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【判例】脅迫罪の成立要件と害悪の告知(最判昭35.3.18)

脅迫罪の成立要件と害悪の告知の意義に関する判例を解説。脅迫罪における「害悪の告知」の内容、畏怖の程度、生命・身体・自由・名誉・財産への害悪の具体的判断基準を詳しく分析します。

この判例のポイント

脅迫罪(刑法222条)にいう「害悪の告知」とは、一般人を畏怖させるに足りる程度の害悪の告知をいい、その判断は、告知の内容を客観的に評価して一般人が畏怖するかどうかにより判断すべきであるとした判例。告知された害悪が告知者において実現可能であることを要するか、また害悪の告知が明示的でなく黙示的なものでも足りるかについての判断基準を示した重要判例である。


事案の概要

被告人は、被害者に対し、被害者又はその親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対する害悪を告知した。具体的には、被告人は被害者に対し、一定の要求に応じなければ危害を加える旨の言動を行った。

被害者は、被告人の言動により畏怖し、精神的に不安な状態に陥った。

検察官は、被告人の行為が刑法222条の脅迫罪に該当するとして起訴した。被告人は、自己の言動は「害悪の告知」に該当しないとして無罪を主張した。


争点

  • 被告人の言動が刑法222条にいう「害悪の告知」に該当するか
  • 害悪の告知は一般人を畏怖させるに足りる程度のものであったか
  • 害悪の告知は告知者において実現可能なものである必要があるか

判旨

最高裁は、以下のように判示した。

刑法222条の脅迫罪は、相手方に対し、その生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害悪を加うべきことを告知してこれを畏怖させることによつて成立するものであるが、ここにいう害悪の告知は、一般に人を畏怖させるに足りる程度のものであることを要する

― 最高裁判所第二小法廷

さらに、害悪の告知の判断基準について、以下の点を明らかにした。

  • 害悪の告知は客観的に判断する: 告知の内容が一般人の立場から見て畏怖するに足りるものであるかが基準
  • 害悪の実現可能性: 告知者が害悪を実現する意思や能力を現実に有する必要はなく、告知の内容が一般人を畏怖させるに足りるものであれば足りる
  • 相手方の現実の畏怖は不要: 脅迫罪は危険犯であり、一般人を畏怖させるに足りる害悪の告知があれば成立し、相手方が現実に畏怖したことは必要でない

ポイント解説

脅迫罪の保護法益

脅迫罪(刑法222条)の保護法益は、個人の意思決定の自由・私生活の平穏である。人が害悪の告知によって畏怖し、自由な意思決定が妨げられることを防止する趣旨である。

害悪の対象

刑法222条は、害悪の対象を限定列挙している。

害悪の対象 具体例 生命 「殺す」「命がないぞ」 身体 「殴る」「ケガをさせる」 自由 「監禁する」「つきまとう」 名誉 「秘密をばらす」「悪評を流す」 財産 「家を燃やす」「車を壊す」

222条2項は、これらの害悪が本人のみならず親族に対するものである場合にも脅迫罪が成立することを定めている。

害悪の告知の態様

害悪の告知の態様について、判例・学説は以下のように解している。

  • 明示的告知: 言葉で直接的に害悪を述べる場合。「殺すぞ」「家を燃やすぞ」等
  • 黙示的告知: 直接的な言葉によらないが、態度・状況から害悪が推認される場合。刃物を示す、暴力団の名称を示す等
  • 文書・電話・メール等: 口頭に限らず、文書、電話、電子メール、SNS等による告知も含まれる

害悪の告知と「脅迫」の程度

害悪の告知は、一般人を畏怖させるに足りる程度のものでなければならない。この判断は客観的になされるため、以下のような場合には脅迫にあたらないとされる。

  • 冗談と認識される程度の言動: 社会通念上、脅迫と受け取られない程度の軽微な発言
  • 一般人が畏怖しない程度の害悪: 「テストで0点をとらせてやる」等の社会的に見て畏怖に値しない害悪
  • 告知者に実現不可能なことが明らかな害悪: ただし、一般人から見て実現可能性があるように見える場合は該当しうる

学説・議論

危険犯説と侵害犯説

脅迫罪の法的性質について、学説は対立する。

危険犯説(判例・通説): 脅迫罪は抽象的危険犯であり、一般人を畏怖させるに足りる害悪の告知があれば成立する。相手方が現実に畏怖したことは要件ではない。

侵害犯説(少数説): 脅迫罪は侵害犯であり、相手方が現実に畏怖したことが必要とする。

判例は危険犯説を採用しており、一般人を畏怖させるに足りる害悪の告知があれば脅迫罪が成立するとしている。

害悪の実現可能性に関する議論

害悪が告知者において実現不可能な場合にも脅迫罪が成立するかについて、議論がある。

  • 不要説(判例の立場): 害悪の実現可能性は不要であり、告知の内容が客観的に見て畏怖に足りるものであれば足りる
  • 必要説: 告知者において害悪を実現する意思・能力がなければ、一般人は畏怖しないはずであるから、実現可能性は必要である
  • 折衷説: 一般人から見て実現可能性があるように見えることが必要であり、告知者の実際の意思・能力は問わない

脅迫罪と強要罪の関係

脅迫罪(222条)は害悪の告知により人を畏怖させる行為を処罰し、強要罪(223条)は脅迫又は暴行により人に義務のないことを行わせ又は権利の行使を妨害する行為を処罰する。強要罪は脅迫罪の加重類型と位置づけられ、脅迫に加えて作為・不作為の強制が伴う点で区別される。

権利行使と脅迫の限界

正当な権利の行使として害悪を告知する場合(例:「支払わなければ訴訟を起こす」)が脅迫罪に該当するかが問題となる。判例は、権利行使の手段として社会通念上相当な範囲内であれば違法性が阻却されるとする一方、権利の範囲を逸脱し又はその方法が相当性を欠く場合には脅迫罪が成立しうるとしている。


判例の射程

SNS・インターネット上の脅迫

近年、SNSや電子メール等のインターネット上で害悪の告知がなされる事案が増加している。判例の射程は、これらの媒体を通じた害悪の告知にも及ぶ。

集団による脅迫

複数人が共同して害悪を告知する場合、各人について脅迫罪の共同正犯が成立しうる。また、組織的犯罪として行われた場合には、組織犯罪処罰法の加重規定が適用される可能性がある。

DV・ストーカー行為との関係

配偶者間暴力(DV)やストーカー行為において害悪の告知が伴う場合、脅迫罪のほか、DV防止法やストーカー規制法の適用も問題となる。

名誉に対する害悪と表現の自由

名誉に対する害悪の告知は、表現の自由との緊張関係を生じうる。特に、公益目的の告発や批判的言論が脅迫にあたるかの判断は慎重になされるべきである。


反対意見・補足意見

本判決に特段の反対意見・補足意見は付されていない。脅迫罪の成立要件に関する本判決の判断は、その後の判例においても一貫して維持されている。


試験対策での位置づけ

出題可能性

脅迫罪は刑法各論の基本犯罪であり、以下の形で出題される。

  • 害悪の告知の意義・程度を問う短答式問題
  • 脅迫罪と強要罪の区別を問う問題
  • 権利行使と脅迫の限界に関する事例問題
  • 恐喝罪(249条)との関連で出題される場合

短答式試験での出題ポイント

  • 脅迫罪は抽象的危険犯であり、相手方が現実に畏怖したことは必要でない(○)
  • 害悪の対象は生命・身体・自由・名誉・財産に限定される(○)
  • 親族に対する害悪の告知によっても脅迫罪は成立する(○)
  • 告知者に害悪を実現する意思がない場合は脅迫罪は成立しない(×)

答案での使い方(論証パターン)

基本論証

甲の行為が脅迫罪(刑法222条)に該当するか検討する。

脅迫罪は、生命、身体、自由、名誉又は財産に対する害悪の告知により成立する。ここにいう害悪の告知は、一般人を畏怖させるに足りる程度のものであることを要し、その判断は客観的になされる(最判昭35.3.18参照)。また、脅迫罪は抽象的危険犯であり、相手方が現実に畏怖したことは要しない。

当てはめの例

甲の「〇〇するぞ」との発言は、被害者の生命(身体・名誉等)に対する害悪を告知するものである。その内容は、一般人を畏怖させるに足りる程度のものと認められる。したがって、甲の行為は脅迫罪の構成要件に該当する。


重要概念の整理

脅迫罪と関連犯罪の比較

犯罪類型 条文 行為 保護法益 脅迫罪 222条 害悪の告知 意思決定の自由 強要罪 223条 脅迫+義務なき行為の強制 意思の自由 恐喝罪 249条 脅迫+財物の交付 財産+意思の自由 強盗罪 236条 反抗を抑圧する暴行・脅迫 財産+身体の安全

害悪の告知の判断基準

判断要素 内容 客観的基準 一般人を畏怖させるに足りるか 害悪の具体性 具体的内容のある害悪か 害悪の実現可能性 外見上実現可能と見えるか(実際の能力は不要) 告知の態様 明示・黙示を問わない

脅迫罪の犯罪類型

分類 内容 保護法益 個人の意思決定の自由 行為の客体 本人又はその親族 行為態様 害悪の告知 犯罪の性質 抽象的危険犯 既遂時期 害悪の告知が相手方に到達した時

発展的考察

サイバー空間における脅迫

インターネットの普及に伴い、匿名での脅迫行為が増加している。SNS上での殺害予告、メールでの脅迫等、新たな媒体を通じた脅迫行為に対しても、従来の判例法理が適用される。匿名性の問題、被害の範囲の拡大等、サイバー空間特有の問題も生じている。

ヘイトスピーチと脅迫罪

特定の民族や人種に対する差別的言動(ヘイトスピーチ)が脅迫罪を構成するかが議論されている。個人を特定した害悪の告知であれば脅迫罪の成立が認められうるが、集団全体に対する漠然とした害悪の告知の場合は、脅迫罪の構成要件該当性に疑問がある。

企業に対する脅迫

企業に対する脅迫(製品への異物混入の予告、情報公開の脅し等)は、個人に対する脅迫とは異なる問題を提起する。法人は脅迫罪の客体に含まれないが、法人の代表者や従業員個人に対する害悪の告知として構成される場合がある。

正当防衛との関係

脅迫行為に対して被害者が反撃した場合に正当防衛が成立するかは、「急迫不正の侵害」の要件との関係で問題となる。害悪の告知が将来の害悪に関するものである場合、急迫性の要件を満たすかが議論される。


よくある質問

Q1: 「訴えるぞ」という発言は脅迫罪に該当しますか?

A1: 正当な権利行使の告知は、原則として脅迫罪に該当しません。「訴えるぞ」という発言は、法的手段を告知するものであり、社会通念上相当な範囲であれば違法性が阻却されます。ただし、不当な要求と結びついている場合や、その態様が社会的相当性を逸脱する場合には、脅迫罪が成立する可能性があります。

Q2: 冗談で「殺すぞ」と言った場合にも脅迫罪は成立しますか?

A2: 脅迫罪の成否は、告知の内容が客観的に見て一般人を畏怖させるに足りるかどうかで判断されます。発言の状況・文脈から明らかに冗談と認識される場合には、一般人を畏怖させるに足りないとして脅迫罪は成立しないと解されます。ただし、状況によっては冗談と認識されない場合もあり、個別の判断が必要です。

Q3: 害悪を告知された相手が全く畏怖しなかった場合にも脅迫罪は成立しますか?

A3: はい。判例・通説は脅迫罪を抽象的危険犯と解しており、一般人を畏怖させるに足りる害悪の告知があれば、相手方が現実に畏怖したかどうかにかかわらず成立します。相手方が特に胆力のある人物であっても、客観的に見て一般人を畏怖させるに足りる告知であれば足ります。

Q4: 第三者を通じて間接的に害悪を告知した場合にも脅迫罪は成立しますか?

A4: はい。害悪の告知は被告人自身が直接行う必要はなく、第三者を介して間接的に告知する場合にも脅迫罪は成立しえます。重要なのは、害悪の告知が被害者に到達し、一般人を畏怖させるに足りるものであるかどうかです。

Q5: 脅迫罪と強要罪はどのように区別されますか?

A5: 脅迫罪は害悪の告知自体を処罰するのに対し、強要罪は脅迫又は暴行により人に義務のないことを行わせ又は権利の行使を妨害する行為を処罰します。すなわち、脅迫に加えて作為・不作為の強制が伴う場合には強要罪が成立し、脅迫のみの場合には脅迫罪が成立します。


関連条文

  • 刑法222条(脅迫):1項・生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。2項・親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
  • 刑法223条(強要)
  • 刑法249条(恐喝)

関連判例

  • 最判昭27.7.25:害悪の告知の程度に関する判例
  • 最判昭43.12.11:権利行使と脅迫の限界に関する判例
  • 大判大3.12.1:脅迫罪の危険犯としての性質を示した判例

まとめ

脅迫罪の成立要件に関する判例は、害悪の告知が一般人を畏怖させるに足りる程度のものであることを要件とし、その判断を客観的基準によって行うべきことを明確にしている。脅迫罪は抽象的危険犯であり、相手方の現実の畏怖は不要である。また、害悪の実現可能性は告知者において現実に有する必要はなく、外見上実現可能と見える程度で足りる。権利行使として害悪を告知する場合には社会的相当性の範囲内で違法性が阻却されるが、その限界は個別に判断される。試験対策としては、害悪の告知の意義、脅迫罪の法的性質(危険犯)、強要罪・恐喝罪との区別を正確に理解しておくことが重要である。

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