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【判例】通貨偽造罪の保護法益と「行使の目的」(最判昭34.6.30)

通貨偽造罪の保護法益と「行使の目的」に関する判例を解説。通貨偽造罪の保護法益としての通貨の公共的信用、行使の目的の意義、偽造の概念と程度を詳しく分析します。

この判例のポイント

通貨偽造罪(刑法148条)の保護法益は、通貨に対する公共の信用であり、「行使の目的」とは、偽造通貨を真正な通貨として流通に置く目的をいう。偽造とは、通貨の発行権限を有しない者が、一般人をして真正な通貨と誤信させるに足りる外観を有する物を作成することをいうとした判例。通貨偽造罪の基本的な解釈を示し、目的犯における「行使の目的」の意義を明らかにした重要判例である。


事案の概要

被告人は、行使の目的をもって、紙幣に類似した外観を有する物を作成した。被告人の作成した偽造通貨は、一般人が一見して真正な通貨と誤認しうる程度の外観を有していた。

検察官は、被告人を通貨偽造罪(刑法148条1項)で起訴した。被告人は、自己の作成物は真正な通貨と誤認されるほどの精巧なものではないとして、「偽造」に該当しないと主張した。


争点

  • 通貨偽造罪における「偽造」の意義(一般人が真正と誤信するに足りる程度の外観が必要か)
  • 「行使の目的」の意義と認定方法
  • 通貨偽造罪の保護法益は何か

判旨

最高裁は、以下のように判示した。

通貨偽造罪は、通貨に対する公共の信用を保護法益とするものであって、偽造とは、通貨の製造権限のない者が、真正の通貨と誤認させるに足りる外観のものを作出することをいう

― 最高裁判所(通貨偽造罪に関する判例法理)

また、「行使の目的」について以下のように判示した。

ここにいう行使の目的とは、偽造の通貨を真正の通貨として流通に置く目的をいい、自ら直接これを行使する意思のみならず、他人をして行使させる意思であっても差し支えない


ポイント解説

通貨偽造罪の保護法益

通貨偽造罪の保護法益は、通貨に対する公共の信用である。通貨は経済取引の基盤であり、通貨への信頼が損なわれると経済秩序全体が動揺する。このため、通貨偽造は社会的法益に対する犯罪として重く処罰される(法定刑:無期又は3年以上の懲役)。

「偽造」の意義

通貨偽造罪における「偽造」の要件は以下のとおりである。

  • 主体: 通貨の製造権限を有しない者(権限なき作成)
  • 行為: 真正な通貨と誤認させるに足りる外観を有する物の作成
  • 程度: 一般人が通常の注意力をもって真正と誤認しうる程度

「偽造」と「変造」は区別される。偽造は新たに通貨様の物を作成することであり、変造は真正な通貨に加工を施してその外観を変更することである。

「行使の目的」の意義

通貨偽造罪は目的犯であり、「行使の目的」が主観的構成要件要素とされる。

  • 行使: 偽造通貨を真正な通貨として流通に置くこと(取引の支払手段として使用すること)
  • 目的の態様: 自ら行使する目的のみならず、他人に行使させる目的でも足りる
  • 目的の認定: 偽造の態様、偽造通貨の数量、被告人の経済状態等から推認される

通貨偽造と通貨変造の区別

類型 行為内容 条文 偽造 権限なく通貨様の物を新たに作成 148条1項 変造 真正な通貨に加工を施す 148条1項

学説・議論

保護法益に関する議論

通貨偽造罪の保護法益については、以下の見解がある。

  • 通貨の公共的信用説(通説・判例): 通貨に対する社会一般の信用を保護法益とする
  • 通貨発行権説: 国家の通貨発行権(通貨高権)を保護法益とする
  • 二元説: 通貨の公共的信用と国家の通貨発行権の双方を保護法益とする

偽造の程度に関する議論

偽造通貨が真正な通貨と誤認されるに足りる程度に達しているかの判断基準について議論がある。

  • 一般人基準説(判例・通説): 一般人が通常の注意力をもって見た場合に誤認しうる程度で足りる
  • 厳格説: 注意深く観察しても誤認されるほどの精巧さが必要とする
  • 緩和説: 取引の場面で瞬間的に見れば誤認される程度で足りるとする

電子マネーと通貨偽造

電子マネーやデジタル通貨の普及に伴い、これらの偽造・変造が通貨偽造罪の対象となるかが議論されている。現行法上の「通貨」は有体物としての貨幣・紙幣を指すため、電子マネーの偽造は通貨偽造罪ではなく、電磁的記録に関する罪等で処理される。

行使目的の推定

行使の目的は被告人の内心の問題であるため、その認定には間接事実からの推認が必要となる。偽造の精巧さ、大量の偽造通貨の存在、経済的困窮等の事情から推認される。


判例の射程

外国通貨の偽造

外国通貨の偽造についても刑法149条が適用される。外国通貨に対する公共の信用も同様に保護される。

有価証券偽造との関係

通貨偽造罪と有価証券偽造罪(刑法162条)は、保護法益の構造において類似するが、偽造の対象が異なる。有価証券偽造罪の判断基準は通貨偽造罪のそれを参照して形成されている。

未遂犯・予備罪

通貨偽造等準備罪(刑法153条)は予備段階での処罰を可能としており、偽造に至らない段階でも処罰される。


反対意見・補足意見

本判決に特段の反対意見・補足意見は付されていない。通貨偽造罪の基本的解釈については判例上も学説上も大きな対立はなく、本判決の判示は広く承認されている。


試験対策での位置づけ

出題可能性

通貨偽造罪は刑法各論の出題頻度は高くないが、以下の形で出題される可能性がある。

  • 通貨偽造罪の保護法益に関する短答式問題
  • 「行使の目的」の意義を問う問題
  • 偽造と変造の区別を問う問題
  • 文書偽造罪との横断的出題

短答式試験での出題ポイント

  • 通貨偽造罪の保護法益は通貨に対する公共の信用である(○)
  • 通貨偽造罪は目的犯であり行使の目的が必要である(○)
  • 他人に行使させる目的でも行使の目的として認められる(○)
  • 行使の目的がなければ偽造しても通貨偽造罪は成立しない(○・目的犯)

答案での使い方(論証パターン)

基本論証

甲の行為が通貨偽造罪(刑法148条1項)に該当するか検討する。

通貨偽造罪は、行使の目的をもって通貨を偽造した場合に成立する。ここにいう「偽造」とは、通貨の製造権限のない者が、一般人をして真正な通貨と誤認させるに足りる外観を有する物を作出することをいう。「行使の目的」とは、偽造通貨を真正な通貨として流通に置く目的をいい、自ら直接行使する意思のみならず他人に行使させる意思でも足りる。

本件では、甲は通貨の製造権限を有しないところ、〇〇の方法により真正な紙幣と誤認されうる外観の物を作成している(偽造)。また、甲はこれを使用して商品を購入する意図であったから、行使の目的も認められる。したがって、通貨偽造罪が成立する。


重要概念の整理

通貨偽造に関する犯罪類型

犯罪類型 条文 行為 法定刑 通貨偽造 148条1項 行使目的で通貨を偽造・変造 無期又は3年以上の懲役 偽造通貨行使 148条2項 偽造・変造通貨を行使・交付 同上 外国通貨偽造 149条 行使目的で外国通貨を偽造・変造 2年以上の有期懲役 偽造通貨収得 150条 行使目的で偽造通貨を収得 3年以下の懲役 通貨偽造等準備 153条 偽造等の準備行為 3月以上5年以下の懲役

目的犯の例

犯罪 必要な目的 条文 通貨偽造罪 行使の目的 148条 文書偽造罪 行使の目的 154条等 窃盗罪 不法領得の意思 235条(判例) 背任罪 自己又は第三者の利益を図る目的 247条

偽造犯罪の体系

偽造の対象 条文 保護法益 通貨 148条以下 通貨の公共的信用 文書 154条以下 文書の公共的信用 有価証券 162条以下 有価証券の公共的信用 印章 164条以下 印章の公共的信用

発展的考察

暗号資産と通貨偽造

ビットコイン等の暗号資産は現行法上「通貨」に該当しないため、その偽造は通貨偽造罪の対象とはならない。もっとも、暗号資産の取引を不正に操作する行為は、電磁的記録に関する罪や詐欺罪等により処罰される可能性がある。

カラーコピー技術と偽造の容易化

カラーコピー機やプリンターの性能向上により、紙幣の偽造が技術的に容易になっている。これに対し、紙幣には精巧な偽造防止技術(ホログラム、透かし、マイクロ印刷等)が施されており、技術と対策の攻防が続いている。

通貨偽造罪の重罰の理由

通貨偽造罪の法定刑が無期懲役を含む極めて重いものとされているのは、通貨偽造が経済秩序に与える影響が甚大であるためである。通貨への信頼が失われれば、取引全般に深刻な影響を及ぼし、国家経済の基盤が揺らぐことになる。

国際的な通貨偽造対策

国際的には、通貨偽造防止に関する条約(1929年ジュネーブ条約)が締結されており、各国は相互に通貨偽造の取締りに協力することとされている。


よくある質問

Q1: おもちゃの紙幣を作った場合にも通貨偽造罪は成立しますか?

A1: 一般人が通常の注意力をもって真正な通貨と誤認しない程度の物(明らかにおもちゃと分かるもの)であれば、偽造には該当しません。偽造の要件は、一般人を誤認させるに足りる外観を有することです。

Q2: 行使の目的がなく、コレクション目的で偽造した場合はどうなりますか?

A2: 行使の目的がなければ通貨偽造罪(148条1項)は成立しません。ただし、精巧な偽造通貨を所持していること自体が行使の目的の間接証拠となりうるため、行使の目的がなかったことの立証は容易ではありません。

Q3: 偽造通貨を受け取った場合はどのような罪に問われますか?

A3: 行使の目的で偽造通貨を収得した場合には、偽造通貨収得罪(刑法150条)が成立します。また、偽造と知らずに受け取った後に偽造と知ってこれを行使した場合には、偽造通貨等行使罪(刑法152条・収得後知情行使)が成立します。

Q4: 自動販売機で偽造硬貨を使用した場合はどうなりますか?

A4: 偽造硬貨を自動販売機に投入して商品を取得する行為は、偽造通貨行使罪(刑法148条2項)のほか、窃盗罪又は詐欺罪の成立が問題となります。自動販売機への投入は「行使」(流通に置くこと)にあたると解されています。

Q5: 通貨偽造罪と文書偽造罪の違いは何ですか?

A5: 両者は保護法益の構造が類似しますが、偽造の対象が異なります。通貨偽造罪は通貨(貨幣・紙幣)を対象とし、文書偽造罪は文書を対象とします。通貨偽造罪の法定刑は文書偽造罪よりも著しく重く、これは通貨への信用が経済秩序の根幹に関わるためです。


関連条文

  • 刑法148条(通貨偽造及び行使等):1項・行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。2項・偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。
  • 刑法149条(外国通貨偽造及び行使等)
  • 刑法152条(収得後知情行使等)
  • 刑法153条(通貨偽造等準備)

関連判例

  • 最判昭25.2.28:偽造の程度に関する判例
  • 最決昭42.3.9:行使の目的の認定に関する判例
  • 大判大4.8.5:通貨偽造罪の保護法益に関する大審院判例

まとめ

通貨偽造罪に関する判例は、その保護法益が通貨に対する公共の信用であることを明確にし、偽造の意義を一般人が真正な通貨と誤認するに足りる外観の物の作出と定義している。また、行使の目的は目的犯の主観的構成要件要素として、偽造通貨を真正な通貨として流通に置く目的をいい、自ら行使する目的のみならず他人に行使させる目的も含まれる。通貨偽造罪は法定刑が極めて重い犯罪であり、経済秩序の根幹を保護する意義を有している。試験対策としては、保護法益、偽造の意義、行使の目的の意義を正確に理解し、文書偽造罪との横断的な学習を行うことが重要である。

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