行為を共同するものであるから、各共犯者の罪責は個別に判断される
- 部分的犯罪共同説(通説): 構成要件が重なり合う限度で犯罪を共同にすることができる
判例の射程
窃盗と強盗の錯誤
窃盗の共謀に基づいて一部の共犯者が強盗を実行した場合も、同様の処理がなされる。窃盗罪と強盗罪は財物奪取の点で構成要件が重なり合うから、窃盗罪の限度で共同正犯が成立する。
傷害と殺人の錯誤
傷害の共謀に基づいて一部の共犯者が殺人を実行した場合、傷害致死罪の限度で共同正犯が成立するかが問題となる。構成要件の重なり合いが認められる範囲が問題となる。
教唆犯・幇助犯への適用
共犯の錯誤の法理は、共同正犯のみならず、教唆犯(刑法61条)や幇助犯(刑法62条)についても適用される。教唆者が認識した犯罪と被教唆者が実行した犯罪が異なる場合にも、構成要件の重なり合いの限度で教唆犯の故意が認められる。
反対意見・補足意見
本判決に特段の反対意見は付されていない。共犯の錯誤の処理について抽象的事実の錯誤の法理を適用するという基本的枠組みは、判例・通説として確立している。
試験対策での位置づけ
出題可能性
共犯の錯誤は、刑法総論の最重要論点の一つであり、出題可能性は極めて高い。
- 共同正犯者間の錯誤を問う事例問題(論文式試験の定番)
- 抽象的事実の錯誤と共犯の関係を問う理論問題
- 構成要件の重なり合いの判断に関する問題
- 短答式試験での共犯の錯誤に関する正誤問題
短答式試験での出題ポイント
- 共同正犯者の一部が共謀を超えた犯罪を実行した場合、他の共犯者は共謀の範囲内の犯罪について責任を負う(○)
- 認識した犯罪と実現した犯罪の構成要件が重なり合う限度で故意が認められる(○)
- 共犯者間で罪名が異なることは認められない(×・部分的犯罪共同説)
答案での使い方(論証パターン)
基本論証
甲は暴行の限度で共謀していたにすぎないところ、乙が強盗を実行した。甲の罪責はどうなるか。
共犯の錯誤の場面では、抽象的事実の錯誤の法理が適用される。すなわち、認識した犯罪事実と実現した犯罪事実の間に構成要件の実質的重なり合いが認められる限度で、軽い犯罪の共同正犯が成立する(最判昭54.4.13参照)。
暴行罪と強盗罪は、暴行の点で構成要件が重なり合っている。したがって、甲については暴行罪の共同正犯が成立する。なお、乙については強盗罪の単独正犯(又は強盗罪の共同正犯として)が成立する。
重要概念の整理
共犯の錯誤の処理
認識した犯罪 実現した犯罪 重なり合い 成立する犯罪 暴行 強盗 暴行の限度 暴行罪の共同正犯 窃盗 強盗 窃盗の限度 窃盗罪の共同正犯 傷害 殺人 傷害の限度 傷害罪の共同正犯 窃盗 放火 なし 窃盗未遂の共同正犯錯誤論の体系
錯誤の類型 内容 処理 具体的事実の錯誤 同一構成要件内の錯誤 法定的符合説で故意肯定 抽象的事実の錯誤 異なる構成要件間の錯誤 重なり合いの限度で故意肯定 共犯の錯誤 共犯者間での認識のずれ 抽象的事実の錯誤の適用共犯の本質論と錯誤の処理
学説 共犯の本質 錯誤の処理 犯罪共同説 特定の犯罪の共同 共謀した犯罪の限度で処理 行為共同説 行為の共同 各共犯者の罪責は個別判断 部分的犯罪共同説(通説) 構成要件重なり合いの限度で共同 重なり合いの限度で共同正犯発展的考察
共謀の射程の具体的判断基準
共謀の射程が及ぶかどうかの判断は、実務上極めて重要である。以下の要素が考慮される。
- 共謀の具体的内容と範囲
- 逸脱行為の態様と程度
- 共謀と逸脱行為の関連性
- 共犯者間の意思疎通の状況
過剰行為と正当防衛
共犯者の一人が正当防衛の限度を超えた過剰行為を行った場合、他の共犯者がその過剰結果について責任を負うかは、共犯の錯誤の問題として議論される。
予備罪・陰謀罪との関係
共謀が実行に移されたものの、共謀した犯罪とは異なる犯罪が実現された場合、共謀罪・予備罪との関係がどうなるかも検討を要する。
組織犯罪における共犯の錯誤
組織犯罪(暴力団犯罪、特殊詐欺等)では、組織の上部と末端の間で認識にずれがある場合が多い。この場面での共犯の錯誤の処理は、組織犯罪対策の観点からも重要である。
よくある質問
Q1: 共謀を超えた犯罪を実行した者は、共謀した犯罪と実行した犯罪のどちらで処罰されますか?
A1: 実行者は、実際に実行した犯罪(重い犯罪)で処罰されます。例えば、暴行の共謀に基づいて強盗を実行した場合、実行者は強盗罪で処罰されます。共謀の範囲を超えた部分は、実行者の単独犯(又は実行者のみの共同正犯)として処理されます。
Q2: 構成要件の重なり合いがない場合はどうなりますか?
A2: 構成要件の重なり合いが全く認められない場合(例:窃盗の共謀で放火が実行された場合)には、共謀の範囲内の犯罪(窃盗)の未遂の共同正犯が成立するにとどまります。実行された犯罪(放火)については、共謀していなかった者は責任を負いません。
Q3: 教唆の錯誤の場合も同様に処理されますか?
A3: はい。教唆犯においても同様の処理がなされます。教唆者が認識した犯罪と被教唆者が実行した犯罪が異なる場合、構成要件の重なり合いの限度で教唆犯の故意が認められます。
Q4: 共犯の錯誤と共謀の射程はどのような関係にありますか?
A4: 共犯の錯誤は故意論(錯誤論)のアプローチであり、共謀の射程は共犯論のアプローチです。両者は異なる理論的枠組みですが、結論において一致することが多いとされています。共謀の射程内であれば錯誤の問題は生じず、射程外であれば錯誤の問題として処理されます。
Q5: 部分的犯罪共同説とは何ですか?
A5: 部分的犯罪共同説は、共犯の本質論における通説の立場です。構成要件が重なり合う限度で犯罪を共同にすることができるとする説であり、共犯者間で罪名が異なることを認めます。本判決は、この部分的犯罪共同説を前提とした判断を示しています。
関連条文
- 刑法38条2項(事実の錯誤):重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
- 刑法60条(共同正犯):二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
- 刑法61条(教唆犯)
関連判例
- 最判昭25.7.11:抽象的事実の錯誤に関する基本判例
- 最決平17.7.4:共謀の射程に関する判例
- 最判昭54.3.27:共犯と故意に関する判例
- 最大判昭33.5.28:共同正犯の本質に関する判例
まとめ
最判昭54.4.13は、共犯の錯誤について、抽象的事実の錯誤の法理を適用し、認識した犯罪事実と実現した犯罪事実の間に構成要件の実質的重なり合いが認められる限度で、軽い犯罪の共同正犯が成立するとした判例である。この法理は、部分的犯罪共同説を前提とし、共犯者間で罪名が異なることを認めるものである。試験対策としては、共犯の錯誤の処理枠組み(抽象的事実の錯誤の適用)、構成要件の重なり合いの具体的判断、部分的犯罪共同説の内容を正確に理解し、事例問題に即した当てはめができるようにしておくことが不可欠である。