/ 刑事訴訟法

【判例】逮捕前置主義と逮捕の必要性(最決昭54.6.22)

逮捕前置主義と逮捕の必要性に関する最決昭54.6.22を詳細に解説。逮捕前置主義の趣旨、逮捕の必要性の判断基準、勾留との関係について、学説・判例の議論を網羅的に分析します。

この判例のポイント

逮捕前置主義とは、勾留の請求に先立って被疑者を適法に逮捕していることを要するという原則であり、被疑者の身体の自由を段階的に保障する趣旨に基づく。 最決昭54.6.22は、逮捕の必要性(逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれ)の判断基準を明らかにし、逮捕の必要性が認められない場合には逮捕状の請求が却下されるべきことを示した重要判例である。


事案の概要

被疑者Xは、業務上横領事件の嫌疑を受けていた。捜査機関はXに対する逮捕状を請求し、裁判官がこれを発付した。Xは逮捕状により逮捕され、引き続き勾留請求がなされた。

Xの弁護人は、Xには逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもなく、逮捕の必要性が欠如していたと主張し、逮捕の適法性を争った。具体的には、Xは定まった住居を有し、職業を有する者であって、出頭の求めにも応じていた。また、事件の証拠はすでに大部分が収集済みであり、Xが罪証を隠滅する現実的な可能性は乏しかった。

問題は、逮捕の必要性の判断にあたって、どのような事情を考慮すべきか、また逮捕の必要性が欠如する場合に逮捕が違法となるかという点にあった。


争点

  • 逮捕の必要性の意義と判断基準
  • 逮捕前置主義の趣旨と逮捕の必要性の関係
  • 逮捕の必要性が欠如する場合の逮捕の適法性

判旨

逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合であっても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない

― 最高裁判所第二小法廷 昭和54年6月22日

最高裁は、逮捕の理由(嫌疑の相当性)が認められる場合であっても、逮捕の必要性は別個に判断されるべきであり、必要性が認められない場合には逮捕状の請求は却下されなければならないことを明確にした。

逮捕の必要性の判断にあたっては、被疑者の年齢・境遇、犯罪の軽重・態様、逃亡のおそれ、罪証隠滅のおそれなど諸般の事情を総合考慮すべきであるとした。


ポイント解説

逮捕前置主義の意義

逮捕前置主義とは、勾留に先立って適法な逮捕手続を経ることを要するという原則である(刑訴法207条1項)。この原則の趣旨は以下の点に求められる。

  • 段階的保障: 身体拘束を逮捕(短期)と勾留(長期)の二段階に分け、各段階で司法審査を経ることにより、被疑者の身体の自由を段階的に保障する
  • 二重の司法審査: 逮捕段階の裁判官による審査(逮捕状の発付)と勾留段階の裁判官による審査(勾留質問・勾留状の発付)という二重の司法審査を要求する
  • 不当な長期拘束の防止: 逮捕から勾留への移行に際して改めて司法審査を経ることにより、安易な長期拘束を防止する

逮捕の理由と逮捕の必要性の区別

逮捕の要件は、大別して逮捕の理由逮捕の必要性の二つに分けられる。

逮捕の理由(刑訴法199条1項)とは、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由、すなわち嫌疑の相当性である。これは、逮捕の基本的要件として、犯罪の嫌疑が相当程度存在することを意味する。

逮捕の必要性(刑訴規則143条の3)とは、逃亡のおそれまたは罪証隠滅のおそれが認められることであり、逮捕の理由が存在する場合であっても、これらのおそれがない場合には逮捕は許されない。

本決定は、この二つの要件が別個独立のものであることを明確にし、逮捕の理由があっても必要性が認められない場合には逮捕状を発付できないことを確認した。

逮捕の必要性の考慮要素

本決定が示した逮捕の必要性の判断にあたっての考慮要素は以下のとおりである。

  • 被疑者の年齢: 年少者や高齢者については身体拘束の影響が大きいことを考慮
  • 被疑者の境遇: 住居の有無、職業の有無、家族関係、健康状態等
  • 犯罪の軽重: 法定刑の重さ、刑事罰の見通し
  • 犯罪の態様: 犯行の計画性、組織性、悪質性等
  • 逃亡のおそれ: 住居の安定性、生活基盤の有無、出頭歴等
  • 罪証隠滅のおそれ: 証拠の収集状況、共犯者との接触可能性、証拠の性質等
  • その他諸般の事情: 被疑者の前科前歴、捜査の進捗状況等

刑訴規則143条の3の位置づけ

逮捕の必要性については、刑訴法自体には明文の規定がなく、刑訴規則143条の3に「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は逮捕状の請求を却下しなければならないと規定されている。

この規定の法的性質について、逮捕の必要性が逮捕の本質的要件であるか、それとも裁判官の裁量的判断事項であるかが問題となる。本決定は、逮捕の必要性を逮捕の適法性に関わる重要な要件として位置づけたものと解される。


学説・議論

逮捕前置主義の根拠

逮捕前置主義の根拠については、学説上以下の見解が主張されている。

  • 段階的保障説(通説): 逮捕と勾留を二段階の身体拘束として構成し、各段階で司法審査を行うことにより、身体の自由の段階的保障を図るものである
  • 実体的要件充足確認説: 逮捕を経ることにより勾留の実体的要件(罪証隠滅・逃亡のおそれ等)の存在を確認するための前置手続であるとする
  • 捜査の必要性確保説: 逮捕による短期の身体拘束を経ることで、勾留請求のために必要な捜査を行う機会を保障するものであるとする

通説的見解は段階的保障説であり、憲法33条・34条の身体の自由の保障の趣旨を根拠とする。

逮捕の必要性と比例原則

逮捕の必要性の要件は、刑事手続における比例原則の表れとして位置づけられる。すなわち、身体の自由に対する重大な制約である逮捕は、その必要性が認められる場合にのみ許容され、任意捜査で目的を達成できる場合には強制処分たる逮捕は許されないとする考え方である。

この点について、必要性の判断は厳格にすべきとする見解と、捜査の実効性を考慮して柔軟に判断すべきとする見解が対立している。前者は被疑者の人権保障を重視し、後者は捜査の効率性を重視する。

逮捕の必要性と「明らかに」の文言

刑訴規則143条の3は、「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」という文言を用いている。この「明らかに」の要件は、逮捕の必要性の不存在が明白である場合にのみ却下すべきとの趣旨を含み、逮捕状の請求に対する裁判官の却下権限を限定する方向に機能しうる。

これに対して学説上は、「明らかに」の文言にもかかわらず、裁判官は逮捕の必要性を積極的に審査すべきとする見解が有力に主張されている。令状主義の趣旨を実質化するためには、裁判官の審査が形式的なものに留まるべきではないとする考え方に基づく。


判例の射程

通常逮捕以外の逮捕類型への射程

本決定は通常逮捕(刑訴法199条)に関するものであるが、その射程は現行犯逮捕(刑訴法212条・213条)や緊急逮捕(刑訴法210条)にも及ぶかが問題となる。

現行犯逮捕については、犯行の現認という強い嫌疑に基づくものであり、必要性の判断は通常逮捕と異なる面がある。もっとも、現行犯逮捕においても逮捕の必要性が全く不要であるとは解されず、明らかに逃亡や罪証隠滅のおそれがなく、被疑者が任意に出頭する意思を示している場合には、現行犯逮捕の必要性も否定されうると考えられている。

緊急逮捕については、その性質上、急速を要する場面で行われるものであり、必要性の判断は事後的に裁判官によってなされる。

勾留の必要性との関係

逮捕の必要性と勾留の必要性(刑訴法60条1項各号・87条1項)は、いずれも身体拘束の必要性に関するものであるが、判断の時点と基準が異なる。逮捕は捜査の初期段階における短期の身体拘束であり、勾留はより長期の身体拘束である。勾留の必要性はより厳格に判断されるべきであるとする見解が有力である。

在宅捜査との関係

逮捕の必要性の判断は、在宅捜査の可否の問題と裏表の関係にある。すなわち、逮捕の必要性が否定される場合には、在宅のまま任意捜査を遂行すべきこととなる。在宅捜査における被疑者の出頭確保や証拠保全の方策が十分に整備されることにより、不必要な逮捕を抑制することが可能となる。


反対意見・補足意見

本決定には特段の反対意見・補足意見は付されていない。もっとも、逮捕の必要性の判断に関しては下級審裁判例において判断が分かれることがあり、事案ごとの具体的事実関係に応じた判断が求められている。

実務上は、逮捕状請求に対する却下率は極めて低いとされており、逮捕の必要性に対する裁判官の審査が実質的に機能しているかについては、制度運用上の課題として指摘されている。


試験対策での位置づけ

逮捕前置主義と逮捕の必要性は、司法試験・予備試験の刑事訴訟法において基本的かつ重要な論点である。逮捕・勾留に関する問題は頻出であり、逮捕前置主義の趣旨を問う基礎的な出題から、逮捕の必要性の具体的判断を問う応用的な出題まで幅広い。主な出題パターンとしては、(1)逮捕前置主義の趣旨と例外の有無、(2)逮捕の理由と逮捕の必要性の区別、(3)逮捕の必要性の具体的判断基準、(4)逮捕前置主義違反の勾留の効力、(5)在宅捜査の可否と逮捕の必要性の関係、が挙げられる。基本概念の正確な理解が答案の前提となるため、定義と趣旨を正確に述べることが重要である。


答案での使い方

論証パターン

逮捕前置主義とは、勾留の請求に先立って被疑者を適法に逮捕していることを要するという原則をいう(刑訴法207条1項)。その趣旨は、身体拘束を逮捕と勾留の二段階に分け、各段階で司法審査を経ることにより、被疑者の身体の自由を段階的に保障する点にある。逮捕の要件としては、逮捕の理由(嫌疑の相当性)に加えて、逮捕の必要性(逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれ)が要求される(刑訴規則143条の3)。逮捕状の請求を受けた裁判官は、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない(最決昭54.6.22)。」

答案記述例

「本件では、Xは定まった住居を有し安定した職業に就いており、捜査機関からの出頭要請にも全て応じてきた。また、本件犯罪の証拠は既に大部分が収集済みであり、Xが罪証を隠滅する現実的可能性は乏しい。犯罪の軽重についても、業務上横領の被害額は比較的少額であり、実刑が見込まれる事案とはいえない。これらの諸般の事情に照らせば、Xには逃亡のおそれも罪証隠滅のおそれもなく、逮捕の必要性は認められない。したがって、本件逮捕は刑訴規則143条の3に違反し、違法というべきである。」


重要概念の整理

概念 逮捕の理由 逮捕の必要性 根拠条文 刑訴法199条1項 刑訴規則143条の3 内容 犯罪の嫌疑の相当性 逃亡・罪証隠滅のおそれ 判断主体 裁判官 裁判官 効果(欠如の場合) 逮捕状の不発付 逮捕状の請求却下
逮捕類型 根拠条文 令状の要否 必要性の判断時期 通常逮捕 刑訴法199条 事前の令状必要 逮捕状発付時 現行犯逮捕 刑訴法212条・213条 令状不要 逮捕時 緊急逮捕 刑訴法210条 事後の令状必要 逮捕時・令状請求時
比較項目 逮捕前置主義 令状主義 内容 勾留に先立ち逮捕を要する 身体拘束に裁判官の令状を要する 趣旨 段階的保障・二重の司法審査 司法的抑制 根拠 刑訴法207条1項 憲法33条・34条 例外 勾留状発付時の被疑者出頭(論争あり) 現行犯逮捕

発展的考察

逮捕の必要性をめぐる議論は、近年の身体拘束に関する制度改革論と密接に関連している。我が国の刑事司法においては、逮捕状の請求に対する却下率が極めて低い水準に留まっていることが繰り返し指摘されている。この現状は、逮捕の必要性に対する裁判官の審査が十分に機能していないのではないかとの疑問を生じさせる。諸外国では、身体拘束の代替手段(保釈金、GPS監視、接触禁止命令等)が逮捕段階から積極的に活用されており、不必要な身体拘束を回避する方策が制度的に整備されている。我が国においても、逮捕の必要性の審査の実質化とともに、逮捕に代わる手段の多様化が検討課題として浮上している。また、被疑者が任意に出頭している場合や在宅での捜査が十分に可能な場合に、なお逮捕が行われる実務慣行に対しては批判的な見解が根強い。


よくある質問

Q1: 逮捕前置主義に例外はありますか。

逮捕前置主義の例外として認められているのは、被疑者が勾留質問の期日に任意に出頭した場合(刑訴法207条1項ただし書参照の趣旨から導く見解あり)であるが、この点については争いがある。通説は、逮捕前置主義には原則として例外はなく、適法な逮捕を経ない勾留は許されないとする。もっとも、現行犯逮捕後に逮捕手続に瑕疵があった場合の勾留の可否など、逮捕前置主義の適用が問題となる場面は多岐にわたる。

Q2: 逮捕の必要性が欠如していた場合、その後の勾留はどうなりますか。

逮捕の必要性が欠如し逮捕が違法である場合、逮捕前置主義の趣旨からは、その後の勾留も違法となりうる。逮捕前置主義は適法な逮捕を前提とするものであり、違法な逮捕を前置としてなされた勾留請求は却下すべきとの見解が有力である。もっとも、逮捕の違法の程度に応じて勾留の適法性を判断すべきとする見解もある。

Q3: 逮捕の必要性はどの程度厳格に判断されますか。

刑訴規則143条の3は「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」と規定しており、文言上は逮捕の必要性の不存在が明白な場合に限り却下するという趣旨にも読める。実務上は、逮捕状請求に対する却下率は極めて低く、逮捕の必要性の審査が緩やかに運用されているとの指摘がある。学説上は、裁判官がより積極的に必要性を審査すべきとする見解が有力である。

Q4: 逮捕の理由と逮捕の必要性はどのような関係にありますか。

両者は別個独立の要件であり、逮捕の理由(嫌疑の相当性)が認められても、逮捕の必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ)が認められなければ逮捕は許されない。逆に、形式的に逮捕の必要性がある場合でも、逮捕の理由が欠ければ逮捕状は発付されない。両要件が共に充たされて初めて逮捕が適法となる。

Q5: 微罪の場合でも逮捕の必要性は認められますか。

犯罪の軽重は逮捕の必要性の判断において考慮される重要な要素の一つである。法定刑が軽微な犯罪の場合には、身体拘束の不利益と犯罪の重大性との均衡を欠くおそれがあり、逮捕の必要性はより慎重に判断されるべきである。刑訴法199条1項ただし書は、30万円以下の罰金等に当たる罪については、被疑者が定まった住居を有しない場合または正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限り逮捕状を請求できると規定しており、微罪について逮捕の必要性が類型的に限定されている。


関連条文

検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。

― 刑事訴訟法 第199条1項

前三条の規定による勾留の請求は、逮捕された被疑者については、被疑者を受け取つた時から(中略)これをしなければならない。

― 刑事訴訟法 第207条1項


関連判例


まとめ

逮捕前置主義と逮捕の必要性に関する最決昭54.6.22は、逮捕の要件として逮捕の理由(嫌疑の相当性)と逮捕の必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ)が別個独立のものであることを明確にし、逮捕の必要性が認められない場合には裁判官が逮捕状の請求を却下すべきことを示した重要判例である。逮捕前置主義は、身体拘束を逮捕と勾留の二段階に分けて段階的に保障するという趣旨に基づくものであり、逮捕の必要性の審査はその第一段階における司法的抑制として極めて重要な機能を担っている。逮捕の必要性の判断に際しては、被疑者の年齢・境遇、犯罪の軽重・態様、逃亡や罪証隠滅のおそれの有無等の諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、不必要な身体拘束を防止する観点から、裁判官の実質的な審査が求められている。

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