逮捕前置主義とは?趣旨と例外・二重逮捕の可否(最決昭54.6.22)
逮捕前置主義とは何かを解説。勾留の前に逮捕を経なければならない趣旨(司法審査を二重に受けさせる)、一罪一逮捕一勾留の原則との関係、二重逮捕・再逮捕が許される場合を整理します。
この判例のポイント
逮捕前置主義とは、勾留の請求に先立って被疑者を適法に逮捕していることを要するという原則であり、被疑者の身体の自由を段階的に保障する趣旨に基づく。 最決昭54.6.22は、逮捕の必要性(逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれ)の判断基準を明らかにし、逮捕の必要性が認められない場合には逮捕状の請求が却下されるべきことを示した重要判例である。
なお、逮捕前置主義と密接に関連する重要概念として、事件単位の原則(被疑事実単位の原則)がある。これは、逮捕・勾留の効力が「人」ではなく「被疑事実(事件)」を単位として及ぶという原則であり、逮捕前置主義が要求する「適法な逮捕の前置」が同一事件についてのものでなければならないことを基礎づける。本稿では、(1)逮捕前置主義、(2)逮捕の必要性(本判例の射程)、(3)事件単位の原則、という刑事訴訟法の身体拘束に関する三つの基本概念を、それぞれ正面から定義したうえで相互の関係を整理する。
まず結論:3つの基本概念の端的な定義
検索意図に正面から答えるため、最初に各概念の定義を端的に示す。詳細は後掲の各見出しで掘り下げる。
| 概念 | 一言でいうと | 根拠・性質 |
|---|---|---|
| 逮捕前置主義 | 勾留の前に、同一事件について適法な逮捕を経ていなければならないという原則 | 刑訴法207条1項の解釈。段階的な司法審査による身体の自由の保障 |
| 逮捕の必要性 | 逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれがあること。嫌疑があっても必要性がなければ逮捕できない | 刑訴規則143条の3。本判例(最決昭54.6.22)が判断枠組みを提示 |
| 事件単位の原則 | 逮捕・勾留の効力は「人」ではなく「被疑事実(事件)」を単位として及ぶという原則 | 明文規定はなく解釈上確立。令状主義(憲法33条・34条)の帰結 |
逮捕前置主義は「逮捕→勾留」という時間的・段階的な側面を規律し、事件単位の原則は逮捕・勾留の効力がどの事実に及ぶかという対象(範囲)的な側面を規律する。両者は身体拘束を二重に統制する車の両輪であり、別件逮捕・勾留の議論はこの二つの原則が交錯する典型場面である。
事案の概要
被疑者Xは、業務上横領事件の嫌疑を受けていた。捜査機関はXに対する逮捕状を請求し、裁判官がこれを発付した。Xは逮捕状により逮捕され、引き続き勾留請求がなされた。
Xの弁護人は、Xには逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもなく、逮捕の必要性が欠如していたと主張し、逮捕の適法性を争った。具体的には、Xは定まった住居を有し、職業を有する者であって、出頭の求めにも応じていた。また、事件の証拠はすでに大部分が収集済みであり、Xが罪証を隠滅する現実的な可能性は乏しかった。
問題は、逮捕の必要性の判断にあたって、どのような事情を考慮すべきか、また逮捕の必要性が欠如する場合に逮捕が違法となるかという点にあった。
争点
- 逮捕の必要性の意義と判断基準
- 逮捕前置主義の趣旨と逮捕の必要性の関係
- 逮捕の必要性が欠如する場合の逮捕の適法性
判旨
逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合であっても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない
― 最高裁判所第二小法廷 昭和54年6月22日
最高裁は、逮捕の理由(嫌疑の相当性)が認められる場合であっても、逮捕の必要性は別個に判断されるべきであり、必要性が認められない場合には逮捕状の請求は却下されなければならないことを明確にした。
逮捕の必要性の判断にあたっては、被疑者の年齢・境遇、犯罪の軽重・態様、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれなど諸般の事情を総合考慮すべきであるとした。
ポイント解説
逮捕前置主義の意義(定義)
逮捕前置主義とは、被疑者を勾留するためには、その勾留に先立って同一事件について適法な逮捕手続を経ていなければならないという原則をいう。 「逮捕先行主義」と呼ばれることもある。条文上、これを直接定める明文はないが、刑訴法207条1項が勾留の請求を「逮捕された被疑者については」と規定していることから、逮捕を経ていない被疑者についてはいきなり勾留請求をすることができない、と解釈されている。
ポイントは「勾留の前に逮捕が必要」という時間的順序だけではない。逮捕前置主義が要求するのは、(1)逮捕が時間的に勾留に先行していること、(2)その逮捕が適法であること、(3)逮捕と勾留が同一の事件(被疑事実)についてのものであること、の三点である。とりわけ(3)の「同一事件であること」を支えるのが後述する事件単位の原則であり、両者は表裏一体の関係に立つ。
この原則の趣旨は以下の点に求められる。
- 段階的保障: 身体拘束を逮捕(短期:最大72時間)と勾留(長期:原則10日、延長で最大20日)の二段階に分け、各段階で司法審査を経ることにより、被疑者の身体の自由を段階的に保障する
- 二重の司法審査: 逮捕段階の裁判官による審査(逮捕状の発付)と勾留段階の裁判官による審査(勾留質問・勾留状の発付)という二重の司法審査を要求する
- 不当な長期拘束の防止: 逮捕から勾留への移行に際して改めて司法審査を経ることにより、安易な長期拘束を防止する
- 逮捕の不当な蒸し返しの防止: 同一事件についての身体拘束を逮捕・勾留として一連のものと把握することで、同じ事実による身体拘束の反復を抑制する
逮捕前置主義の根拠条文の読み方
刑訴法207条1項本文は、勾留の請求は「逮捕された被疑者については」これをしなければならないと定める。この文言を反対解釈すると、逮捕されていない被疑者についてはそもそも勾留請求の余地がないこととなり、ここから逮捕前置主義が導かれるというのが一般的な理解である。すなわち逮捕前置主義は、特定の一条文に明記された原則ではなく、勾留に関する諸規定の解釈から導かれる構造的原則である点に注意を要する。
逮捕の理由と逮捕の必要性の区別
逮捕の要件は、大別して逮捕の理由と逮捕の必要性の二つに分けられる。
逮捕の理由(刑訴法199条1項)とは、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由、すなわち嫌疑の相当性である。これは、逮捕の基本的要件として、犯罪の嫌疑が相当程度存在することを意味する。
逮捕の必要性(刑訴規則143条の3)とは、逃亡のおそれまたは罪証隠滅のおそれが認められることであり、逮捕の理由が存在する場合であっても、これらのおそれがない場合には逮捕は許されない。
本決定は、この二つの要件が別個独立のものであることを明確にし、逮捕の理由があっても必要性が認められない場合には逮捕状を発付できないことを確認した。
逮捕の必要性の考慮要素
本決定が示した逮捕の必要性の判断にあたっての考慮要素は以下のとおりである。
- 被疑者の年齢: 年少者や高齢者については身体拘束の影響が大きいことを考慮
- 被疑者の境遇: 住居の有無、職業の有無、家族関係、健康状態等
- 犯罪の軽重: 法定刑の重さ、刑事罰の見通し
- 犯罪の態様: 犯行の計画性、組織性、悪質性等
- 逃亡のおそれ: 住居の安定性、生活基盤の有無、出頭歴等
- 罪証隠滅のおそれ: 証拠の収集状況、共犯者との接触可能性、証拠の性質等
- その他諸般の事情: 被疑者の前科前歴、捜査の進捗状況等
刑訴規則143条の3の位置づけ
逮捕の必要性については、刑訴法自体には明文の規定がなく、刑訴規則143条の3に「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は逮捕状の請求を却下しなければならないと規定されている。
この規定の法的性質について、逮捕の必要性が逮捕の本質的要件であるか、それとも裁判官の裁量的判断事項であるかが問題となる。本決定は、逮捕の必要性を逮捕の適法性に関わる重要な要件として位置づけたものと解される。
学説・議論
逮捕前置主義の根拠
逮捕前置主義の根拠については、学説上以下の見解が主張されている。
- 段階的保障説(通説): 逮捕と勾留を二段階の身体拘束として構成し、各段階で司法審査を行うことにより、身体の自由の段階的保障を図るものである
- 実体的要件充足確認説: 逮捕を経ることにより勾留の実体的要件(罪証隠滅・逃亡のおそれ等)の存在を確認するための前置手続であるとする
- 捜査の必要性確保説: 逮捕による短期の身体拘束を経ることで、勾留請求のために必要な捜査を行う機会を保障するものであるとする
通説的見解は段階的保障説であり、憲法33条・34条の身体の自由の保障の趣旨を根拠とする。
逮捕の必要性と比例原則
逮捕の必要性の要件は、刑事手続における比例原則の表れとして位置づけられる。すなわち、身体の自由に対する重大な制約である逮捕は、その必要性が認められる場合にのみ許容され、任意捜査で目的を達成できる場合には強制処分たる逮捕は許されないとする考え方である。
この点について、必要性の判断は厳格にすべきとする見解と、捜査の実効性を考慮して柔軟に判断すべきとする見解が対立している。前者は被疑者の人権保障を重視し、後者は捜査の効率性を重視する。
逮捕の必要性と「明らかに」の文言
刑訴規則143条の3は、「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」という文言を用いている。この「明らかに」の要件は、逮捕の必要性の不存在が明白である場合にのみ却下すべきとの趣旨を含み、逮捕状の請求に対する裁判官の却下権限を限定する方向に機能しうる。
これに対して学説上は、「明らかに」の文言にもかかわらず、裁判官は逮捕の必要性を積極的に審査すべきとする見解が有力に主張されている。令状主義の趣旨を実質化するためには、裁判官の審査が形式的なものに留まるべきではないとする考え方に基づく。
事件単位の原則
事件単位の原則とは(定義)
事件単位の原則とは、逮捕・勾留の効力は、令状に記載された被疑事実(事件)を単位として及び、被疑者という「人」を単位として及ぶものではない、という原則をいう。 「被疑事実単位の原則」とも呼ばれる。これと対立する考え方が「人単位の原則(被疑者単位の原則)」であり、これは身体拘束の効力が被疑者という人格を単位として及び、その人が犯した一切の事実に効力が及ぶとする立場である。通説・実務は事件単位の原則を採用している。
たとえば、A事件(窃盗)で逮捕状の発付を受けて逮捕した場合、その逮捕の効力はA事件についてのみ生じる。仮に捜査機関が別個のB事件(傷害)についても嫌疑を抱いていたとしても、B事件についての逮捕状を別途得なければ、B事件を理由とする身体拘束はできない。これが事件単位の原則の基本的な帰結である。
事件単位の原則の根拠
事件単位の原則を直接定める明文規定は存在しない。もっとも、以下の諸点から、逮捕・勾留の効力は被疑事実を単位とするものと解されている。
- 令状主義(憲法33条・34条、刑訴法199条・200条・207条・64条等): 逮捕状・勾留状には「被疑事実の要旨」を記載することが要求されている。令状審査は具体的な被疑事実の存否(嫌疑の相当性)と、その事実についての必要性を対象として行われる。したがって、令状の効力もその記載された被疑事実の範囲に限定されると解するのが、令状主義の趣旨に整合する
- 逮捕・勾留の理由および必要性の判断構造: 逮捕の理由(嫌疑の相当性)も勾留の理由(刑訴法60条1項各号)も、特定の被疑事実を前提として判断される。罪証隠滅や逃亡のおそれも、当該事実との関係で具体的に判断される以上、効力もその事実を単位とすべきである
- 身体拘束期間の厳格な制限の潜脱防止: 刑訴法は逮捕・勾留の期間を厳格に制限している。人単位で効力が及ぶとすると、捜査機関は一個の身体拘束を利用して別事件の捜査を無制限に行えることになり、期間制限が空文化する
このように、事件単位の原則は令状主義(憲法33条・34条)の身体拘束への具体的な現れとして位置づけられる。
事件単位の原則から導かれる諸帰結
事件単位の原則を前提とすると、逮捕・勾留の運用について次のような帰結が導かれる。
- 逮捕前置主義との連動: 逮捕前置主義が要求する「逮捕の前置」は、勾留請求に係る被疑事実と同一の事実についての逮捕でなければならない。A事件で逮捕したのにB事件で勾留請求をすることは、B事件について逮捕を前置していないこととなり、原則として許されない(後述「逮捕前置主義と事件単位の原則の交錯」参照)
- 一罪一逮捕一勾留の原則: 同一の被疑事実については、逮捕・勾留は原則として一回しか許されない。同じ事実で繰り返し逮捕・勾留すること(再逮捕・再勾留)は、身体拘束期間の制限を潜脱するものとして原則的に禁止される(ただし新証拠の発見等、例外的に許容される場合があるとされる)
- 二重勾留(重複勾留)の可否: 別個の事件については、それぞれ別個に逮捕・勾留が可能であり、同一被疑者について複数の勾留が並行することもありうる。事件が異なる以上、効力も別個に生じるからである
- 余罪取調べの限界: 勾留の効力はその基礎となった被疑事実に及ぶにとどまる以上、勾留の基礎とされていない別事件(余罪)について、勾留を利用して取調べを行うことには限界があると解される(取調べ受忍義務の有無と関連する議論がある)
一罪一逮捕一勾留の原則
事件単位の原則の重要な派生原理が一罪一逮捕一勾留の原則である。これは、同一の被疑事実(一罪)については、逮捕も勾留もそれぞれ一回限りしか許されないという原則をいう。同一事実について逮捕・勾留を繰り返すことを認めると、捜査機関は身体拘束期間の制限を容易に潜脱でき、被疑者の身体の自由が不当に害されるからである。
ここでいう「一罪」の範囲をどう画するかが問題となる。実体法上の罪数(科刑上一罪・包括一罪等)と手続上の「事件」の単位が一致するかについては議論があるが、一般には実体法上の一罪を基準としつつ、社会的事実としての同一性も加味して判断すると説明される。常習一罪や包括一罪のように、複数の行為が実体法上一罪として評価される場合に、その一部について逮捕・勾留した後、残部について改めて逮捕・勾留できるかが具体的な論点となる。
再逮捕・再勾留の禁止と例外
一罪一逮捕一勾留の原則の帰結として、同一事実についての再逮捕・再勾留は原則として禁止される。もっとも、これを一切認めないと捜査上の支障が大きいため、例外的に許容される場合があると解されている。許容性の判断にあたっては、おおむね次のような要素が考慮される。
- 前の身体拘束との間に時間的間隔があり、再度の身体拘束を正当化する新たな事情(新証拠の発見等)があること
- 再度の身体拘束が捜査上真にやむを得ないものであること
- 身体拘束期間の不当な蒸し返し(実質的な期間制限の潜脱)にならないこと
なお、刑訴法199条3項および刑訴規則142条1項8号は、逮捕状の請求に際して同一事実についての前の逮捕状請求の有無等を記載・通知すべき旨を定めており、これは再逮捕が例外的に存在しうることを前提とした規定と理解されている。すなわち、再逮捕は当然に許されるわけではなく、上記のような厳格な要件のもとで例外的に認められるにすぎない。
「二重逮捕」という呼び方について
実務や受験界では、同一の被疑者に対する重複した身体拘束をまとめて「二重逮捕」と呼ぶことがある。ただしこの語は次の2つの異なる場面に使われるので、答案では使い分けが必要である。
| 呼ばれ方 | 中身 | 原則の可否 |
|---|---|---|
| 同一事実についての二重逮捕(=再逮捕) | A事件で逮捕・釈放した後、再びA事件で逮捕する | 一罪一逮捕一勾留の原則により原則不可。新証拠等の例外要件を満たす場合に限り可 |
| 別事実についての二重逮捕(=重複逮捕) | A事件で逮捕・勾留中の被疑者を、並行してB事件でも逮捕する | 事件単位の原則から別事実であれば可能。ただしB事件の逮捕の必要性は独自に審査される |
前者は身体拘束期間の潜脱が問題になるのに対し、後者は各事件ごとに独立の司法審査を経ている以上、身体拘束が重なること自体は違法ではない。問題文で「二重逮捕」という言葉が出たら、まず同一事実か別事実かを認定するところから始めるとよい。
逮捕前置主義と事件単位の原則の交錯
逮捕前置主義と事件単位の原則を組み合わせると、次のような帰結が導かれる。
A事件で適法に逮捕された被疑者について、A事件で勾留請求するのは適法である。しかし、A事件で逮捕した被疑者について、A事件では勾留請求せず、逮捕していないB事件についてのみ勾留請求することは、B事件について逮捕を前置していないことになり、逮捕前置主義に反して許されない。
このように、逮捕前置主義における「逮捕」と「勾留」の同一性は、事件単位の原則によって「被疑事実の同一性」として具体化される。両原則は、別件逮捕・勾留の違法性を論じる際の理論的基礎をなす。すなわち、軽微なA事件(別件)で逮捕・勾留しながら、実質的には令状の出ていない重大なB事件(本件)の取調べを目的とする「別件逮捕・勾留」は、事件単位の原則および逮捕前置主義の潜脱として問題となる(別件逮捕・勾留の詳細は関連記事参照)。
例外的に問題となる場面
逮捕後に勾留請求をする際、勾留の被疑事実を逮捕の被疑事実とどこまで一致させる必要があるかについては、次のような場面が議論される。
- 事実の同一性が保たれる範囲での変動: 逮捕後の捜査により事実関係がより具体的に判明し、罪名や事実の細部に変動が生じた場合でも、社会的事実としての同一性が保たれる限りは、なお同一事件についての勾留請求として適法と解される
- 逮捕事実と勾留事実が全く別個の場合: 逮捕事実と勾留事実に同一性が認められない場合には、勾留事実については逮捕前置を欠くこととなり、勾留請求は却下されるべきである
- 複数事実で逮捕し一部事実で勾留する場合: 複数の被疑事実で逮捕した後、その一部についてのみ勾留請求することは、当該事実について逮捕を前置している以上、原則として適法と解される
判例の射程
通常逮捕以外の逮捕類型への射程
本決定は通常逮捕(刑訴法199条)に関するものであるが、その射程は現行犯逮捕(刑訴法212条・213条)や緊急逮捕(刑訴法210条)にも及ぶかが問題となる。
現行犯逮捕については、犯行の現認という強い嫌疑に基づくものであり、必要性の判断は通常逮捕と異なる面がある。もっとも、現行犯逮捕においても逮捕の必要性が全く不要であるとは解されず、明らかに逃亡や罪証隠滅のおそれがなく、被疑者が任意に出頭する意思を示している場合には、現行犯逮捕の必要性も否定されうると考えられている。
緊急逮捕については、その性質上、急速を要する場面で行われるものであり、必要性の判断は事後的に裁判官によってなされる。
勾留の必要性との関係
逮捕の必要性と勾留の必要性(刑訴法60条1項各号・87条1項)は、いずれも身体拘束の必要性に関するものであるが、判断の時点と基準が異なる。逮捕は捜査の初期段階における短期の身体拘束であり、勾留はより長期の身体拘束である。勾留の必要性はより厳格に判断されるべきであるとする見解が有力である。
在宅捜査との関係
逮捕の必要性の判断は、在宅捜査の可否の問題と裏表の関係にある。すなわち、逮捕の必要性が否定される場合には、在宅のまま任意捜査を遂行すべきこととなる。在宅捜査における被疑者の出頭確保や証拠保全の方策が十分に整備されることにより、不必要な逮捕を抑制することが可能となる。
反対意見・補足意見
本決定には特段の反対意見・補足意見は付されていない。もっとも、逮捕の必要性の判断に関しては下級審裁判例において判断が分かれることがあり、事案ごとの具体的事実関係に応じた判断が求められている。
実務上は、逮捕状請求に対する却下率は極めて低いとされており、逮捕の必要性に対する裁判官の審査が実質的に機能しているかについては、制度運用上の課題として指摘されている。
試験対策での位置づけ
逮捕前置主義と逮捕の必要性は、司法試験・予備試験の刑事訴訟法において基本的かつ重要な論点である。逮捕・勾留に関する問題は頻出であり、逮捕前置主義の趣旨を問う基礎的な出題から、逮捕の必要性の具体的判断を問う応用的な出題まで幅広い。主な出題パターンとしては、(1)逮捕前置主義の趣旨と例外の有無、(2)逮捕の理由と逮捕の必要性の区別、(3)逮捕の必要性の具体的判断基準、(4)逮捕前置主義違反の勾留の効力、(5)在宅捜査の可否と逮捕の必要性の関係、が挙げられる。基本概念の正確な理解が答案の前提となるため、定義と趣旨を正確に述べることが重要である。
答案での使い方
論証パターン
「逮捕前置主義とは、勾留の請求に先立って被疑者を適法に逮捕していることを要するという原則をいう(刑訴法207条1項)。その趣旨は、身体拘束を逮捕と勾留の二段階に分け、各段階で司法審査を経ることにより、被疑者の身体の自由を段階的に保障する点にある。逮捕の要件としては、逮捕の理由(嫌疑の相当性)に加えて、逮捕の必要性(逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれ)が要求される(刑訴規則143条の3)。逮捕状の請求を受けた裁判官は、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない(最決昭54.6.22)。」
答案記述例
「本件では、Xは定まった住居を有し安定した職業に就いており、捜査機関からの出頭要請にも全て応じてきた。また、本件犯罪の証拠は既に大部分が収集済みであり、Xが罪証を隠滅する現実的可能性は乏しい。犯罪の軽重についても、業務上横領の被害額は比較的少額であり、実刑が見込まれる事案とはいえない。これらの諸般の事情に照らせば、Xには逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもなく、逮捕の必要性は認められない。したがって、本件逮捕は刑訴規則143条の3に違反し、違法というべきである。」
事件単位の原則・逮捕前置主義の論証パターン
事件単位の原則および逮捕前置主義は、別件逮捕・勾留や、逮捕事実と勾留事実の同一性が問題となる事案で論じることが多い。
「逮捕・勾留の効力は、令状に記載された被疑事実を単位として及ぶと解すべきである(事件単位の原則)。なぜなら、逮捕状・勾留状には被疑事実の要旨の記載が要求され、令状審査も具体的な被疑事実を対象として行われるのであって(令状主義、憲法33条・34条)、その効力もまた当該被疑事実の範囲に限られると解するのが令状主義の趣旨に合致するからである。また、逮捕前置主義(刑訴法207条1項)は、勾留に先立ち同一事件について適法な逮捕を経ていることを要求するところ、ここでいう同一性は事件単位の原則により被疑事実の同一性として把握される。」
あてはめ例(逮捕前置主義と事件単位の原則)
「本件において、捜査機関は軽微なA事件(窃盗)について逮捕状を得てXを逮捕しているが、勾留請求はもっぱら重大なB事件(強盗)についてなされている。事件単位の原則によれば、A事件の逮捕の効力はA事件についてのみ及び、B事件には及ばない。そうすると、B事件についての勾留請求は、B事件について適法な逮捕を前置していないこととなり、逮捕前置主義に反する。したがって、B事件を被疑事実とする勾留請求は却下されるべきである。」
重要概念の整理
| 概念 | 逮捕の理由 | 逮捕の必要性 |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 刑訴法199条1項 | 刑訴規則143条の3 |
| 内容 | 犯罪の嫌疑の相当性 | 逃亡・罪証隠滅のおそれ |
| 判断主体 | 裁判官 | 裁判官 |
| 効果(欠如の場合) | 逮捕状の不発付 | 逮捕状の請求却下 |
| 逮捕類型 | 根拠条文 | 令状の要否 | 必要性の判断時期 |
|---|---|---|---|
| 通常逮捕 | 刑訴法199条 | 事前の令状必要 | 逮捕状発付時 |
| 現行犯逮捕 | 刑訴法212条・213条 | 令状不要 | 逮捕時 |
| 緊急逮捕 | 刑訴法210条 | 事後の令状必要 | 逮捕時・令状請求時 |
| 比較項目 | 逮捕前置主義 | 令状主義 |
|---|---|---|
| 内容 | 勾留に先立ち逮捕を要する | 身体拘束に裁判官の令状を要する |
| 趣旨 | 段階的保障・二重の司法審査 | 司法的抑制 |
| 根拠 | 刑訴法207条1項 | 憲法33条・34条 |
| 例外 | 勾留状発付時の被疑者出頭(論争あり) | 現行犯逮捕 |
| 比較項目 | 事件単位の原則(通説・実務) | 人単位の原則 |
|---|---|---|
| 効力の単位 | 被疑事実(事件)ごと | 被疑者(人)ごと |
| 別事件への効力 | 及ばない(別途令状が必要) | 及ぶ |
| 根拠 | 令状主義・被疑事実の要旨記載 | 身体拘束の事実上の効果 |
| 再逮捕・再勾留 | 同一事実につき原則禁止(一罪一逮捕一勾留) | 制約が緩やか |
| 採否 | 採用される | 採用されない |
| 規律の側面 | 逮捕前置主義 | 事件単位の原則 |
|---|---|---|
| 規律の対象 | 逮捕と勾留の時間的・段階的順序 | 逮捕・勾留の効力が及ぶ事実の範囲 |
| 問う内容 | 勾留の前に適法な逮捕があるか | その逮捕・勾留はどの事実についてか |
| 典型的論点 | 逮捕を経ない勾留の可否 | 別件逮捕・勾留、再逮捕・再勾留 |
| 両者の接点 | 「同一事件」の逮捕前置が必要 | その「同一性」を被疑事実で画する |
発展的考察
逮捕の必要性をめぐる議論は、近年の身体拘束に関する制度改革論と密接に関連している。我が国の刑事司法においては、逮捕状の請求に対する却下率が極めて低い水準に留まっていることが繰り返し指摘されている。この現状は、逮捕の必要性に対する裁判官の審査が十分に機能していないのではないかとの疑問を生じさせる。諸外国では、身体拘束の代替手段(保釈金、GPS監視、接触禁止命令等)が逮捕段階から積極的に活用されており、不必要な身体拘束を回避する方策が制度的に整備されている。我が国においても、逮捕の必要性の審査の実質化とともに、逮捕に代わる手段の多様化が検討課題として浮上している。また、被疑者が任意に出頭している場合や在宅での捜査が十分に可能な場合に、なお逮捕が行われる実務慣行に対しては批判的な見解が根強い。
よくある質問
Q1: 逮捕前置主義に例外はありますか。
逮捕前置主義の例外として認められているのは、被疑者が勾留質問の期日に任意に出頭した場合(刑訴法207条1項ただし書参照の趣旨から導く見解あり)であるが、この点については争いがある。通説は、逮捕前置主義には原則として例外はなく、適法な逮捕を経ない勾留は許されないとする。もっとも、現行犯逮捕後に逮捕手続に瑕疵があった場合の勾留の可否など、逮捕前置主義の適用が問題となる場面は多岐にわたる。
Q2: 逮捕の必要性が欠如していた場合、その後の勾留はどうなりますか。
逮捕の必要性が欠如し逮捕が違法である場合、逮捕前置主義の趣旨からは、その後の勾留も違法となりうる。逮捕前置主義は適法な逮捕を前提とするものであり、違法な逮捕を前置としてなされた勾留請求は却下すべきとの見解が有力である。もっとも、逮捕の違法の程度に応じて勾留の適法性を判断すべきとする見解もある。
Q3: 逮捕の必要性はどの程度厳格に判断されますか。
刑訴規則143条の3は「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」と規定しており、文言上は逮捕の必要性の不存在が明白な場合に限り却下するという趣旨にも読める。実務上は、逮捕状請求に対する却下率は極めて低く、逮捕の必要性の審査が緩やかに運用されているとの指摘がある。学説上は、裁判官がより積極的に必要性を審査すべきとする見解が有力である。
Q4: 逮捕の理由と逮捕の必要性はどのような関係にありますか。
両者は別個独立の要件であり、逮捕の理由(嫌疑の相当性)が認められても、逮捕の必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ)が認められなければ逮捕は許されない。逆に、形式的に逮捕の必要性がある場合でも、逮捕の理由が欠ければ逮捕状は発付されない。両要件が共に充たされて初めて逮捕が適法となる。
Q5: 微罪の場合でも逮捕の必要性は認められますか。
犯罪の軽重は逮捕の必要性の判断において考慮される重要な要素の一つである。法定刑が軽微な犯罪の場合には、身体拘束の不利益と犯罪の重大性との均衡を欠くおそれがあり、逮捕の必要性はより慎重に判断されるべきである。刑訴法199条1項ただし書は、30万円以下の罰金等に当たる罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合または正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限り逮捕状を請求できると規定しており、微罪について逮捕の必要性が類型的に限定されている。
Q6: 事件単位の原則とは何ですか。人単位の原則とどう違いますか。
事件単位の原則とは、逮捕・勾留の効力が「人」ではなく「被疑事実(事件)」を単位として及ぶとする原則である。これに対し人単位の原則は、効力が被疑者という人を単位として及び、その人が犯した一切の事実に及ぶとする立場である。通説・実務は事件単位の原則を採用している。逮捕状・勾留状に被疑事実の要旨の記載が要求され、令状審査も具体的な被疑事実を対象として行われる以上(令状主義)、その効力も記載された被疑事実の範囲に限られると解するのが整合的だからである。
Q7: 事件単位の原則と逮捕前置主義はどう関係しますか。
逮捕前置主義は「勾留の前に適法な逮捕を経ること」を要求するが、その逮捕は勾留請求に係る被疑事実と同一の事実についてのものでなければならない。この「同一性」を被疑事実を基準として画するのが事件単位の原則である。したがって、A事件で逮捕したのにB事件でのみ勾留請求をすると、B事件について逮捕を前置していないことになり、逮捕前置主義に反する。両原則は別件逮捕・勾留の違法性を論じる際の理論的基礎をなす。
Q8: 一罪一逮捕一勾留の原則とは何ですか。
事件単位の原則の派生原理であり、同一の被疑事実(一罪)については逮捕も勾留もそれぞれ一回限りしか許されないという原則である。同一事実で身体拘束を繰り返すと身体拘束期間の厳格な制限を潜脱できてしまうため、これを防ぐ趣旨である。もっとも、新証拠の発見等の新たな事情があり、再度の身体拘束が真にやむを得ず、期間制限の不当な蒸し返しにならない場合には、例外的に再逮捕・再勾留が許容されうると解されている。刑訴法199条3項・刑訴規則142条1項8号が前の逮捕状請求の有無等の記載を求めているのは、再逮捕が例外的に存在しうることを前提とした規定と理解される。
関連条文
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。
― 刑事訴訟法 第199条1項
前三条の規定による勾留の請求は、逮捕された被疑者については、被疑者を受け取つた時から(中略)これをしなければならない。
― 刑事訴訟法 第207条1項
関連判例
- 別件逮捕・勾留の適法性 - 逮捕の適法性と令状主義の潜脱
- 任意同行と実質的逮捕 - 任意捜査と強制捜査の限界
- 接見交通権の保障 - 身体拘束中の防御権保障
まとめ
逮捕前置主義と逮捕の必要性に関する最決昭54.6.22は、逮捕の要件として逮捕の理由(嫌疑の相当性)と逮捕の必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ)が別個独立のものであることを明確にし、逮捕の必要性が認められない場合には裁判官が逮捕状の請求を却下すべきことを示した重要判例である。逮捕前置主義は、身体拘束を逮捕と勾留の二段階に分けて段階的に保障するという趣旨に基づくものであり、逮捕の必要性の審査はその第一段階における司法的抑制として極めて重要な機能を担っている。逮捕の必要性の判断に際しては、被疑者の年齢・境遇、犯罪の軽重・態様、逃亡や罪証隠滅のおそれの有無等の諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、不必要な身体拘束を防止する観点から、裁判官の実質的な審査が求められている。
そして、逮捕前置主義が要求する「逮捕の前置」は、勾留請求に係る被疑事実と同一の事実についてのものでなければならず、この同一性を被疑事実を基準として画するのが事件単位の原則である。事件単位の原則は、逮捕・勾留の効力が「人」ではなく「被疑事実(事件)」を単位として及ぶとする令状主義の帰結であり、一罪一逮捕一勾留の原則や再逮捕・再勾留の禁止、別件逮捕・勾留の違法性論の理論的基礎をなす。逮捕前置主義が身体拘束の「時間的・段階的」側面を、事件単位の原則が「対象(範囲)的」側面を規律するという関係を正確に理解することが、刑事訴訟法の身体拘束分野を答案で論じるうえでの出発点となる。
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