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【判例】覚醒剤事犯と故意(最判昭57.6.28)

覚醒剤事犯と故意の認定に関する最判昭57.6.28を解説。覚醒剤の認識と故意の成否、違法性の意識の要否、規範的構成要件要素の認識、概括的故意の問題を詳しく分析します。

この判例のポイント

覚醒剤であることの確定的認識がなくても、覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があれば、覚醒剤所持・使用等の故意は認められるとした判例。薬物犯罪(覚醒剤事犯・違法薬物事犯)における故意の認定基準を示し、いわゆる概括的故意(未必的認識)の問題について重要な判断を示した。覚醒剤事犯の故意・違法薬物の故意を論じる際の出発点となる、刑法総論・故意論の最重要判例の一つである。

実務でも理論でも、この判例が押さえている射程は広い。第一に「故意の認識対象をどの解像度で要求するか」という故意論の中核に答えを与え、第二に「規範的構成要件要素の認識は素人レベルで足りる」という総論の一般論を薬物事犯という具体的局面に適用し、第三に「違法性の意識は故意の要件ではない」という不要説の系譜に連なる位置づけを持つ。したがって本判例は、単なる薬物事犯の一裁判例ではなく、故意論全体を横断的に確認できる「結節点」として学習する価値がある。


用語の定義(検索意図に対応)

このページにたどり着く検索意図は、おおむね次の3つに整理できる。最初にそれぞれを端的に定義する。

覚醒剤事犯における「故意」とは

覚醒剤事犯における故意とは、自己が所持・使用・譲渡等をする対象物が「覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類である」ことの認識をいう。条文上の根拠は刑法38条1項本文(罪を犯す意思)である。重要なのは、ここでいう認識は「これは間違いなく覚醒剤だ」という確定的認識である必要はなく、「覚醒剤かもしれないし、その他の違法薬物かもしれない」という程度の認識(未必的・概括的認識)で足りる、という点である。これが最判昭57.6.28の核心である。

故意は伝統的に「認識」と「認容(意思的要素)」の二つの要素から成ると説明される。覚醒剤事犯の故意で主として争われるのは前者の「認識」の側面であるが、未必の故意の成否では後者の「認容」も問題になる。すなわち「違法薬物かもしれないと思いつつ、それでもかまわないと受け入れて所持を続けた」という意思的態度があってはじめて未必の故意が完成する、という構造を意識しておくとよい。

違法薬物の故意とは(覚醒剤に限らない一般化)

違法薬物の故意とは、対象物が「身体に有害で違法に規制されている薬物類である」ことの認識を指す。覚醒剤・大麻・麻薬・あへん・指定薬物(危険ドラッグ)など個別の薬物の種類を正確に特定して認識している必要はなく、「違法な薬物の一種である」という上位概念レベルの認識があれば、その範囲内で故意が肯定されうる。これは「覚醒剤」が規範的構成要件要素であり、その認識は専門的・化学的な厳密理解ではなく素人的・日常的理解(いわゆる「素人的並行評価」)で足りることから導かれる。

ここで「上位概念レベルの認識で足りる」とは、薬物の名称や化学的分類を当てる能力を要求しないという意味である。たとえば被告人が「シャブ」「ヤバい粉」「キメる薬」といった俗称・隠語レベルでしか理解していなくても、それが「身体に有害で法的に禁じられた薬物だ」という社会的意味を把握していれば、認識としては十分である。逆に、薬理作用や法律上の定義を一字一句知らなければ故意が成立しない、という運用は薬物事犯の実態にそぐわず、処罰の不当な空白を生むことになる。

違法薬物 故意 判例の中核ルール

「違法薬物 故意 判例」で問題になる中核ルールは次の一文に集約される。

「覚醒剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かもしれない」との認識があれば、覚醒剤所持の故意に欠けるところはない(最判昭57.6.28)。

すなわち、①薬物の種類を一義的に特定する認識は不要②未必の故意・概括的故意で足りる③違法性の意識それ自体は故意の要件ではない、という3点である。以下、これらを順に詳説する。

このルールは、検察官の立証負担との関係でも重要な意味を持つ。もし「覚醒剤であることの確定的認識」が常に必要であれば、被告人が「具体的に何の薬物かは分からなかった」と弁解するだけで故意の立証が崩れ、薬物事犯の多くが処罰を免れることになる。本判例はこの不合理を回避しつつ、他方で「およそ薬物だと思っていなかった」者まで処罰しないよう、認識の下限を「違法薬物であることの素人的認識」に設定した、バランスの取れた基準であると評価できる。


事案の概要

被告人は、覚醒剤を所持していたとして、覚醒剤取締法違反(所持)で起訴された。被告人は、所持していた薬物が覚醒剤であることの確定的な認識はなく、「何らかの身体に有害な違法薬物であると思っていた」が、覚醒剤であるとは確実には知らなかったと主張し、覚醒剤所持の故意を争った。

第一審及び控訴審は、被告人が所持していた薬物が覚醒剤を含む違法な薬物であるとの認識を有していたことから、覚醒剤所持の故意を認定した。被告人は、覚醒剤であることの確定的認識がなければ故意は認められないとして上告した。

薬物事犯では、密売ルートや使用態様の特殊性から、被告人が「具体的に何の薬物かまでは分からなかった」と弁解するケースが類型的に多い。本件は、まさにこの「種類は特定できていないが違法薬物だとは分かっていた」という認識状態において、特定の薬物(覚醒剤)の所持罪の故意を認めてよいか、という薬物事犯に固有の故意論の問題を正面から扱ったものである。

被告人側の弁解の構造を分析すると、おおむね「私は確かに違法な薬物を持っていたかもしれないが、それが法律上の『覚醒剤』であるとまでは認識していなかった。だから覚醒剤取締法の所持罪については故意がない」というものである。この弁解は、一見すると「覚醒剤所持罪は覚醒剤という特定の物の認識を要する以上、覚醒剤の認識がなければ故意は成立しない」という形式論理に支えられている。本件の核心は、この形式論理を維持すべきか、それとも薬物事犯の実態と規範的構成要件要素の認識論に照らして緩和すべきか、という点にあった。


争点

  • 覚醒剤所持の故意が認められるためには、当該薬物が覚醒剤であることの確定的認識が必要か
  • 覚醒剤を含む違法薬物であるとの概括的・未必的認識で足りるか
  • 規範的構成要件要素である「覚醒剤」の認識はどの程度で足りるか

これらの争点は相互に関連している。第一の争点(確定的認識の要否)は故意の認識の「程度」の問題、第二の争点(概括的認識で足りるか)は認識の「特定性」の問題、第三の争点(規範的構成要件要素の認識)は認識の「質」の問題である。本判例は、この三つを「違法薬物類であることの素人的・概括的認識で足りる」という一つの基準に統合して処理した点に意義がある。


判旨

最高裁は、以下のように判示して被告人の上告を棄却した。

覚せい剤であるかもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物であるかもしれないとの認識はあつたことは否定できないのであるから、覚せい剤所持の故意に欠けるところはない

― 最高裁判所第一小法廷 昭和57年6月28日 昭和56年(あ)第588号

すなわち、最高裁は以下の判断を示した。

  1. 覚醒剤であることの確定的認識は不要
  2. 覚醒剤かもしれないとの認識(未必の故意)で足りる
  3. 覚醒剤を含む違法な薬物であるとの概括的認識があれば故意が認められる

判旨の表現で注目すべきは、「覚せい剤であるかもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物であるかもしれない」という択一的・並列的な認識を、そのまま覚醒剤所持の故意を基礎づけるに足りるものと評価した点である。ここでは、被告人の認識が覚醒剤に「収束」していることまでは要求されていない。むしろ「覚醒剤を含む違法薬物群」という認識の広がりがあれば、その内側で現実化した覚醒剤について故意を認めてよい、という論理が採られている。この点が、後述する概括的故意・択一的故意の理論と直結する。


ポイント解説

故意の前提:構成要件的故意の意義

刑法38条1項本文は「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と定める。故意(構成要件的故意)とは、構成要件に該当する客観的事実の認識・認容をいうのが通説的理解である。したがって覚醒剤取締法違反(所持)の故意も、客観的構成要件要素である「覚醒剤を所持していること」に対応する事実の認識を要する。覚醒剤事犯の故意論は、この「構成要件該当事実の認識」をどの程度の解像度で要求するか、という問題に帰着する。

ここで前提として確認しておきたいのは、故意は「行為の時点」で存在しなければならない(行為と責任の同時存在の原則)という点である。所持罪は継続犯であるから、所持を継続している間のいずれかの時点で違法薬物性の認識が生じれば、その時点以降の所持について故意が認められる。受領時には中身を知らなかったが、後に「これは違法な薬物だ」と気づきながらなお保管を続けた、という場合に故意が肯定されるのはこのためである。

故意の内容としての「覚醒剤であること」の認識

覚醒剤取締法は、覚醒剤の所持・使用・譲渡・譲受・輸入等を禁止している。所持罪の故意としては、自己の支配下にある物が「覚醒剤である」ことの認識が必要とされる。

問題は、この認識の程度・解像度である。理屈上、次の段階が観念できる。

  • 確定的故意: 「これは覚醒剤である」と確実に認識している場合
  • 未必の故意: 「覚醒剤かもしれない」と思いつつあえて所持を続けた場合
  • 概括的故意: 「何らかの違法薬物である(覚醒剤か大麻か麻薬かは特定できないが、いずれかの違法薬物だ)」と思って所持し、実際には覚醒剤であった場合

本判決は、これらのうち未必の故意ないし概括的故意でも覚醒剤所持の故意として足りるとした。被告人の認識が「覚醒剤か、それ以外の違法薬物か」という択一的・概括的なものであっても、その選択肢の中に覚醒剤が含まれている以上、現実に所持していたのが覚醒剤であれば、覚醒剤所持の故意が認められる、という論理である。

この理解は、故意における認識対象は「構成要件該当事実」であって「法律上の罪名」ではない、という基本に立ち返ると腑に落ちる。被告人が「これは覚醒剤取締法41条の2に該当する」と法的評価まで認識している必要はなく、その評価の基礎となる「身体に有害で違法に規制された薬物である」という事実レベルの認識があれば足りる。法的評価への接続は、規範的構成要件要素の認識論(素人的並行評価)が橋渡しする。

規範的構成要件要素の認識(素人的並行評価)

「覚醒剤」は、覚醒剤取締法2条1項により定義される法律上の概念であり、化学物質としての厳密な定義を背景に持つ。この点で「覚醒剤」は、単なる事実認識で足りる記述的構成要件要素(「人」「物」など)とは異なり、一定の評価を介在させて認識する規範的構成要件要素に位置づけられる。

規範的構成要件要素の認識については、その要素の意味を法律家のように正確に理解する必要はなく、一般人の立場における意味の認識(素人的・日常的理解。いわゆる「素人領域における並行評価」)で足りるとされる。これは「わいせつ」概念に関する議論と同じ枠組みである。

すなわち、覚醒剤の化学組成・薬理作用・法律上の定義を正確に知っている必要はなく、「身体に有害で、所持してはいけない違法な薬物だ」という素人レベルの認識があれば、「覚醒剤」の認識として足りる。本判決が「身体に有害で違法な薬物類であるとの認識」で故意を肯定したのは、この規範的構成要件要素の認識論と整合的である。

「素人的並行評価」という発想は、ドイツ法学に由来する故意論の道具概念である。立法者が用いる専門的・規範的概念について、行為者の頭の中で「その概念に対応する社会的意味の理解」が並行して成立していれば、認識として十分とする考え方である。これにより、専門知識のない一般人でも規範的要素を内容とする犯罪の故意を持ちうることになり、処罰範囲が現実的なものとなる。覚醒剤事犯はこの理論の典型的な応用場面である。

「違法な薬物」という認識と違法性の意識の区別(重要)

注意を要するのは、本判決のいう「違法な薬物であるとの認識」は、いわゆる違法性の意識(自分の行為が法律上許されないことの認識)そのものではないという点である。

ここでの「違法な薬物」とは、「法によって規制されている類の薬物だ」という構成要件該当事実の側面を素人的に表現したものであって、故意の認識対象に含まれる。これに対し違法性の意識は、構成要件該当事実の認識を前提に、さらに「その行為が法的に許されないこと」を認識しているかという別次元の問題である。両者を混同しないことが答案上きわめて重要になる。

整理すると、「違法な薬物である」という認識は、対象物の性質に関する事実認識(=故意の対象)であるのに対し、「自分の所持行為が法に反する」という認識は、自己の行為の許否に関する規範的評価(=違法性の意識)である。前者は故意の問題、後者は責任の問題に属する。同じ「違法」という語が使われるため混同しやすいが、レイヤーが異なる。

判例(最判昭23.7.14、最判昭25.11.28など)は、伝統的に違法性の意識は故意の要件ではない(不要説)という立場を採ってきた。したがって本件でも、仮に被告人が「覚醒剤の所持は違法ではない」と誤信していたとしても、覚醒剤であることの素人的認識がある限り、故意は否定されない。本判決は、この不要説を前提に据えつつ、「覚醒剤であること」の認識の解像度を緩和したものと位置づけられる。

もっとも、近時の有力学説(責任説)は、違法性の意識の可能性がなかった場合には責任が阻却される(または故意責任が否定される)と説く。判例も、違法性の意識を欠いたことに相当の理由がある場合の取扱いを残しており(行政取締法規をめぐる一連の裁判例参照)、不要説を機械的に貫いているわけではない。ただし薬物事犯においては、違法薬物であることを素人的に認識している以上、その所持が許されないことを誤信する「相当の理由」が認められる場面は実際にはほとんどない。

薬物の種類の錯誤と抽象的事実の錯誤

被告人が「覚醒剤ではなく、別の特定の違法薬物(例:大麻)だと思っていた」場合は、本判決の射程とは区別して論じる必要がある。これは認識した罪(大麻取締法違反)と発生した罪(覚醒剤取締法違反)が異なる構成要件にまたがる錯誤=抽象的事実の錯誤の問題だからである。

この場面では、両罪の構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い罪の故意既遂を認める、という法定的符合説(重なり合いの理論)の枠組みで処理される。覚醒剤と大麻のように、いずれも「身体に有害で違法に規制された薬物の所持・輸入」という点で保護法益・行為態様が共通する場合には、重なり合いを肯定し、軽い罪の限度で故意を認める処理が一般的である(後述の最判昭54.3.27が輸入罪の文脈でこの考え方を示している)。

本判決(昭57.6.28)の事案は、被告人の認識がそもそも「覚醒剤か、その他の違法薬物か」という概括的・択一的認識にとどまっていた点に特徴がある。特定の別薬物だと確信していた純然たる種類の錯誤の事案とは、論じ方の入口が異なることに注意したい。すなわち、本判決は「認識の対象がそもそも特定の薬物に絞られていない」場面を扱うのに対し、種類の錯誤は「認識の対象が誤った特定の薬物に絞られている」場面を扱う。前者は概括的故意で素直に故意を肯定でき、後者は構成要件の重なり合いという別の論理を経由する必要がある。


学説・議論

故意の認識対象に関する議論

覚醒剤所持の故意の認識対象について、以下の見解がある。

厳格説: 覚醒剤であることの確定的又は少なくとも具体的認識が必要とする。「何か違法な薬物」という程度の漠然とした認識では故意を認めるべきではない。罪刑法定主義の観点から、特定の構成要件に対応する具体的認識を要求すべきだという問題意識に支えられている。

緩和説(判例の立場): 覚醒剤を含む違法薬物であるとの概括的認識があれば足りる。薬物犯罪の実態に即した現実的な判断として支持される。規範的構成要件要素の認識は素人的並行評価で足りるという総論の帰結とも整合する。

中間説: 少なくとも覚醒剤である「かもしれない」という未必の認識が必要であり、他の違法薬物であるとの認識しかない場合には故意を否定すべきとする。認識対象である「覚醒剤」とのつながりを最低限要求することで、緩和説の行き過ぎを抑えようとする立場である。

概括的故意の理論

概括的故意(概括的認識による故意)とは、特定の構成要件事実をピンポイントで認識していなくても、当該事実を包摂する上位概念について認識があり、その内側のいずれかが実現することを認容している場合に、現実に実現した事実について故意を認める考え方である。

覚醒剤事犯では、「違法薬物」という上位概念の認識があり、かつ「その中に覚醒剤が含まれることもありうる」と認容していれば、現実に所持していた覚醒剤について故意が認められる、という構造になる。「複数の客体のうちどれかは特定できないが、いずれかに結果が生じることは認識・認容している」という択一的故意とも親和的である。判例は基本的にこの方向を肯定している。

ただし、ここで認められるのはあくまで「上位概念に含まれる範囲」の故意である点に注意が必要である。被告人の認識が「違法薬物のいずれか」に及んでいる以上、その内訳である覚醒剤について故意を認めても、認識を超える結果責任を負わせることにはならない、というのが緩和説(判例)の説明である。換言すれば、概括的故意は「認識の範囲内で現実化した結果」についてのみ故意を認めるものであり、認識の外側にある事実にまで責任を拡張するものではない。この点で、責任主義との緊張関係は避けられている。

錯誤論との関係

「大麻だと確信していたが、実際には覚醒剤であった」という純粋な種類の錯誤の処理については、学説の対立がある。本判決の概括的認識の事案とは局面が異なるが、隣接論点として整理しておく。

  • 法定的符合説(重なり合いの理論): 覚醒剤取締法違反と大麻取締法違反の構成要件が実質的に重なり合う限度で、軽い罪の故意既遂が認められる。判例・通説に親和的。
  • 具体的符合説: 認識した事実と発生した事実の具体的一致を重視するが、薬物の種類の錯誤の場面では結論的に大きな差は生じにくいとされる。
  • 故意阻却説(厳格説): 異なる薬物の認識しかない以上、当該発生薬物についての故意は否定すべきとする。

判例は、違法薬物の所持・輸入という共通の性質に着目し、重なり合いの範囲で故意を認める方向にある(最判昭54.3.27参照)。重なり合いの判断にあたっては、各薬物取締法規の保護法益(国民の保健衛生)が共通すること、規制される行為態様(所持・輸入・譲渡等)が共通すること、法定刑の軽重などが考慮される。重なり合いが肯定されれば、軽い罪の限度で故意既遂が成立し、重い罪については故意が及ばないため成立しない(過失処罰規定がなければ不可罰)という処理になる。


判例の射程

他の薬物犯罪への適用

本判決の法理は、覚醒剤に限らず、大麻・麻薬・危険ドラッグ等の他の薬物犯罪にも適用される。所持している薬物の具体的種類についての確定的認識がなくても、違法薬物であるとの認識があれば故意が認められる。各薬物取締法規はいずれも「身体に有害で社会的に規制された薬物」を客体とする点で共通の構造を持つため、認識対象を上位概念で捉える本判決の発想がそのまま妥当する。

輸入・密輸事案への適用

薬物の密輸事案では、被告人が「中身を知らない」「何かの荷物を運んでくれと頼まれただけ」と主張することが多い。本判決の法理に基づけば、少なくとも「違法な物かもしれない」との認識があれば故意が認められうる。実務では、報酬の異常な高額さ、依頼経路の不自然さ、荷物の偽装・隠匿の態様、税関での挙動などの間接事実から、違法薬物性の未必的認識を推認する。逆に、これらの徴憑がいずれも欠ける場合には、未必の故意の認定が困難になり、無罪となることもある。

受け子・出し子事案への類推

特殊詐欺の受け子・出し子についても、具体的な犯罪内容の認識がなくても、「何か違法なことに加担している」との認識があれば故意が認められるかという類似の問題が生じる。判例(最判平成30年代の一連の特殊詐欺関連判例)は、受領行為の不自然さ等から詐欺の故意(少なくとも未必的認識)を認める傾向にあり、薬物事犯における概括的故意の発想と通底する。ただし詐欺の故意は「だまし取った財物の受領への加担」という認識を要するため、薬物事犯ほど単純には一般化できない点に留意が必要である。


反対意見・補足意見

本判決に反対意見は付されていない。覚醒剤事犯における故意の認定については、実務上、本判決の基準が広く受け入れられている。学説上も、緩和説(判例の立場)が通説的地位を占めており、概括的故意の理論を媒介に故意を肯定する処理が定着している。


試験対策での位置づけ

出題可能性

覚醒剤等の薬物犯罪における故意の認定は、以下の形で出題される可能性がある。

  • 故意の認識対象を問う問題(規範的構成要件要素の認識)
  • 概括的故意の可否を論じさせる問題
  • 抽象的事実の錯誤との関連での出題
  • 未必の故意の認定に関する事例問題
  • 違法性の意識の要否と絡めた複合問題

短答式試験での出題ポイント

  • 覚醒剤所持の故意には覚醒剤であることの確定的認識が必要である(×)
  • 覚醒剤かもしれないとの未必の認識でも覚醒剤所持の故意は認められる(○)
  • 大麻だと思って所持していた物が覚醒剤であった場合、覚醒剤所持の故意は認められない(×・判例の立場…重なり合いの限度で処理)
  • 規範的構成要件要素の認識には法的に正確な理解が必要である(×・素人的並行評価で足りる)
  • 覚醒剤の所持が違法であると知らなかった場合、故意は否定される(×・違法性の意識不要説)

論文式試験での注意点

論文では、(1) 故意の意義(構成要件該当事実の認識・認容)から書き起こし、(2) 「覚醒剤」が規範的構成要件要素であることを指摘し、(3) 素人的並行評価により認識の質を確定し、(4) 薬物事犯の実態を踏まえて確定的認識不要・概括的認識で足りると規範定立し、(5) 本判決を引用し、(6) あてはめる、という流れが王道である。違法性の意識との混同を避けるため、「違法な薬物であるとの認識(事実認識)」と「違法性の意識(規範的評価)」を明示的に区別する一文を入れると、理解の正確さが伝わる。


具体例とあてはめ

抽象論だけでは故意の有無は判定しにくい。典型的なシチュエーションごとに、本判決の基準をあてはめてみる。

ケース1:「覚醒剤か他の違法薬物か分からないが、違法な薬物だとは思っていた」

知人から白い粉末を「ヤバいやつだから絶対バレるな」と言われて受け取り保管していた甲。甲は覚醒剤か大麻精製物か区別がつかなかったが、「いずれにせよ違法な薬物だ」とは認識していた。実際には覚醒剤であった。

→ 甲には「覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類である」との概括的認識があり、最判昭57.6.28により覚醒剤所持の故意が認められる。これがまさに本判決が想定する典型場面である。「絶対バレるな」という発言から、違法薬物性の認識と所持継続への認容(意思的要素)の双方が推認される点にも触れられるとよい。

ケース2:「中身を確認していないが、違法な物の運搬を頼まれた」

報酬目当てに「中身は聞くな」と言われて密封パッケージを運んだ乙。乙は中身が何かを具体的には知らないが、報酬の高さや受け渡しの態様から「違法な薬物の類だろう」と未必的に認識していた。

→ 「合法な荷物だと信じていた」とはいえず、状況から違法薬物性を未必的に認識・認容していたと評価できれば、故意が認められうる。実務上は、報酬額・依頼の経緯・受渡しの不自然さ等の間接事実から認識を推認する。なお「違法な物(薬物に限らない密輸品一般)」程度の認識しかなかった場合に、薬物所持・輸入罪の故意まで認めてよいかは、認識の幅と現実化した罪との対応関係を吟味する必要がある。

ケース3:「完全に合法な健康食品だと信じていた」

海外土産のサプリメントだと説明され、外観もカプセル状で、対価も通常の物品売買として受け取っていた丙。実際には覚醒剤を含有していた。

→ 丙には「違法な薬物である」との認識自体が欠ける。素人的理解の水準でも違法薬物性を認識していないため、故意は否定される(過失犯処罰規定がなければ不可罰)。本判決の射程外であり、結論が分かれるのはこのラインである。もっとも、外観・経緯にいくつもの不自然な点(異常に高額、密封・隠匿、受渡しが秘匿的等)があれば、「合法だと信じていた」という弁解の信用性が崩れ、未必的認識が認定されうる。故意の有無は弁解の言葉ではなく客観的事情から判断される。

ケース4:「大麻だと確信していたが、覚醒剤だった」

譲り受けた物を大麻だと確信して所持していた丁。実際には覚醒剤であった。

→ これは抽象的事実の錯誤(種類の錯誤)の問題。重なり合いの理論により、両罪が実質的に重なり合う限度で、認識していた軽い罪の限度で故意既遂を認めるのが一般的処理である。本判決の「概括的認識」事案とは入口が異なる点を明示して論じる。具体的には、覚醒剤取締法違反(所持)の故意は認識を超えるため認められず、大麻取締法違反(所持)の限度で故意既遂が成立する、という結論になる。

ケース5:受領時は無認識、後に気づいて保管継続

戊は荷物を受け取った時点では中身を知らなかったが、後日開封して白い結晶を見つけ「これは覚醒剤だ」と気づいた。それでも警察に届けず保管を続けた。

→ 所持罪は継続犯であり、認識が生じた時点以降の所持について故意が認められる。受領時の無認識は故意を否定しないが、気づいた後の保管継続によって故意が肯定される。行為と責任の同時存在の原則からの帰結である。


比較・整理

認識の解像度と故意の成否

認識状態 具体例 故意の成否 確定的に覚醒剤と認識 「これは覚醒剤だ」 覚醒剤所持の故意あり 覚醒剤を含む概括的認識 「覚醒剤か他の違法薬物か」 覚醒剤所持の故意あり(本判決) 違法薬物性の未必的認識 「違法な物かもしれない」が認容 故意あり(あてはめ次第) 別薬物だと確信 「大麻だと思っていた」 種類の錯誤→重なり合いの限度 違法薬物性の認識なし 「合法な健康食品と信じた」 故意なし

本判決の論点と隣接論点の切り分け

局面 問題の性質 処理の枠組み 概括的・択一的に違法薬物を認識 故意の認識対象・解像度 本判決(概括的故意で足りる) 別の特定薬物だと確信 抽象的事実の錯誤 重なり合いの理論 違法であることを知らない 違法性の意識の要否 不要説(判例) そもそも薬物性を認識せず 故意の不存在 故意阻却

「違法な薬物の認識」と「違法性の意識」の対比

項目 違法な薬物であるとの認識 違法性の意識 対象 物の性質(規制された薬物か) 自己の行為の許否 体系的位置 構成要件的故意の認識対象 責任要素(不要説:故意の要件でない) 欠けた場合 故意阻却(事実の錯誤) 不要説では故意に影響なし/責任説では責任阻却の余地 本判決での扱い 素人的認識があれば足りる 不要説を前提(故意の要件としない)

答案での使い方(論証パターン)

基本論証(概括的認識の事案)

甲に覚醒剤所持罪(覚醒剤取締法41条の2)の故意(刑法38条1項)が認められるかが問題となる。

故意とは構成要件該当事実の認識・認容をいうところ、覚醒剤所持罪の故意としては、対象物が「覚醒剤である」ことの認識を要する。もっとも、「覚醒剤」は規範的構成要件要素であり、その認識は法的に厳密な理解ではなく、一般人の立場での意味の認識(素人的並行評価)で足りる。そして、薬物事犯の実態に照らせば、覚醒剤であることの確定的認識まで要求するのは相当でない。

そこで、覚醒剤所持の故意が認められるためには、覚醒剤であることの確定的認識は不要であり、覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの概括的な認識があれば足りると解する(最判昭57.6.28)。

本件において、甲は当該薬物につき「覚醒剤かもしれないし、その他の違法な薬物かもしれない」と認識していたのであるから、覚醒剤を含む違法薬物類であることの概括的認識が認められる。よって、覚醒剤所持の故意が認められる。

なお、甲が「覚醒剤の所持が違法であること」を知らなかったとしても、違法性の意識は故意の要件ではない(判例)から、故意の成否に影響しない。

種類の錯誤が問題になる場合の補論

これに対し、甲が「大麻だと確信していた」という事案であれば、認識した罪(大麻取締法違反)と発生した罪(覚醒剤取締法違反)が異なる構成要件にまたがる抽象的事実の錯誤の問題となる。この場合は、両罪が実質的に重なり合う限度で軽い罪の故意既遂を認める(法定的符合説)。本判決の射程は、あくまで概括的・択一的認識の事案にある点を区別して論じると説得力が増す。

未必の故意の認定が争点となる場合

「違法な物かもしれない」と思いつつ運搬した事案では、認識(違法薬物性の可能性の認識)に加え、認容(結果発生もやむを得ないとして受け入れる意思的態度)の有無を間接事実から認定する。報酬の高額さ、依頼経路の秘匿性、荷物の偽装などを摘示し、認識・認容の双方を基礎づけたうえで、未必の故意を肯定する流れが説得的である。


重要概念の整理

故意の認識対象と認識の程度

認識の程度 内容 故意の成否 確定的認識 「覚醒剤である」と確信 故意あり 未必的認識 「覚醒剤かもしれない」 故意あり 概括的認識 「何か違法薬物である」 故意あり(判例) 認識なし 「合法的な物だと思っていた」 故意なし

薬物犯罪における故意の問題類型

類型 具体例 論点 薬物の種類の錯誤 大麻と思ったら覚醒剤 抽象的事実の錯誤 薬物であることの不知 荷物の中身を知らない 概括的故意の可否 違法性の不知 合法だと思っていた 違法性の意識の要否

規範的構成要件要素と故意

構成要件要素 例 認識の程度 記述的構成要件要素 「人」「物」 自然的認識で足りる 規範的構成要件要素 「わいせつ」「覚醒剤」 素人的理解で足りる

発展的考察

危険ドラッグと故意

近年の危険ドラッグ(旧称:脱法ドラッグ)の規制においては、指定薬物の範囲が頻繁に改正されるため、被告人が当該物質が指定薬物であることを認識していたかの故意の立証が困難となることがある。本判決の概括的故意の法理がこの場面にどこまで適用されるかは重要な実務的課題である。指定薬物は化学構造の微細な差異で規制対象か否かが分かれるため、「身体に有害で規制されうる薬物だ」という素人的認識を、特定の指定薬物所持罪の故意にどう接続するかが争われる。

国際的な薬物規制と故意

薬物の密輸事案では、外国における薬物規制と日本における規制が異なる場合がある。被告人が「自国では合法である」と認識していた場合の故意の問題は、違法性の意識の要否とも関連する。もっとも、ここでも区別が重要で、「物が身体に有害な薬物である」という事実認識があれば故意は成立しうるのであり、「日本では違法だと知らなかった」という弁解は違法性の意識の問題(不要説では故意に影響しない)として処理される。

故意の推定と無罪推定の原則

薬物犯罪における故意の認定は、被告人の内心の問題であるため、間接事実からの推認に頼らざるを得ない。しかし、無罪推定の原則(「疑わしきは被告人の利益に」)に基づき、故意の存在について合理的な疑いを超える証明が必要であることに変わりはない。本判決が認識の解像度を緩和したことは、立証の対象を「特定薬物の確定的認識」から「違法薬物性の概括的認識」へ移したにすぎず、立証基準そのものを緩和したわけではない。この区別を見失うと、概括的故意を口実に故意の認定が安易になりかねないとの批判につながる。


よくある質問

Q1: 「覚醒剤かもしれない」という認識すらなく、「大麻だと思っていた」場合にも覚醒剤所持の故意は認められますか?

A1: この場合は抽象的事実の錯誤の問題となります。判例の立場によれば、違法薬物の所持という点で構成要件の重なり合いが認められる限り、軽い罪(認識していた大麻取締法違反)の限度で故意既遂が成立します。覚醒剤取締法違反の故意は認識を超えるため認められません。本判決(概括的認識の事案)とは処理の枠組みが異なる点に注意してください。

Q2: 完全に合法な物だと信じて所持していた場合はどうなりますか?

A2: 所持している物が覚醒剤であるとの認識が全くなく、合法な物(例えば健康食品)だと信じていた場合には、故意が否定されます。ただし、「合法だと信じていた」との弁解が認められるかどうかは、取得の経緯、保管の態様、対価、受渡しの不自然さ等の客観的事情から判断されます。弁解の言葉だけで故意が否定されるわけではありません。

Q3: 違法性の意識がなくても故意は認められますか?

A3: 判例の立場(不要説)によれば、故意の成立に違法性の意識は不要です。したがって、覚醒剤の所持が違法であることを知らなかったとしても、覚醒剤(違法な薬物)であることの認識があれば故意は認められます。もっとも、違法性の意識の可能性すらなく、その誤信に相当の理由があった場合には、例外的に責任が阻却される余地があるとする学説(責任説)もあります。

Q4: 薬物犯罪以外の犯罪にも概括的故意の考え方は適用されますか?

A4: 概括的故意の考え方は、薬物犯罪に限らず、他の犯罪類型にも適用されうるものです。例えば、盗品であるとの認識はあるが具体的にどのような窃盗により得られたものかの認識がない場合の盗品等関与罪の故意の問題等で、同様の考え方が用いられます。特殊詐欺の受け子の詐欺の故意の認定も、発想を共有しています。

Q5: 本判決は、故意の認定を緩やかにしすぎているとの批判はありませんか?

A5: あります。学説の中には、概括的故意を広く認めると、具体的な構成要件該当事実の認識を要求する刑法38条1項の趣旨に反するとの批判があります。特に、異なる法律で規制される薬物間の錯誤について、構成要件の重なり合いを安易に認めることへの懸念が示されています。これに対し判例・通説は、認められる故意はあくまで被告人が認識していた上位概念の範囲内にとどまり、認識を超える責任を負わせるものではないとして、責任主義との整合性を説明しています。

Q6: 「違法な薬物だと思っていた」という認識と「違法性の意識」は同じものですか?

A6: 異なります。前者は「物が規制された薬物である」という対象物の性質に関する事実認識であり、故意の認識対象です。後者は「自分の行為が法に反する」という自己の行為の許否に関する規範的評価であり、責任のレベルの問題です。同じ「違法」という語が使われるため混同しやすいですが、答案では明確に区別して論じることが重要です。


関連条文

  • 刑法38条1項(故意):罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
  • 刑法38条2項(事実の錯誤):重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
  • 刑法38条3項(違法性の錯誤):法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。
  • 覚醒剤取締法41条の2(所持等の罰則)

関連判例

  • 最判昭23.7.14:違法性の意識不要説の系譜に位置づけられる判例
  • 最判昭25.11.28:違法性の意識不要説を採用した判例
  • 最判昭54.3.27:大麻輸入罪の故意・抽象的事実の錯誤(重なり合い)に関する判例
  • 最決平2.2.9:覚醒剤使用の故意に関する判例
  • 最判昭61.6.9:規範的構成要件要素(わいせつ等)の認識に関する判例

まとめ

最判昭57.6.28は、覚醒剤事犯の故意について、覚醒剤であることの確定的認識は不要であり、覚醒剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの概括的認識があれば足りるとした判例である。この判断は、薬物犯罪における故意の認定基準として実務上広く受け入れられている。

理論的には、(1) 規範的構成要件要素の認識は素人的並行評価で足りること、(2) 概括的故意・未必の故意の射程、(3) 抽象的事実の錯誤(種類の錯誤)との切り分け、(4) 「違法な薬物であるとの認識(事実認識)」と「違法性の意識(規範的評価・不要説)」の峻別、という刑法総論・故意論の主要論点を一望できる結節点である。

試験対策としては、故意の意義から書き起こし、規範的構成要件要素→素人的並行評価→確定的認識不要・概括的認識で足りる、という規範定立の流れを身につけること、そして本判決の射程(概括的認識の事案)と隣接論点(種類の錯誤=重なり合いの理論、違法性の意識の要否)を明確に区別して論じることが、得点に直結する。覚醒剤事犯の故意・違法薬物の故意・故意の認定という検索意図に対する、最も基本かつ重要な判例として、確実に押さえておきたい。

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