不作為犯の成立要件|作為義務の発生根拠と判例
不作為犯の成立要件を解説。真正不作為犯と不真正不作為犯の区別、作為義務の発生根拠、判例法理を体系的に整理します。
この記事のポイント
不真正不作為犯は、作為義務のある者が期待された作為を行わないことによって構成要件的結果を実現する犯罪類型である。成立には作為義務・作為の可能性と容易性・作為との構成要件的同価値性が必要であり、作為義務の発生根拠として法令・契約・先行行為・排他的支配などが判例上認められている。
真正不作為犯と不真正不作為犯
区別
類型 内容 例 真正不作為犯 不作為そのものが構成要件に規定されている犯罪 不退去罪(130条後段)、保護責任者遺棄罪(218条) 不真正不作為犯 作為の形で規定された構成要件を不作為で実現する犯罪 母親が乳児に授乳せず餓死させた場合の殺人罪不真正不作為犯が問題となるのは、条文上は「殺す」「傷害する」等の作為を予定しているが、不作為によってこれを実現する場合である。
不真正不作為犯の成立要件
三つの要件
要件 内容 作為義務(保証人的地位) 結果発生を防止すべき法的義務を負うこと 作為の可能性と容易性 期待された作為を行うことが物理的に可能かつ容易であること 作為との構成要件的同価値性 不作為が作為による結果惹起と構成要件的に同価値であること作為義務の発生根拠
判例・学説上、作為義務の発生根拠として以下のものが認められている。
根拠 内容 具体例 法令 法律上の義務に基づく 親権者の監護義務(民法820条) 契約・事務管理 契約上の引受けに基づく ベビーシッター、施設管理者 先行行為 自らの先行する危険創出行為に基づく ひき逃げの場合 排他的支配 結果発生の危険を排他的に支配していること 同居者の生命に対する支配 引受け 保護の引受けに基づく 病人の世話を引き受けた者主要判例
シャクティ事件(最決平17.7.4)
被告人(シャクティパット治療と称する手当てを行う者)が、重篤な患者について医療機関へ運ぶことなく自己の治療を続け死亡させた事案。
最高裁は、被告人が患者の生命を預かる立場にあり、その生存を左右しうる排他的支配を有していたとして、不作為による殺人罪の成立を認めた。
不保護の遺棄致死(保護責任者遺棄致死罪)
保護責任者が要保護者に対する保護を怠り死亡させた場合は、保護責任者遺棄致死罪(219条)が成立する。殺意がある場合には不作為の殺人罪の成否が問題となる。
ひき逃げと不作為
交通事故で被害者を負傷させた者が救護せずに放置した場合、先行行為(ひき逃げ行為)に基づく作為義務が認められ、被害者が死亡すれば不作為の殺人罪または保護責任者遺棄致死罪が問題となる。
不作為犯と因果関係
不作為の因果関係
不作為犯における因果関係は、「期待された作為を行っていれば結果を回避できたか」(仮定的因果経過)により判断される。
通説は、作為を行っていれば結果を回避できたことが合理的な疑いを超える程度に確実であったことを要求する。
不作為による共犯
不作為による幇助
作為義務者が正犯者の犯行を阻止しなかった場合に、不作為による幇助犯が成立しうる。例えば、親が第三者による子への虐待を阻止しなかった場合がこれに当たる。
不作為の正犯と幇助犯の区別
不作為者に結果防止義務があり、かつ結果に対する支配的地位を有する場合は正犯、そうでない場合は幇助犯となるとするのが通説である。
よくある質問
Q1: 作為義務はどのように認定されますか
答案では、事実関係から作為義務の発生根拠(法令・契約・先行行為・排他的支配等)を具体的に認定する。複数の根拠が重畳的に認められることも多い。
Q2: 不真正不作為犯は罪刑法定主義に反しませんか
作為犯の構成要件を不作為に適用することは類推解釈に当たるのではないかという批判がある。通説は、構成要件的同価値性の要件によって処罰範囲を限定することで罪刑法定主義との整合性を図っている。
Q3: 「作為の容易性」が欠ける場合はどうなりますか
作為義務者であっても、期待された作為が物理的に不可能であるか著しく困難である場合は、不作為犯は成立しない。例えば、泳げない者が溺れている子を救助できなかった場合がこれに当たる。
関連条文
罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
― 刑法 第38条第1項
まとめ
不真正不作為犯の成立には、作為義務・作為の可能性と容易性・作為との構成要件的同価値性が必要である。作為義務の発生根拠として法令・契約・先行行為・排他的支配が認められ、シャクティ事件は排他的支配に基づく作為義務を認めた重要判例である。不作為犯と罪刑法定主義の緊張関係を意識しつつ、構成要件的同価値性で処罰範囲を適切に限定することが求められる。