共謀罪(テロ等準備罪)の構造と問題点
共謀罪(テロ等準備罪)の構成要件と問題点を解説。組織犯罪処罰法6条の2の要件、共謀共同正犯との違い、処罰の早期化の論点を体系的に整理します。
この記事のポイント
2017年改正により新設された組織犯罪処罰法6条の2(テロ等準備罪)は、「組織的犯罪集団」の「計画」と「準備行為」を要件とする犯罪類型である。従来の共謀共同正犯とは異なり、実行の着手前の段階で処罰を可能とする点に特徴がある。処罰の早期化による刑法の基本原則との緊張関係が重要な論点となる。
組織犯罪処罰法6条の2の構成要件
条文の構造
組織犯罪処罰法6条の2は、以下の3つの要件から構成される。
要件 内容 具体例 組織的犯罪集団 重大犯罪の実行を目的とする団体 テロ組織、暴力団等 計画(共謀) 対象犯罪の遂行を2人以上で計画すること 犯罪実行の合意 準備行為 計画に基づく実行準備行為 資金調達、下見等組織的犯罪集団の意義
- 定義: 組織的犯罪処罰法2条1項の「団体」のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が「別表第三に掲げる罪を実行すること」にあるもの
- 要件の限定: 正当な活動を行う団体が犯罪を計画しただけでは該当しない
- 団体の変質: もともと正当な目的の団体が、その目的を犯罪実行に変質させた場合には該当しうる
- 一般市民への適用: 政府答弁では「一般の会社や市民団体、労働組合が対象となることはない」とされる
計画(共謀)の内容
計画とは、対象犯罪の遂行を2人以上で具体的・現実的に合意することをいう。
- 単なる漠然とした意思の連絡では足りない
- 犯罪の具体的な内容(日時・場所・方法等)についての合意が必要
- 組織的犯罪集団の活動として行われるものであることが必要
準備行為の要件
計画をした者のいずれかが、計画に基づき「その計画に係る犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為」を行うことが必要である。
- 資金の調達: 犯罪遂行のための資金を集める行為
- 物品の取得: 凶器・道具等の入手
- 下見: 犯行現場の下見・調査
- その他の準備行為: 計画に基づく具体的な準備行為全般
対象犯罪の範囲
対象犯罪数の推移
当初法案では対象犯罪は600以上とされていたが、最終的に277の犯罪に限定された。
分類 主な犯罪 犯罪数 テロの実行に関する犯罪 殺人、放火、爆発物使用等 110 薬物に関する犯罪 覚醒剤取締法違反、大麻取締法違反等 29 人身に関する搾取犯罪 人身売買、強制労働等 28 その他の資金源犯罪 窃盗、詐欺、恐喝等 101 司法妨害に関する犯罪 偽証、証拠隠滅等 9対象犯罪の限定基準
- 長期4年以上の懲役・禁錮に当たる罪が基本
- 組織的犯罪集団が関与することが現実的に想定される犯罪に限定
- TOC条約(国際組織犯罪防止条約)の要求を満たす範囲
従来の共謀共同正犯との比較
共謀共同正犯(刑法60条)
共謀共同正犯は、共謀に基づいて共謀者の一部が実行行為に着手した場合に、共謀者全員に正犯としての罪責を認めるものである。
両者の比較
比較項目 共謀共同正犯 テロ等準備罪 根拠条文 刑法60条 組織犯罪処罰法6条の2 主体 限定なし 組織的犯罪集団の構成員 実行の着手 必要 不要 準備行為 不要(実行着手で足りる) 必要 処罰範囲 正犯として処罰 独立の犯罪として処罰 法定刑 当該犯罪の法定刑 5年以下の懲役・禁錮(原則) 共謀の態様 黙示の共謀も可 具体的計画が必要決定的な違い
最大の違いは、実行の着手の要否である。共謀共同正犯では、共謀者の一部が実行行為に着手することが必要であるのに対し、テロ等準備罪では実行の着手は不要であり、計画と準備行為があれば処罰される。
問題点と批判
処罰の早期化
刑法の基本原則として、犯罪の処罰は原則として実行の着手以降に限られる。
- 思想・良心の自由との緊張: 計画段階の処罰は内心の自由を制約しうる
- 予備罪との関係: 既存の予備罪(殺人予備201条等)との重複・棲み分けが問題
- 既遂処罰の原則の例外: 未遂処罰すら例外とされる中、さらに前段階の処罰を認めることの当否
監視社会への懸念
- 計画段階を捜査するためには、通信傍受等の捜査手法の拡大が必然的に伴う
- プライバシー権・通信の秘密(憲法21条2項後段)との緊張関係
- 捜査機関の権限濫用のおそれ
構成要件の明確性
- 「組織的犯罪集団」の認定基準が不明確との批判
- 「準備行為」の範囲が広範で、日常行為との区別が困難な場合がある
- 罪刑法定主義(憲法31条)の明確性の原則との関係
共謀の立証の困難
- 供述証拠への依存度が高くなる
- 自白の任意性・信用性の担保が重要
- 共犯者の供述の信用性評価が困難
国際条約との関係
TOC条約(国際組織犯罪防止条約)
- 正式名称: 国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約
- 日本は2000年に署名、2017年のテロ等準備罪新設後に締結
- 条約5条は、締約国に対し「組織的な犯罪集団への参加の犯罪化」を義務付け
条約上の選択肢
選択肢 内容 採用国 共謀罪型 犯罪の実行の合意を処罰 英米法系諸国 参加罪型 組織犯罪集団への参加を処罰 大陸法系諸国日本のテロ等準備罪は、共謀罪型を基本としつつ、準備行為の要件を加えることで処罰範囲を限定したものと位置づけられる。
試験対策での位置づけ
テロ等準備罪は、刑法の基本原則(実行行為概念・処罰の早期化の限界)との関係で出題される可能性がある。特に以下の点に注意が必要である。
- 共謀共同正犯との比較を通じた実行の着手の意義の理解
- 予備罪・陰謀罪との体系的位置づけ
- 憲法上の問題点(思想・良心の自由、罪刑法定主義、プライバシー権)との横断的理解
- 論文試験では直接出題される可能性は低いが、共謀概念や処罰の早期化の限界に関する基礎的理解として重要
関連判例
- 練馬事件(最大判昭33.5.28): 共謀共同正犯の成立要件を示したリーディングケース
- スワット事件(最決平15.5.1): 黙示の共謀による共謀共同正犯の成立を認めた事例
- 暴力団組長事件(最決平17.11.29): 組織における共謀の認定方法に関する判例
まとめ
テロ等準備罪(組織犯罪処罰法6条の2)は、組織的犯罪集団による重大犯罪の計画と準備行為を処罰するものであり、実行の着手前の段階での処罰を認める点に特徴がある。従来の共謀共同正犯とは異なる独立の犯罪類型であり、処罰の早期化・監視社会への懸念・構成要件の明確性といった問題点が指摘されている。刑法の基本原則との緊張関係を理解することが、この制度を正確に把握する上で不可欠である。