【判例】通貨偽造罪の保護法益と「行使の目的」(最判昭34.6.30)
通貨偽造罪の保護法益と「行使の目的」に関する判例を解説。通貨偽造罪の保護法益としての通貨の公共的信用、行使の目的の意義、偽造の概念と程度を詳しく分析します。
この判例のポイント
通貨偽造罪(刑法148条)の保護法益は、通貨に対する公共の信用であり、「行使の目的」とは、偽造通貨を真正な通貨として流通に置く目的をいう。偽造とは、通貨の発行権限を有しない者が、一般人をして真正な通貨と誤信させるに足りる外観を有する物を作成することをいうとした判例。通貨偽造罪の基本的な解釈を示し、目的犯における「行使の目的」の意義を明らかにした重要判例である。
通貨偽造罪とは(定義)
通貨偽造罪とは、行使の目的をもって、通用する貨幣・紙幣・銀行券を偽造または変造する犯罪をいう(刑法148条1項)。 偽造または変造された通貨を実際に流通に置く行為は、これと一体の犯罪類型として「偽造通貨行使罪」(同条2項)が規定されている。条文の表題が「通貨偽造及び行使等」とされているとおり、刑法148条は偽造行為(1項)と行使行為(2項)の両方を一つの条文で捉えている点が特徴である。
通貨偽造罪を一文で表すと、次のとおりである。
通貨を発行する権限を持たない者が、本物の通貨と誤認されるような外観の物を、世の中に流通させる目的で作り出す犯罪。
この罪は、後述するとおり個人の財産ではなく通貨制度そのものに対する社会の信頼(公共の信用)を守る犯罪であり、刑法各論では「社会的法益に対する罪」のうち「偽造の罪」の冒頭に位置づけられる。法定刑は無期又は3年以上の懲役と、各論の財産犯(窃盗罪は10年以下の懲役)と比べても突出して重い。この重罰性は、通貨偽造が一個人の被害にとどまらず経済秩序全体を動揺させる危険を持つことに由来する。
「通貨偽造及び行使罪」という呼び方について
検索などで「通貨偽造及び行使罪」という表現に出会うことがある。これは独立した別個の罪名ではなく、刑法148条の条文表題(「通貨偽造及び行使等」)をそのまま呼んだものである。学習上は、
- 通貨偽造罪:行使の目的で通貨を偽造・変造する罪(148条1項)
- 偽造通貨行使罪(偽造通貨等行使罪):偽造・変造通貨を行使し、または行使目的で交付・輸入する罪(148条2項)
の2つを区別して整理すれば足りる。両者は同一条文に規定され法定刑も同一だが、構成要件としては別個であり、偽造して自ら行使した場合には両罪が成立し、両者は牽連犯(刑法54条1項後段)として科刑上一罪となる(後述)。
通貨偽造の罪の全体像
刑法第16章「通貨偽造の罪」には、148条を中心に複数の犯罪類型が置かれている。まずは全体像を押さえておきたい。
条文 罪名 行為の中心 148条1項 通貨偽造罪 行使目的での偽造・変造 148条2項 偽造通貨行使罪 偽造通貨の行使・交付・輸入 149条 外国通貨偽造罪・同行使罪 外国通貨の偽造・行使等 150条 偽造通貨収得罪 行使目的での偽造通貨の収得 152条 収得後知情行使罪 収得後に偽造と知って行使等 153条 通貨偽造等準備罪 偽造の用に供する器械・原料の準備これらは「偽造(作る)→ 収得(手に入れる)→ 行使(使う)」という偽造通貨のライフサイクルに対応して段階的に処罰範囲を設定している、と理解すると体系がつかみやすい。
事案の概要
被告人は、行使の目的をもって、紙幣に類似した外観を有する物を作成した。被告人の作成した偽造通貨は、一般人が一見して真正な通貨と誤認しうる程度の外観を有していた。
検察官は、被告人を通貨偽造罪(刑法148条1項)で起訴した。被告人は、自己の作成物は真正な通貨と誤認されるほどの精巧なものではないとして、「偽造」に該当しないと主張した。
争点
- 通貨偽造罪における「偽造」の意義(一般人が真正と誤信するに足りる程度の外観が必要か)
- 「行使の目的」の意義と認定方法
- 通貨偽造罪の保護法益は何か
判旨
最高裁は、以下のように判示した。
通貨偽造罪は、通貨に対する公共の信用を保護法益とするものであって、偽造とは、通貨の製造権限のない者が、真正の通貨と誤認させるに足りる外観のものを作出することをいう
― 最高裁判所(通貨偽造罪に関する判例法理)
また、「行使の目的」について以下のように判示した。
ここにいう行使の目的とは、偽造の通貨を真正の通貨として流通に置く目的をいい、自ら直接これを行使する意思のみならず、他人をして行使させる意思であっても差し支えない
ポイント解説
通貨偽造罪の保護法益
通貨偽造罪の保護法益は、通貨に対する公共の信用である。通貨は経済取引の基盤であり、通貨への信頼が損なわれると経済秩序全体が動揺する。このため、通貨偽造は社会的法益に対する犯罪として重く処罰される(法定刑:無期又は3年以上の懲役)。
ここで重要なのは、保護されているのが「通貨そのものの財産的価値」ではなく「通貨に対する社会一般の信頼」だという点である。たとえば偽札を作っただけで誰かが現実に金銭的損害を被っていなくても、本物と紛らわしい物が世に存在しうる状態が作り出された時点で、通貨制度への信頼という社会的法益が脅かされる。だからこそ、被害者の同意や現実の損害発生を待たずに、偽造行為それ自体が処罰される。
この「社会的法益」という性質は、答案の論点処理に直結する。
- 行使罪と詐欺罪の関係:偽造通貨を使って商品をだまし取れば、財産犯である詐欺罪も問題になりそうに見える。しかし判例(後述の最判昭34.6.30)は、偽造通貨行使罪が成立する場合、その行使に伴う詐欺は別罪を構成しない(行使罪に吸収される)とする。これは、偽造通貨行使罪の保護法益(通貨の公共的信用)の中に、行使に通常伴う個人的財産侵害も含めて評価されている、と説明される。
- 被害者の承諾:個人的法益の罪と異なり、被害者の承諾によって違法性が阻却される余地はない。社会全体の利益を守る罪だからである。
「偽造」の意義
通貨偽造罪における「偽造」の要件は以下のとおりである。
- 主体: 通貨の製造権限を有しない者(権限なき作成)
- 行為: 真正な通貨と誤認させるに足りる外観を有する物の作成
- 程度: 一般人が通常の注意力をもって真正と誤認しうる程度
「偽造」と「変造」は区別される。偽造は新たに通貨様の物を作成することであり、変造は真正な通貨に加工を施してその外観を変更することである。
「真正と誤認させるに足りる外観」の判断方法
偽造の成否で最も争われるのが、どの程度本物に似ていれば「偽造」といえるかという程度問題である。判例・通説は一般人基準説を採り、専門家や鑑定家ではなく一般人が通常の注意力をもって観察した場合に真正な通貨と誤認しうる程度で足りるとする。逆にいえば、
- 専門家でなければ見破れないほど精巧である必要はない(緩やかな方向の限界)
- 一見して明らかに玩具・複製とわかる物は偽造にあたらない(厳しい方向の限界)
という両面の限界づけがされている。判断にあたっては、紙質・色彩・図柄・大きさといった客観的外観に加え、流通に置かれる具体的状況(薄暗い店頭で瞬間的に手渡される等)も考慮されうる。同じ出来の物でも、明るい場所でじっくり確認される場面と、混雑したレジで素早く授受される場面とでは、誤認可能性の評価が変わりうるためである。
片面コピー・一部のみの作成
紙幣の片面だけを印刷した物、あるいは一部分のみを作成した物が「偽造」にあたるかも論点となる。これも結局は一般人を誤認させるに足りる外観を備えているかで判断される。片面のみでも、流通の場面で本物と誤認されうる程度の外観があれば偽造になりうる一方、明らかに不完全で一見して偽物とわかる物は偽造にあたらない。
「行使の目的」の意義
通貨偽造罪は目的犯であり、「行使の目的」が主観的構成要件要素とされる。
- 行使: 偽造通貨を真正な通貨として流通に置くこと(取引の支払手段として使用すること)
- 目的の態様: 自ら行使する目的のみならず、他人に行使させる目的でも足りる
- 目的の認定: 偽造の態様、偽造通貨の数量、被告人の経済状態等から推認される
目的犯であることの帰結は明快である。いかに本物そっくりの物を作っても、行使の目的がなければ通貨偽造罪は成立しない。 純粋に技術研究のため、あるいは美術作品・展示用のレプリカとして作る場合、流通に置く意図がなければ構成要件該当性を欠く。ただし後述のとおり、行使の目的は被告人の内心の問題であり、その不存在を立証することは現実には容易でない。
「行使させる目的」が他人による行使でも足りる点は、偽造の分業構造を念頭に置くと理解しやすい。偽造グループでは、紙幣を製造する者と、それを使って買い物をする者(行使役)が分かれていることが多い。製造担当者が自分では使わず、行使役に渡して使わせるつもりだったとしても、「行使の目的」は肯定される。これにより、組織的偽造の上流(製造)にも処罰が及ぶ。
通貨偽造と通貨変造の区別
類型 行為内容 具体例 条文 偽造 権限なく通貨様の物を新たに作成 白紙やコピー用紙に紙幣を印刷する 148条1項 変造 真正な通貨に加工を施す 千円札の数字を加工して一万円札のように見せる 148条1項偽造と変造の区別は、素材が真正な通貨かどうかで決まる。真正な通貨を出発点として手を加えれば変造、本物でない素材から作り出せば偽造である。もっとも、真正通貨に加工を加えた結果、もはや元の通貨の同一性が失われ別個の通貨を作り出したと評価される程度に至れば、それは変造ではなく偽造と評価されうる。両者は同一条文・同一法定刑なので、答案上は「偽造又は変造」とまとめて論じても処理は同じだが、定義の区別自体は短答で問われうる。
学説・議論
保護法益に関する議論
通貨偽造罪の保護法益については、以下の見解がある。
- 通貨の公共的信用説(通説・判例): 通貨に対する社会一般の信用を保護法益とする
- 通貨発行権説: 国家の通貨発行権(通貨高権)を保護法益とする
- 二元説: 通貨の公共的信用と国家の通貨発行権の双方を保護法益とする
偽造の程度に関する議論
偽造通貨が真正な通貨と誤認されるに足りる程度に達しているかの判断基準について議論がある。
- 一般人基準説(判例・通説): 一般人が通常の注意力をもって見た場合に誤認しうる程度で足りる
- 厳格説: 注意深く観察しても誤認されるほどの精巧さが必要とする
- 緩和説: 取引の場面で瞬間的に見れば誤認される程度で足りるとする
電子マネーと通貨偽造
電子マネーやデジタル通貨の普及に伴い、これらの偽造・変造が通貨偽造罪の対象となるかが議論されている。現行法上の「通貨」は有体物としての貨幣・紙幣を指すため、電子マネーの偽造は通貨偽造罪ではなく、電磁的記録に関する罪等で処理される。
行使目的の推定
行使の目的は被告人の内心の問題であるため、その認定には間接事実からの推認が必要となる。偽造の精巧さ、大量の偽造通貨の存在、経済的困窮等の事情から推認される。
通貨偽造罪に関する判例の整理
「通貨偽造 判例」「通貨偽造罪 判例」で調べる受験生が最も知りたいのは、どの判例が何を判示したのかを一望できる整理である。ここでは本記事が扱う中心判例を含め、通貨偽造の罪に関する判例法理を論点ごとに整理する。なお、以下で挙げる判例番号・年月日は本記事フロントマターおよび関連判例欄に記載された範囲のものであり、個別の判例の事実関係や判旨の細部は必ず判例集・基本書で確認してほしい(ここでは法理の所在を示すにとどめる)。
中心判例:最判昭和34年6月30日
本記事の中心判例(事件番号 昭和33年(あ)第2225号、最高裁第三小法廷判決)は、通貨偽造の罪に関する基本的な解釈の枠組みを示したものである。要点は次の3つに集約できる。
- 保護法益 … 通貨偽造罪は通貨に対する公共の信用を保護法益とする。
- 偽造の意義 … 偽造とは、通貨の製造権限のない者が、真正の通貨と誤認させるに足りる外観のものを作出することをいう。
- 行使の目的の意義 … 「行使の目的」とは偽造通貨を真正の通貨として流通に置く目的をいい、自ら行使する意思のみならず他人に行使させる意思でも足りる。
この3点は、答案の論証の骨格そのものである。通貨偽造罪が問われたら、まずこの判例法理に沿って定義を示し、あてはめに進むのが定石となる。
論点別の判例マップ
論点 判例 判示の要旨 保護法益 大判大4.8.5 通貨偽造罪の保護法益に関する大審院判例 偽造の程度 最判昭25.2.28 偽造の程度(誤認可能性)に関する判例 偽造・行使の意義/行使目的 最判昭34.6.30(本判例) 偽造・行使の目的の基本的解釈を示す 行使目的の認定 最決昭42.3.9 行使の目的の認定に関する判例行使罪と詐欺罪の関係をめぐる判例理解
通貨偽造の判例で受験上もう一つ重要なのが、偽造通貨を行使して財物をだまし取った場合の罪数処理である。前述のとおり、判例は偽造通貨行使罪が成立する場合には、行使に伴う詐欺は別個に詐欺罪を構成せず、行使罪に吸収されるという立場を採るものと理解されている。これは、偽造通貨行使罪の保護法益(通貨の公共的信用)が、行使の局面で通常生じる相手方の財産的損害をも包摂的に評価しているためと説明される。
この理解は、答案で「偽造通貨で買い物をした」事例を処理するときに直結する。安易に「行使罪と詐欺罪が成立し観念的競合」と書くのではなく、行使罪のみで処理する(詐欺罪は別罪を構成しない)という判例の立場を押さえておくと、罪数処理で差がつく。
判例の射程
外国通貨の偽造
外国通貨の偽造についても刑法149条が適用される。外国通貨に対する公共の信用も同様に保護される。
有価証券偽造との関係
通貨偽造罪と有価証券偽造罪(刑法162条)は、保護法益の構造において類似するが、偽造の対象が異なる。有価証券偽造罪の判断基準は通貨偽造罪のそれを参照して形成されている。
未遂犯・予備罪
通貨偽造等準備罪(刑法153条)は予備段階での処罰を可能としており、偽造に至らない段階でも処罰される。
反対意見・補足意見
本判決に特段の反対意見・補足意見は付されていない。通貨偽造罪の基本的解釈については判例上も学説上も大きな対立はなく、本判決の判示は広く承認されている。
試験対策での位置づけ
出題可能性
通貨偽造罪は刑法各論の出題頻度は高くないが、以下の形で出題される可能性がある。
- 通貨偽造罪の保護法益に関する短答式問題
- 「行使の目的」の意義を問う問題
- 偽造と変造の区別を問う問題
- 文書偽造罪との横断的出題
短答式試験での出題ポイント
- 通貨偽造罪の保護法益は通貨に対する公共の信用である(○)
- 通貨偽造罪は目的犯であり行使の目的が必要である(○)
- 他人に行使させる目的でも行使の目的として認められる(○)
- 行使の目的がなければ偽造しても通貨偽造罪は成立しない(○・目的犯)
具体例で考えるあてはめ
抽象的な定義だけでは答案で使えない。典型的な事例で、どう各要件を検討するかを確認する。
例1:精巧なカラーコピーで一万円札を作り、コンビニで使った
- 偽造:甲は通貨の製造権限を有しない私人であり、本物そっくりの一万円札を作り出している。一般人が通常の注意力をもって見れば真正な通貨と誤認しうる程度の外観があれば「偽造」にあたる。→ 通貨偽造罪(148条1項)成立。
- 行使の目的:コンビニで使う意図で作っているから、流通に置く目的=行使の目的が明らかにある。
- 行使:コンビニのレジで支払いに用い、流通に置いた。→ 偽造通貨行使罪(148条2項)成立。
- 詐欺との関係:商品を取得した点で詐欺が問題になりそうだが、判例の立場では行使に伴う詐欺は行使罪に吸収され、別罪を構成しない。
- 罪数:偽造罪と行使罪は牽連犯(手段・結果の関係)として科刑上一罪。
例2:本物そっくりだが、流通させる気はなく研究・展示用に作った
- 偽造:外観要件は満たしうる。
- 行使の目的:流通に置く意図がない。→ 目的犯の主観的要素を欠き、通貨偽造罪は成立しない。
- もっとも、行使目的の不存在は立証が難しく、精巧な偽造通貨を多数所持している事実自体が行使目的を推認させる間接事実となりうる。
例3:偽造硬貨を自動販売機に投入して商品を得た
- 行使:自動販売機への投入も「流通に置く」行為として行使にあたると解される。→ 偽造通貨行使罪。
- あわせて、機械から商品を取得した点について窃盗罪の成否も問題となる(人を欺いていないため詐欺ではなく窃盗が問題となる場面)。
例4:偽札と知らずに受け取り、後で偽札と気づいて他店で使った
- 受け取った時点では偽造の認識がないため通貨偽造罪・行使罪の故意がない。
- その後、偽造と知ったうえで使った点について、収得後知情行使罪(152条)が成立する。同罪は法定刑が偽造通貨行使罪より軽く(後述の整理表参照)、いったん善意で取得してしまった者の心理的圧迫を考慮した規定である。
罪数・他罪との関係
通貨偽造の事案は、複数の罪が連鎖して問題になることが多い。罪数処理を整理しておく。
- 偽造罪 + 行使罪:自ら偽造して自ら行使した場合、両罪が成立し、偽造は行使の手段という関係に立つため牽連犯(刑法54条1項後段)として科刑上一罪となる。
- 行使罪 + 詐欺罪:判例の立場では、行使に伴う詐欺は行使罪に吸収され、詐欺罪は別個に成立しない。
- 行使罪 + 窃盗罪:自動販売機など機械相手の場合、欺罔の相手方となる「人」が存在しないため詐欺ではなく窃盗が問題となりうる。
- 偽造通貨収得罪(150条)→ 行使:行使目的で偽造通貨を収得し、これを行使すれば、収得罪と行使罪の関係が問題となる。
答案での使い方(論証パターン)
基本論証
甲の行為が通貨偽造罪(刑法148条1項)に該当するか検討する。
通貨偽造罪は、行使の目的をもって通貨を偽造した場合に成立する。ここにいう「偽造」とは、通貨の製造権限のない者が、一般人をして真正な通貨と誤認させるに足りる外観を有する物を作出することをいう。「行使の目的」とは、偽造通貨を真正な通貨として流通に置く目的をいい、自ら直接行使する意思のみならず他人に行使させる意思でも足りる。
本件では、甲は通貨の製造権限を有しないところ、〇〇の方法により真正な紙幣と誤認されうる外観の物を作成している(偽造)。また、甲はこれを使用して商品を購入する意図であったから、行使の目的も認められる。したがって、通貨偽造罪が成立する。
行使罪まで論じる場合の論証
続いて、乙が偽造通貨を店舗で使用した行為につき偽造通貨行使罪(刑法148条2項)の成否を検討する。
「行使」とは、偽造通貨を真正な通貨として流通に置くことをいう。乙は店舗での代金支払いに偽造通貨を充て、これを流通に置いたから「行使」にあたる。よって偽造通貨行使罪が成立する。
なお、乙は偽造通貨を用いて商品を取得しているが、判例の立場によれば、偽造通貨の行使に伴う詐欺は行使罪に吸収され、別個に詐欺罪を構成しない。また、自ら偽造したうえで行使した場合、偽造罪と行使罪は手段・結果の関係に立つから牽連犯として科刑上一罪となる。
答案作成上の注意点
- 保護法益を最初に明示する:通貨偽造の罪は社会的法益の罪であることを冒頭で押さえておくと、詐欺罪の吸収や被害者の承諾の不適用といった論点がブレなくなる。
- 目的犯であることを落とさない:「偽造」の客観面だけでなく、「行使の目的」という主観的要素を必ず独立して検討する。これを落とすと配点を確実に失う。
- 行使と詐欺の罪数を雑に処理しない:「観念的競合」と安易に書かず、判例の吸収関係を意識する。
- 一般人基準を明示する:偽造の程度が問題になる事例では「一般人が通常の注意力をもって真正と誤認しうる程度」という基準を明記してからあてはめる。
重要概念の整理
通貨偽造に関する犯罪類型
犯罪類型 条文 行為 法定刑 通貨偽造 148条1項 行使目的で通貨を偽造・変造 無期又は3年以上の懲役 偽造通貨行使 148条2項 偽造・変造通貨を行使・交付 同上 外国通貨偽造 149条 行使目的で外国通貨を偽造・変造 2年以上の有期懲役 偽造通貨収得 150条 行使目的で偽造通貨を収得 3年以下の懲役 通貨偽造等準備 153条 偽造等の準備行為 3月以上5年以下の懲役目的犯の例
犯罪 必要な目的 条文 通貨偽造罪 行使の目的 148条 文書偽造罪 行使の目的 154条等 窃盗罪 不法領得の意思 235条(判例) 背任罪 自己又は第三者の利益を図る目的 247条偽造犯罪の体系
偽造の対象 条文 保護法益 通貨 148条以下 通貨の公共的信用 文書 154条以下 文書の公共的信用 有価証券 162条以下 有価証券の公共的信用 印章 164条以下 印章の公共的信用発展的考察
暗号資産と通貨偽造
ビットコイン等の暗号資産は現行法上「通貨」に該当しないため、その偽造は通貨偽造罪の対象とはならない。もっとも、暗号資産の取引を不正に操作する行為は、電磁的記録に関する罪や詐欺罪等により処罰される可能性がある。
カラーコピー技術と偽造の容易化
カラーコピー機やプリンターの性能向上により、紙幣の偽造が技術的に容易になっている。これに対し、紙幣には精巧な偽造防止技術(ホログラム、透かし、マイクロ印刷等)が施されており、技術と対策の攻防が続いている。
通貨偽造罪の重罰の理由
通貨偽造罪の法定刑が無期懲役を含む極めて重いものとされているのは、通貨偽造が経済秩序に与える影響が甚大であるためである。通貨への信頼が失われれば、取引全般に深刻な影響を及ぼし、国家経済の基盤が揺らぐことになる。
国際的な通貨偽造対策
国際的には、通貨偽造防止に関する条約(1929年ジュネーブ条約)が締結されており、各国は相互に通貨偽造の取締りに協力することとされている。通貨偽造は一国内で完結せず国境を越えて流通しうるため、外国通貨偽造罪(刑法149条)の存在とあわせ、通貨の公共的信用の保護が国際的な広がりを持つことを示している。
「行使の目的」と既遂時期の関係
通貨偽造罪は、行使の目的をもって偽造行為を完成させた時点で既遂に達する。偽造通貨が現実に流通に置かれたかどうかは、偽造罪の成否とは無関係である。現実に流通へ置く行為は、別個の偽造通貨行使罪(148条2項)として捕捉される。つまり、
- 偽造を完成させた段階 → 通貨偽造罪が既遂
- それを使った段階 → 偽造通貨行使罪が別途成立
という二段構えになっている。これは、偽造行為それ自体が通貨の公共的信用を危険にさらすと評価されているためであり、現実の使用(具体的損害)を待たずに処罰する点に、社会的法益の罪としての本罪の性格がよく表れている。
よくある質問
Q1: おもちゃの紙幣を作った場合にも通貨偽造罪は成立しますか?
A1: 一般人が通常の注意力をもって真正な通貨と誤認しない程度の物(明らかにおもちゃと分かるもの)であれば、偽造には該当しません。偽造の要件は、一般人を誤認させるに足りる外観を有することです。
Q2: 行使の目的がなく、コレクション目的で偽造した場合はどうなりますか?
A2: 行使の目的がなければ通貨偽造罪(148条1項)は成立しません。ただし、精巧な偽造通貨を所持していること自体が行使の目的の間接証拠となりうるため、行使の目的がなかったことの立証は容易ではありません。
Q3: 偽造通貨を受け取った場合はどのような罪に問われますか?
A3: 行使の目的で偽造通貨を収得した場合には、偽造通貨収得罪(刑法150条)が成立します。また、偽造と知らずに受け取った後に偽造と知ってこれを行使した場合には、偽造通貨等行使罪(刑法152条・収得後知情行使)が成立します。
Q4: 自動販売機で偽造硬貨を使用した場合はどうなりますか?
A4: 偽造硬貨を自動販売機に投入して商品を取得する行為は、偽造通貨行使罪(刑法148条2項)のほか、窃盗罪又は詐欺罪の成立が問題となります。自動販売機への投入は「行使」(流通に置くこと)にあたると解されています。
Q5: 通貨偽造罪と文書偽造罪の違いは何ですか?
A5: 両者は保護法益の構造が類似しますが、偽造の対象が異なります。通貨偽造罪は通貨(貨幣・紙幣)を対象とし、文書偽造罪は文書を対象とします。通貨偽造罪の法定刑は文書偽造罪よりも著しく重く、これは通貨への信用が経済秩序の根幹に関わるためです。
Q6: 偽造通貨で買い物をしたら詐欺罪にもなりますか?
A6: 判例の立場では、偽造通貨行使罪が成立する場合、その行使に伴う詐欺は行使罪に吸収され、別個に詐欺罪を構成しないと理解されています。これは、偽造通貨行使罪の保護法益(通貨の公共的信用)が、行使に通常伴う相手方の財産的損害をも包摂して評価しているためと説明されます。
Q7: 「通貨偽造及び行使罪」という罪があるのですか?
A7: 「通貨偽造及び行使等」は刑法148条の条文表題です。独立した一つの罪名というより、同条1項の通貨偽造罪と2項の偽造通貨行使罪をまとめて指す表現です。学習上は、偽造罪(1項)と行使罪(2項)を区別して整理してください。
Q8: 旧紙幣や、すでに流通していない通貨を偽造した場合はどうなりますか?
A8: 通貨偽造罪の客体は「通用する」貨幣・紙幣・銀行券です。すでに通用力を失い流通していない通貨を模造しても、本罪の客体にあたらない可能性があります。ただし、模造品の製造を禁じる特別法(通貨及証券模造取締法等)に触れる場合があり、別個の検討を要します。
よくある誤解
通貨偽造罪は出題頻度こそ高くないものの、短答や横断問題で誤りやすいポイントが固まっています。代表的な誤解を整理します。
- 「本物そっくりに精巧でなければ偽造にならない」 → 誤り。専門家でも見破れないほどの精巧さは不要で、一般人が通常の注意力で誤認しうる程度で足ります。
- 「行使の目的がなくても偽造すれば犯罪になる」 → 誤り。本罪は目的犯であり、行使の目的がなければ通貨偽造罪は成立しません。
- 「自分で使うつもりがなければ行使の目的はない」 → 誤り。他人に行使させる目的でも行使の目的にあたります。
- 「偽造通貨で買い物すれば必ず詐欺罪も成立する」 → 誤り。判例の立場では行使に伴う詐欺は行使罪に吸収されます。
- 「ビットコインを偽造すれば通貨偽造罪」 → 誤り。暗号資産は現行法上の「通貨」に該当しないため、通貨偽造罪の客体になりません。
- 「保護法益は使われた相手の財産」 → 誤り。保護法益は通貨に対する公共の信用という社会的法益です。
関連条文
- 刑法148条(通貨偽造及び行使等):1項・行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。2項・偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする。
- 刑法149条(外国通貨偽造及び行使等)
- 刑法152条(収得後知情行使等)
- 刑法153条(通貨偽造等準備)
関連判例
- 最判昭25.2.28:偽造の程度に関する判例
- 最決昭42.3.9:行使の目的の認定に関する判例
- 大判大4.8.5:通貨偽造罪の保護法益に関する大審院判例
まとめ
通貨偽造罪に関する判例は、その保護法益が通貨に対する公共の信用であることを明確にし、偽造の意義を一般人が真正な通貨と誤認するに足りる外観の物の作出と定義している。また、行使の目的は目的犯の主観的構成要件要素として、偽造通貨を真正な通貨として流通に置く目的をいい、自ら行使する目的のみならず他人に行使させる目的も含まれる。通貨偽造罪は法定刑が極めて重い犯罪であり、経済秩序の根幹を保護する意義を有している。
学習の到達点として、次の3点を一文で言えるようにしておきたい。第一に、通貨偽造罪は通貨に対する公共の信用という社会的法益を守る罪であること。第二に、「偽造」とは権限なき者が一般人を誤認させるに足りる外観の物を作り出すことであり、その程度は一般人基準で判断されること。第三に、本罪は行使の目的を要する目的犯であり、行使の目的には他人に行使させる目的も含まれること。
そのうえで、偽造(148条1項)と行使(148条2項)の関係、行使罪と詐欺罪の罪数(行使罪への吸収)、偽造→収得→行使という偽造通貨のライフサイクルに沿った条文体系(148〜153条)、文書偽造罪・有価証券偽造罪との偽造犯横断の視点を押さえれば、短答・論文のいずれにも対応できる。試験対策としては、保護法益・偽造の意義・行使の目的の意義という3つの幹を正確に理解し、文書偽造罪との横断的な学習を行うことが重要である。