【判例】中止犯の成立要件と自己の意思による中止(最判昭24.7.9)
中止犯の成立要件に関する最判昭24.7.9を解説。刑法43条但書の「自己の意思により」の意義、任意性の判断基準、フランクの公式、中止行為の態様について詳しく分析します。
この判例のポイント
中止犯(刑法43条但書)が成立するためには、犯罪の実行に着手した者が「自己の意思により」犯罪を中止したことが必要であり、ここにいう「自己の意思により」とは、外部的障碍によって犯罪の完成を妨げられたのではなく、行為者自身の自発的な意思決定により中止したことをいうとした判例。中止犯における任意性の意義と判断基準を示した基本判例である。
事案の概要
被告人は、殺意をもって被害者に暴行を加え、殺人罪の実行に着手した。しかし、被害者が苦しむ姿を見て憐憫の情を催し、自発的に攻撃を中止して被害者の救護に当たった。被害者は一命を取り留めた。
被告人は、自己の意思により犯罪を中止したとして、中止犯(刑法43条但書)の適用を主張した。
争点
- 刑法43条但書の「自己の意思により」の意義は何か
- 本件の中止が「自己の意思による」ものと認められるか
- 中止犯の成立に必要な中止行為の内容は何か
判旨
最高裁は、中止犯の「自己の意思により」について以下のように判示した。
中止未遂が成立するためには、犯人が自己の意思により犯罪を中止したことを要するのであって、犯人の意思によらない外部的事情により犯罪の完成を妨げられた場合には、障碍未遂にとどまる
― 最高裁判所第二小法廷 昭和24年7月9日(趣旨)
すなわち、中止犯の任意性について以下の基準が示された。
- 自己の意思による中止: 外部的障碍によらず、行為者の自発的な意思決定に基づく中止
- 障碍未遂との区別: 外部的事情(発覚のおそれ、物理的障碍等)により犯罪完成が妨げられた場合は障碍未遂
- 任意性の判断基準: 行為者が犯罪を完遂することが可能であったにもかかわらず、自ら中止した場合に任意性が認められる
ポイント解説
中止犯の法的効果
中止犯(刑法43条但書)が成立すると、「その刑を減軽し、又は免除する」とされる。障碍未遂(43条本文)の場合は「その刑を減軽することができる」(任意的減軽)にとどまるのに対し、中止犯の場合は必要的減免(必ず減軽又は免除される)であり、法的効果に大きな違いがある。
| 未遂の類型 | 条文 | 法的効果 |
|---|---|---|
| 障碍未遂 | 43条本文 | 任意的減軽 |
| 中止犯 | 43条但書 | 必要的減免 |
中止犯の成立要件
中止犯の成立要件は以下のとおりである。
- 実行の着手があること: 犯罪の実行に着手していなければ、そもそも未遂犯は成立しない
- 犯罪が既遂に達していないこと: 既遂に達した場合には中止犯は成立しない
- 自己の意思により中止したこと(任意性): 中止犯の最重要要件
- 中止行為があること: 着手中止の場合は単なる不作為で足り、実行中止の場合は積極的な結果防止行為が必要
フランクの公式
任意性の判断基準として、ドイツの刑法学者フランクが提唱した公式が参照される。
「たとえできたとしてもしなかった」場合は中止犯、「したかったができなかった」場合は障碍未遂
この公式は、行為者の主観を基準とするものであり、日本の判例・学説にも大きな影響を与えている。
着手中止と実行中止
中止行為の態様は、以下のように区別される。
着手中止(未了の中止): 実行行為がまだ完了していない段階で中止する場合。この場合、単に実行行為をやめるだけで足りる(不作為で足りる)。
実行中止(終了の中止): 実行行為は完了しているが、結果が発生していない段階で中止する場合。この場合、結果の発生を防止するための積極的な行為(例:被害者の救護、119番通報等)が必要である。
学説・議論
任意性の判断基準に関する学説
任意性の判断基準について、以下の学説が対立する。
主観説: 行為者の内心の動機・心理状態を基準として任意性を判断する。行為者が広義の「後悔」「反省」「同情」等の動機から中止した場合に任意性が認められる。
客観説: 一般人の立場から見て、行為者が犯罪を完遂することが可能であったかどうかを基準として判断する。客観的に犯罪の完遂が可能であったにもかかわらず中止した場合に任意性が認められる。
折衷説: 主観的要素と客観的要素を総合考慮して判断する。行為者の動機・心理状態と、客観的状況の双方を考慮する。
中止犯の減免根拠
中止犯が必要的減免とされる根拠について、以下の学説がある。
刑事政策説(黄金の橋): 犯罪の完遂を断念する機会を行為者に与え、結果の発生を防止するインセンティブを提供する趣旨(リストの「黄金の橋」理論)。
法律説(責任減少説): 自発的に中止したことにより行為者の責任が減少するため。
違法減少説: 中止により法益侵害の危険が除去されたため、違法性が減少する。
併合説: 違法性の減少と責任の減少の双方を根拠とする。
中止行為の真摯性
実行中止の場合に必要とされる結果防止行為について、その真摯性が要求されるかが議論される。
- 厳格説: 真摯な努力が必要であり、形式的な結果防止行為では足りない
- 緩和説: 結果の不発生と中止行為との間に因果関係があれば足りる
- 判例の立場: 結果防止のための積極的な行為が必要とされるが、真摯性の程度については個別の事案に即して判断される
判例の射程
殺人未遂と中止犯
殺人罪の実行に着手した後に自発的に攻撃を中止し、被害者の救護に当たった場合に中止犯が成立するかは、本判決の直接の射程内の問題である。
放火罪と中止犯
放火の実行に着手した後に自ら消火活動を行った場合にも、中止犯の成立が問題となる。実行行為が既に完了している場合には、積極的な結果防止行為(消火活動)が必要となる。
詐欺罪と中止犯
詐欺罪の実行に着手した後に、被害者に真実を告げて財物の交付を阻止した場合にも中止犯が問題となる。
強盗罪と中止犯
強盗罪の実行に着手した後に、被害者に対する暴行・脅迫を中止して財物を奪取しなかった場合に中止犯が成立するかが問題となる。
反対意見・補足意見
本判決に反対意見は付されていない。中止犯の任意性の基本的な判断枠組みについては、判例上も学説上も大きな対立はない。
試験対策での位置づけ
出題可能性
中止犯は刑法総論の重要論点であり、事例問題で頻出のテーマである。
- 中止犯の成立要件を問う事例問題(任意性の判断)
- 着手中止と実行中止の区別を問う問題
- 中止犯の減免根拠を論じさせる理論問題
- 短答式試験での中止犯の法的効果に関する出題
短答式試験での出題ポイント
- 中止犯が成立すると刑は必ず減軽又は免除される(○)
- 障碍未遂の場合は刑は任意的に減軽できる(○)
- 外部的障碍により犯罪が完遂できなかった場合にも中止犯は成立する(×)
- 実行行為が完了した後の中止犯には積極的な結果防止行為が必要である(○)
答案での使い方(論証パターン)
基本論証
甲について中止犯(刑法43条但書)が成立するか検討する。
中止犯が成立するためには、(1)犯罪の実行に着手したこと、(2)自己の意思により犯罪を中止したこと(任意性)、(3)結果が発生しなかったことが必要である。
「自己の意思により」とは、外部的障碍によらず、行為者の自発的な意思決定に基づいて中止したことをいう(最判昭24.7.9参照)。いわゆるフランクの公式によれば、「たとえできたとしてもしなかった」場合が中止犯に該当する。
当てはめの例
本件では、甲は殺人の実行行為に着手した後、被害者の苦しむ姿を見て憐憫の情を催し、攻撃を中止している。甲は犯罪を完遂することが客観的に可能であったにもかかわらず、自発的にこれを断念している。したがって、「自己の意思により」中止したものと認められる。
また、甲は実行行為が完了する前に中止しているから(着手中止)、単なる不作為による中止で足りる。以上より、中止犯が成立し、甲の刑は必ず減軽又は免除される。
重要概念の整理
未遂犯の体系
| 類型 | 要件 | 法的効果 | 条文 |
|---|---|---|---|
| 障碍未遂 | 外部的障碍により結果不発生 | 任意的減軽 | 43条本文 |
| 中止犯 | 自己の意思により中止 | 必要的減免 | 43条但書 |
任意性の判断基準
| 中止の動機 | 任意性 | 理由 |
|---|---|---|
| 後悔・反省 | あり | 自発的な意思決定 |
| 憐憫・同情 | あり | 自発的な意思決定 |
| 恐怖・驚愕 | 場合による | 程度により判断 |
| 発覚のおそれ | 原則なし | 外部的障碍 |
| 物理的不能 | なし | 外部的障碍 |
| 第三者の制止 | なし | 外部的障碍 |
中止犯の減免根拠
| 学説 | 根拠 | 批判 |
|---|---|---|
| 刑事政策説 | 犯罪完遂断念のインセンティブ | 行為者が減免規定を知らない場合 |
| 責任減少説 | 自発的中止による責任の減少 | 違法性は減少しないのか |
| 違法減少説 | 危険除去による違法性の減少 | 実行行為の違法性は残る |
| 併合説 | 違法・責任双方の減少 | 通説的立場 |
発展的考察
共犯と中止犯
共同正犯者の一人が中止した場合に、中止犯の効果が他の共犯者にも及ぶかが問題となる。判例・通説は、中止犯の効果は中止した共犯者にのみ生じ、他の共犯者には及ばないとする(中止犯の効果の個別化)。ただし、中止した共犯者は、他の共犯者の犯行をも阻止する行動をとることが求められる場合がある。
未遂犯の処罰根拠との関係
未遂犯の処罰根拠に関する客観的未遂論と主観的未遂論の対立は、中止犯の理解にも影響する。客観的未遂論からは結果発生の危険の除去が重視され、主観的未遂論からは行為者の意思の変化が重視される。
中止犯と被害者の同意
実行行為に着手した後に被害者から同意が得られた場合、中止犯が成立するかという問題がある。被害者の同意により違法性が阻却される場合は、そもそも犯罪が成立しないため中止犯の問題は生じない。
不能犯との関係
行為者が中止したが、実は最初から結果が発生する可能性がなかった場合(不能犯の場面)に中止犯が成立するかも議論される。不能犯として未遂犯自体が成立しない場合には、中止犯も成立しない。
よくある質問
Q1: 犯行が発覚しそうになったため中止した場合、中止犯は成立しますか?
A1: 犯行の発覚のおそれは外部的障碍にあたるため、原則として中止犯は成立しません。ただし、発覚の危険がごく僅かであったにもかかわらず中止した場合や、発覚の危険を認識しつつも主として内発的動機により中止した場合には、任意性が認められる余地があります。
Q2: 中止犯が成立すると必ず刑が免除されますか?
A2: 必ず免除されるわけではありません。43条但書は「その刑を減軽し、又は免除する」と規定しており、減軽にとどまる場合もあります。減軽と免除のいずれになるかは、裁判所の裁量により、中止の動機、行為の態様、結果の程度等を考慮して判断されます。
Q3: 実行行為が完了した後に後悔して被害者を救護した場合、中止犯は成立しますか?
A3: 実行行為が完了した後の中止(実行中止)の場合には、単に後悔するだけでは足りず、結果の発生を防止するための積極的な行為が必要です。被害者を救護し、結果の発生が防止された場合には中止犯が成立する可能性があります。
Q4: 結果防止行為をしたが結果が発生してしまった場合、中止犯は成立しますか?
A4: 中止犯が成立するためには、結果が発生しなかったことが必要です。結果防止行為をしたが結果が発生した場合(例:被害者を救護したが死亡した場合)には、中止犯は成立せず、既遂犯として処理されます。ただし、結果防止行為をしたことは量刑上考慮されます。
Q5: 中止犯と自首はどのような関係にありますか?
A5: 中止犯(43条但書)は未遂犯の減免規定であり、自首(42条1項)は捜査機関に対する申告に基づく任意的減軽規定です。両者は要件・効果が異なりますが、犯行後に自ら犯行を中止し、かつ自首した場合には、両規定の適用が問題となることがあります。
関連条文
- 刑法43条(未遂減免):犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
- 刑法44条(未遂罪):未遂を罰する場合は、各本条で定める。
- 刑法199条(殺人)
関連判例
- 最判昭32.9.10:中止犯の任意性に関する判例
- 最判昭26.8.17:実行中止の場合の結果防止行為に関する判例
- 東京高判昭37.1.23:フランクの公式を参照した判例
- 最判昭45.3.26:共犯と中止犯の関係に関する判例
まとめ
最判昭24.7.9は、中止犯の成立要件である「自己の意思により」の意義について、外部的障碍によらず行為者の自発的な意思決定に基づく中止であることを要するとした基本判例である。中止犯は必要的減免の効果を有する重要な制度であり、その任意性の判断は、フランクの公式(「たとえできたとしてもしなかった」場合)を参考としつつ、行為者の動機や客観的状況を総合考慮して判断される。試験対策としては、中止犯と障碍未遂の区別、任意性の判断基準、着手中止と実行中止の区別、中止犯の減免根拠を正確に理解しておくことが重要である。
科目を選び、肢別演習で知識を確かめられます。