【判例】国選弁護人の権限と義務(最判平17.11.29)
国選弁護人の権限と義務に関する最判平17.11.29を解説。国選弁護人の独立性と被告人の意思との関係、誠実義務の内容、弁護活動の限界について詳しく分析します。
国選弁護人とは(端的な定義)
国選弁護人とは、被告人または被疑者が貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができない場合に、その請求により(または法律上の要件を満たす場合に職権で)、国の費用負担のもとで裁判所または裁判官が選任する弁護人をいう。 私選弁護人(被告人・被疑者と弁護人との委任契約に基づく弁護人)と対をなす概念であり、その費用は原則として国庫が負担する。
国選弁護人制度は、憲法37条3項後段が保障する「被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」という権利を具体化したものである。経済的理由その他の事由で弁護人を選任できない者にも実質的な弁護を受ける権利を保障し、当事者対等(武器対等)の原則を実現するための制度的担保である。
本記事では、(1) 国選弁護人の定義と制度趣旨、(2) 国選弁護人選任の要件(被告人段階・被疑者段階)、(3) 控訴審(上訴審)における国選弁護人の取扱い、(4) 国選弁護人の権限・義務をめぐる重要判例(最判平17.11.29)を、検索意図に正面から答える形で順に解説する。
この判例のポイント
国選弁護人は、被告人の正当な利益を擁護するために誠実に弁護活動を行う義務を負うが、被告人の意向に無条件に従うべきものではなく、法律専門家としての独立した判断に基づいて弁護方針を決定する裁量を有する。 もっとも、被告人の明示的な意思に反して被告人に不利益な訴訟行為を行うことは許されない。国選弁護人の権限と義務の範囲を明らかにした重要判例である。
国選弁護人の要件(選任の要件)
「国選弁護人 要件」という検索意図に正面から答える。国選弁護人がどのような場合に選任されるかは、被告人段階と被疑者段階、さらに請求による場合と職権による場合で整理する必要がある。
被告人に対する国選弁護人の要件
被告人に国選弁護人が選任されるのは、大きく分けて次の三つの場合である。
第一に、請求による選任(刑訴法36条)。 「被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないとき」は、裁判所はその請求により、被告人のため弁護人を附さなければならない。条文上の要件は、(1) 被告人からの請求があること、(2) 「貧困その他の事由」により弁護人を選任できないことである。「貧困その他の事由」は経済的理由に限られず、適当な私選弁護人が見つからないなどの事情も含むと解されている。
なお、一定額(法定の基準額)以上の資力を有する被告人については、あらかじめ弁護士会に対して私選弁護人の選任申出をしていることが請求の前提となる場合がある(資力に応じた段階的な制度設計)。請求にあたっては資力申告書の提出が求められる(刑訴法36条の2、36条の3)。
第二に、職権による選任(裁量的国選、刑訴法37条)。 被告人の請求がなくても、(1) 被告人が未成年者であるとき、(2) 被告人が年齢70年以上であるとき、(3) 被告人が耳の聞こえない者または口のきけない者であるとき、(4) 被告人が心神喪失または心神耗弱の疑いがあるとき、(5) その他必要と認めるとき、裁判所は職権で弁護人を附することができる。これは「することができる」と規定されており、裁判所の裁量に委ねられている。
第三に、必要的弁護事件における選任(刑訴法289条)。 死刑または無期もしくは長期3年を超える懲役・禁錮にあたる事件(必要的弁護事件)を審理する場合には、弁護人がなければ開廷することができない。弁護人がないとき、または出頭しないときは、裁判長は職権で弁護人を附さなければならない。この場合は被告人の請求も資力要件も不要であり、手続の適正を確保するための国選である点に特色がある。すなわち、ここでの国選は被告人の経済的事情のためではなく、重大事件における審理の適正・公正を担保するための制度である。
被疑者に対する国選弁護人の要件(被疑者国選)
捜査段階の被疑者についても、一定の場合に国選弁護人が選任される(被疑者国選弁護制度)。
被疑者国選の中心的要件は、(1) 被疑者が勾留されていること、(2) 被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないこと、(3) 被疑者の請求があること、である(刑訴法37条の2)。被疑者段階では「勾留状が発せられている」ことが基本的な前提となる点が、被告人国選との大きな違いである。
被疑者国選は2004年改正で導入され、当初は一定の重大事件に限られていたが、2016年改正(2018年施行)により、勾留されているすべての被疑事件に対象が拡大された。これにより、勾留中の被疑者は罪名のいかんを問わず、資力要件等を満たせば国選弁護人の選任を請求できることとなった。被疑者段階では、被疑者の請求に基づき裁判官が選任する点も、公判段階で裁判所が選任するのと対比される。
国選弁護人選任の要件・整理表
区分 根拠条文 請求の要否 主な要件 趣旨 被告人・請求国選 刑訴法36条 必要 貧困その他の事由で選任できない 弁護権の経済的保障 被告人・裁量国選 刑訴法37条 不要(職権) 未成年・70歳以上・聴覚等障害・心神の疑い等 防御能力の補充 必要的弁護事件 刑訴法289条 不要(職権) 死刑・無期・長期3年超の事件 重大事件の審理適正 被疑者国選 刑訴法37条の2 必要 勾留+貧困その他の事由 捜査段階の弁護権保障控訴審における国選弁護人
「控訴審 国選弁護人」という検索意図に答える。控訴審(上訴審)における国選弁護人の取扱いは、第一審と共通する部分と、上訴審特有の論点とがある。
控訴審でも国選弁護人は選任される
控訴審においても、被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任できない場合には、その請求により国選弁護人が選任される(刑訴法36条の趣旨は上訴審にも及ぶ)。第一審で国選弁護人が選任されていた場合でも、審級ごとに弁護人の選任の効力が問題となる点に注意が必要である。一般に、国選弁護人の選任の効力はその審級限りであり、控訴審では改めて控訴審のための国選弁護人が選任されるのが原則的な運用である。被告人が控訴審においても国選弁護人を必要とするときは、控訴審用の選任請求(資力申告を含む)を行うことになる。
必要的弁護事件と控訴審
死刑・無期・長期3年を超える事件(必要的弁護事件)については、控訴審でも弁護人がなければ開廷できないのが原則である。もっとも、控訴審の構造は事後審であり、第一審とは審理の在り方が異なるため、弁護人の関与の要否や程度について第一審と完全に同一ではない側面がある。控訴審で弁護人が選任されないまま実質的な審理が行われた場合、被告人の防御権を侵害するものとして問題となりうる。
控訴審における国選弁護人と上訴の取扱い
控訴審特有の論点として、上訴の提起・取下げと弁護人の権限がある。上訴の取下げは被告人の重大な利益にかかわる行為であり、弁護人が被告人の明示の意思に反して上訴を取り下げることは許されない(後掲・最判昭和35年4月22日参照)。これは控訴審においても国選弁護人の独立性が被告人の明示の意思による限界に服することを示す典型例である。
また、控訴趣意書の作成・提出は弁護人の重要な職務であり、控訴審の国選弁護人は控訴趣意書を通じて第一審判決の事実誤認・法令適用の誤り・量刑不当等を主張する。控訴審の国選弁護人が控訴趣意書の作成等の職務を怠った場合、被告人の防御権の実質的侵害として、後の手続で争われることがある。
控訴審の国選弁護人・整理
- 控訴審でも被告人の請求により国選弁護人が選任される(刑訴法36条の趣旨)。
- 選任の効力は審級限りが原則であり、控訴審では改めて選任される。
- 必要的弁護事件は控訴審でも弁護人を要するのが原則。
- 上訴取下げは被告人の明示の意思に反して行えない。
- 控訴趣意書の作成・提出が控訴審国選弁護人の中核的職務。
事案の概要
被告人Xは殺人被告事件で起訴され、国選弁護人Aが選任された。Xは捜査段階から一貫して犯行を否認しており、弁護人Aに対しても無罪を主張する弁護方針を強く要望した。
しかし弁護人Aは、証拠関係を検討した結果、無罪主張を維持することは困難であると判断した。そこで弁護人Aは、被告人Xの意向に反して、法廷において犯行の事実自体は認めた上で、情状面での弁護(計画性の否認、動機における同情すべき事情の主張等)を行う方針をとった。
被告人Xは、弁護人Aが自己の意向に反する弁護活動を行ったことが憲法37条3項が保障する弁護を受ける権利の侵害に当たると主張し、控訴審および上告審でこの点を争った。
具体的には、弁護人Aは最終弁論において、被告人の犯行を前提とした情状弁護を展開し、被告人Xが法廷で述べた無罪主張とは矛盾する内容の弁護活動を行った。
争点
- 国選弁護人は被告人の意向に拘束されるか、それとも独立した判断で弁護方針を決定できるか
- 被告人の無罪主張に反して情状弁護を行うことは弁護権の侵害に当たるか
- 国選弁護人の「誠実義務」の内容と範囲はどのようなものか
判旨
最高裁は以下のとおり判示した。
弁護人は、被告人の正当な利益を擁護するため、誠実にその職務を行うべきものであるが、あくまで法律専門家としての見地から独立して弁護活動を行う権限を有するのであって、被告人の意向に常に従わなければならないものではない。もっとも、被告人の明示の意思に反して被告人に不利益な訴訟行為を行うことは許されない
― 最高裁判所第三小法廷 平成17年11月29日 平成15年(あ)第1095号
最高裁は、本件における弁護人Aの弁護活動について、以下の点を指摘した。
- 弁護人が証拠関係を検討した上で無罪主張の維持が困難と判断したことには合理性がある
- 情状弁護に切り替えたことは、被告人の最終的な利益(刑の軽減)を図るための合理的な判断といえる
- もっとも、被告人の意向と弁護方針の乖離について、被告人に対する十分な説明と説得を尽くすべきであったとの指摘も付された
ポイント解説
弁護人の二つの義務
弁護人には以下の二つの義務が課せられている。
- 誠実義務: 被告人の正当な利益を擁護するために誠実に弁護活動を行う義務(刑訴法の解釈上および弁護士法1条から導かれる)
- 真実義務: 裁判の適正な運営に協力し、積極的に虚偽の主張をしてはならない義務
この二つの義務は時に緊張関係に立つ。被告人が無罪を主張しているが、客観的な証拠から有罪が明白である場合、弁護人は被告人の主張をそのまま繰り返すべきか(誠実義務の強調)、それとも被告人の最終的な利益を考慮して情状弁護に転換すべきか(真実義務と誠実義務の調和)という判断に直面する。
弁護人の独立性の根拠
本判決が確認した弁護人の独立性は、以下の根拠に基づく。
第一に、法律専門家としての判断の尊重である。被告人は法律の専門家ではないため、証拠関係の評価や訴訟戦略の判断について適切な判断を行うことが困難な場合がある。弁護人は法律専門家として、被告人の利益を最大化するための訴訟戦略を独立して判断する能力と権限を有する。
第二に、弁護制度の公的性格である。特に国選弁護人は、国が被告人の弁護を受ける権利を実現するために選任する公的な制度であり、弁護人は被告人の「代理人」ではなく「独立の法律家」として位置づけられる。
第三に、真実義務との調和である。弁護人が被告人の意向に無条件に従うとすると、弁護人が積極的に虚偽の主張を展開しなければならない場面が生じうるが、これは真実義務に反する。
被告人の意思と弁護方針の調整
本判決は、弁護人の独立性を認めつつも、被告人の明示の意思に反して被告人に不利益な訴訟行為を行うことは許されないという限界を示した。この限界の具体的内容は以下のとおりである。
- 上訴権の行使: 被告人の明示の意思に反して上訴を取り下げることは許されない(最判昭和35年4月22日参照)
- 有罪の自白: 被告人の明示の意思に反して有罪の陳述を行うことは許されない
- 弁護方針の転換: 弁護方針を転換する場合には、被告人に対して十分な説明を行い、可能な限り被告人の理解を得るよう努めるべきである
私選弁護人との比較
国選弁護人と私選弁護人の権限・義務には以下の異同がある。
国選弁護人も私選弁護人も、誠実義務・真実義務を負う点は共通する。しかし、委任関係の性質に差異がある。私選弁護人は被告人との委任契約に基づいて選任されるため、被告人の意向により強く拘束されるとの見解がある。一方、国選弁護人は裁判所により選任されるため、被告人の意向からの独立性がより強いとされる。
もっとも、通説的見解は、国選弁護人・私選弁護人を問わず、弁護人の独立性は法律専門家としての地位に基づくものであり、選任方法の違いによって権限・義務に本質的な差異は生じないとする。
国選弁護人制度の趣旨と憲法上の位置づけ
国選弁護人制度を正確に理解するには、その憲法上の根拠と制度趣旨を押さえる必要がある。
憲法37条3項の構造
憲法37条3項は、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」と定める。この規定は二つの内容を含む。
第一は、弁護人依頼権である(前段)。被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を自らの意思で選任することができる。これは私選弁護人を選任する権利を中心とするが、その実質的保障のためには弁護人との十分な打合せ(接見交通)が確保される必要がある。
第二は、国選弁護請求権である(後段)。被告人が自ら弁護人を依頼できないときは、国がこれを附する。これが国選弁護人制度の直接の憲法的根拠である。この規定は、経済的その他の事情によって弁護人を得られない被告人にも、実質的に弁護を受ける権利を保障する趣旨である。
なお、憲法37条3項の文言は「刑事被告人」を対象としているため、捜査段階の被疑者に国選弁護を受ける権利が憲法上直接保障されているかは議論があるが、現行法は刑訴法上の制度として被疑者国選を導入し、被疑者の弁護権保障を拡充している。
弁護を受ける権利の実質化
国選弁護人制度の趣旨は、単に形式的に弁護人を付けることではなく、実質的に有効な弁護を受けられるようにすることにある。被告人と検察官との間には、法的知識・証拠収集能力・身体拘束の有無などの面で大きな格差がある。この格差を埋め、当事者主義のもとでの実質的な対等を実現するために、専門家である弁護人の援助が不可欠とされる。
したがって、国選弁護人は単なる名目的な存在であってはならず、誠実義務に基づいて被告人の正当な利益を実質的に擁護することが求められる。本記事で扱う最判平17.11.29も、この「実質的に有効な弁護」という要請を背景に、弁護人の独立した専門的判断の意義を確認したものと位置づけられる。
学説・議論
弁護人の地位に関する三つの見解
弁護人の地位については、以下の三つの見解が対立している。
被告人の代理人説は、弁護人は被告人の意思を代弁する代理人であるとする。この見解によれば、弁護人は原則として被告人の意向に従うべきであり、被告人の意向に反する弁護活動は許されないことになる。
独立当事者説は、弁護人は被告人から独立した当事者として、自らの判断で弁護活動を行う権限を有するとする。この見解によれば、弁護人は被告人の意向に拘束されず、法律専門家としての独立した判断で弁護方針を決定できる。
折衷説(通説)は、弁護人は法律専門家としての独立性を有するが、被告人の正当な利益を擁護するという目的に拘束されるとする。本判決の立場はこの折衷説に近いと理解される。
無罪主張と情状弁護の関係
被告人が無罪を主張する場合に弁護人が情状弁護を行うことの当否については、以下の議論がある。
予備的主張肯定説は、弁護人は無罪主張を主位的に維持しつつ、予備的に情状弁護を行うことが可能であるとする。この見解は、弁護人の弁護戦略上の工夫として予備的主張を認める実務的な立場である。
矛盾主張否定説は、無罪主張と情状弁護は論理的に矛盾するため、両立しないとする。有罪を前提とした情状弁護を行うことは、無罪主張の信用性を損なうおそれがある。
判例の射程
本判決の射程は以下のとおり整理できる。
直接の射程としては、国選弁護人が被告人の意向と異なる弁護方針をとった場合の適法性判断に及ぶ。弁護人の独立性と被告人の意思との調整について、本判決が示した枠組みが基準となる。
間接の射程としては、私選弁護人の弁護活動にも同様の枠組みが適用されうる。また、被疑者国選弁護制度(刑訴法37条の2)における被疑者段階の弁護活動のあり方にも影響を及ぼす。
射程の限界としては、本判決は弁護人の弁護方針の当否について一般的な基準を示したものであるが、個別の訴訟行為の適法性は、具体的な事案の状況に応じて個別に判断される必要がある。
反対意見・補足意見
本判決に付された補足意見として注目すべきは、以下の指摘である。
弁護人と被告人のコミュニケーションの重要性に関し、弁護人が弁護方針を転換する場合には、被告人に対して十分な説明を行い、被告人の理解を得るよう最善を尽くすべきであるとされた。弁護人の独立性が認められるとしても、それは被告人との対話を不要にするものではなく、むしろ十分なコミュニケーションを前提とした上での独立した判断が求められる。
また、学説上は、弁護人が被告人の意向に反する弁護活動を行った場合、それが弁護権の侵害として訴訟手続の法令違反に当たりうるとの見解もある。この場合、控訴理由(刑訴法379条)としての主張が可能となる。
試験対策での位置づけ
国選弁護人の権限と義務に関する本判決は、司法試験・予備試験において弁護人の訴訟上の地位が出題された場合に重要となる判例である。
特に以下のテーマとの関連で出題されやすい。
- 弁護人の誠実義務と独立性の関係
- 被告人の防御権と弁護人の弁護方針の乖離
- 必要的弁護事件(刑訴法289条)における弁護人の役割
- 弁護人の上訴権行使と被告人の意思の関係
また、法曹倫理の観点からも出題される可能性があり、弁護士職務基本規程46条(刑事弁護の心構え)との関連も押さえておくべきである。
答案での使い方
論証パターン
弁護人の権限と義務が問題となった場合、以下の順序で論じる。
- 弁護人の地位の確認: 弁護人は被告人の正当な利益を擁護するために選任された法律専門家である
- 独立性の肯定: 最判平17.11.29を引用し、弁護人は「法律専門家としての見地から独立して弁護活動を行う権限を有する」と述べる
- 限界の提示: 「もっとも、被告人の明示の意思に反して被告人に不利益な訴訟行為を行うことは許されない」と付す
- 具体的当てはめ: 問題となっている弁護活動が独立性の範囲内か、限界を超えるものかを検討する
答案例(抜粋)
弁護人Aが被告人Xの意向に反して情状弁護を行ったことの適否について検討する。弁護人は被告人の正当な利益を擁護するため誠実にその職務を行うべきものであるが、最判平17.11.29によれば、「法律専門家としての見地から独立して弁護活動を行う権限を有する」のであり、「被告人の意向に常に従わなければならないものではない」。本件において弁護人Aは、証拠関係を検討した結果、無罪主張の維持が困難と判断し、被告人の最終的な利益を図るために情状弁護に転換したものであり、法律専門家としての合理的な判断に基づくものといえる。もっとも、弁護方針の転換に当たり、被告人に対する十分な説明と説得を尽くしたかについては別途検討が必要である。
重要概念の整理
概念 内容 本判決との関係 誠実義務 被告人の正当な利益を擁護する義務 弁護人の基本的義務として確認 真実義務 裁判の適正運営に協力する義務 独立性の根拠の一つ 弁護人の独立性 法律専門家としての独自の判断権限 被告人の意向からの独立 弁護人の地位に関する学説 内容 被告人の意向との関係 被告人の代理人説 弁護人は代理人 意向に原則拘束 独立当事者説 弁護人は独立した当事者 意向に拘束されない 折衷説(通説・判例) 独立性を有するが目的に拘束 一定の限度で意向を尊重 比較項目 国選弁護人 私選弁護人 選任方法 裁判所による選任 被告人の委任 費用負担 国庫負担 被告人負担 解任 裁判所の裁量 被告人の意思 独立性 同等(通説) 同等(通説) 誠実義務 あり あり発展的考察
被疑者国選弁護制度の拡充と弁護人の役割
2004年の刑訴法改正により被疑者国選弁護制度が導入され、2016年の改正により対象事件が拡大された。これにより、弁護人が関与する場面が被疑者段階にまで広がり、弁護人の権限と義務の問題は新たな局面を迎えている。
被疑者段階では、黙秘権の行使の助言、接見交通権の確保、勾留への不服申立て等が弁護活動の中心となるが、これらの活動においても被疑者の意向と弁護人の判断が乖離する場面がありうる。
弁護人の辞任・解任と被告人の弁護権
弁護人と被告人の間で弁護方針について深刻な対立が生じた場合、弁護人の辞任または被告人による解任の問題が生じる。国選弁護人の場合、裁判所が解任の可否を判断するが、単に弁護方針の相違があるというだけでは解任事由に当たらないとするのが実務の取扱いである。
裁判員裁判における弁護人の役割
裁判員裁判においては、弁護人には裁判員にも理解しやすい弁護活動を行うことが求められる。法律専門家でない裁判員が事実認定に参加するという制度の趣旨から、弁護人の弁護方針の選択がより一層重要となる。
国選弁護人選任の手続の流れ
実務上、国選弁護人の選任は概ね次の流れで行われる。検索意図(要件・手続)の理解のために整理しておく。
- 資力申告書の提出: 被告人(被疑者)が国選弁護人の選任を請求する際、自己の資力を申告する書面を提出する(刑訴法36条の2、36条の3)。一定額以上の資力がある場合には、先に弁護士会への私選弁護人選任申出を経ることが前提となることがある。
- 要件の審査: 裁判所(被疑者段階では裁判官)が、請求の有無、貧困その他の事由の存否、勾留の有無(被疑者の場合)等の要件を審査する。
- 国選弁護人の指名・選任: 要件を満たす場合、弁護士の中から国選弁護人が選任される。実務上は日本司法支援センター(法テラス)が候補弁護士の指名通知等の事務を担う。
- 弁護活動の開始: 選任された弁護人は、被告人・被疑者との接見・打合せを通じて弁護方針を検討し、誠実義務に基づいて弁護活動を行う。
- 審級ごとの再選任: 控訴審・上告審では、原則として当該審級のための国選弁護人が改めて選任される。
必要的弁護事件における弁護人不在の効果
必要的弁護事件(刑訴法289条)において弁護人がないまま実体審理が行われた場合、その手続は違法となり、訴訟手続の法令違反として上訴審で破棄されうる。弁護人の在廷は、被告人の防御権を実質的に保障するための手続要件だからである。この点は、国選弁護人制度が単なる被告人への恩恵ではなく、適正手続の構成要素であることを示している。
よくある質問
Q1: 国選弁護人は被告人の言いなりにならなければならないのですか?
いいえ。本判決が示したとおり、弁護人は法律専門家としての独立した判断に基づいて弁護活動を行う権限を有し、被告人の意向に常に従う必要はない。もっとも、被告人の明示の意思に反して被告人に不利益な訴訟行為を行うことは許されない。
Q2: 弁護人が無罪主張を放棄して情状弁護に切り替えることは違法ですか?
直ちに違法とはならない。弁護人が証拠関係を検討した上で、被告人の最終的な利益を図るための合理的な判断として情状弁護に切り替えた場合には、弁護人の独立性の範囲内の行為として適法と評価される。ただし、被告人に対する十分な説明と説得を行うべきであるとされている。
Q3: 被告人が国選弁護人を解任できますか?
被告人が直接国選弁護人を解任することはできない。国選弁護人の解任は裁判所の権限である(刑訴法38条の3)。ただし、被告人は裁判所に対して国選弁護人の解任を申し出ることができ、弁護活動が著しく不適切である場合等には解任が認められることがある。
Q4: 弁護人の弁護方針が不適切だった場合、それは控訴理由になりますか?
弁護人の弁護活動が著しく不適切であり、それによって被告人の防御権が実質的に侵害された場合には、訴訟手続の法令違反(刑訴法379条)として控訴理由になりうる。ただし、弁護人の弁護方針の選択が合理的な裁量の範囲内であれば、結果として被告人に不利な判決が出たとしても、直ちに控訴理由とはならない。
Q5: 弁護人の独立性と被告人の自己決定権はどう調和させるべきですか?
弁護人の独立性は被告人の自己決定権を否定するものではなく、両者は補完関係にある。弁護人は法律専門家としての知見を被告人に提供し、被告人が十分な情報に基づいて自己の方針を決定できるよう支援する役割を担う。最終的に被告人と弁護人の間で意見が一致しない場合には、弁護人は被告人の意思を尊重しつつも、法律専門家として最善と考える方針を追求する裁量を有する。
Q6: 国選弁護人を選任してもらうための要件は何ですか?
被告人段階の請求国選では、(1) 被告人の請求があること、(2) 「貧困その他の事由」により弁護人を選任できないこと(刑訴法36条)が基本的な要件である。請求にあたっては資力申告書の提出が求められる(刑訴法36条の2、36条の3)。これとは別に、未成年・高齢・心神の疑い等の場合の裁量的国選(刑訴法37条)、死刑・無期・長期3年を超える必要的弁護事件における職権国選(刑訴法289条)がある。被疑者段階では、勾留されていることに加えて貧困その他の事由・被疑者の請求が要件となる(刑訴法37条の2)。
Q7: 控訴審でも国選弁護人を付けてもらえますか?
付けてもらえる。控訴審においても、被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任できない場合には、その請求により国選弁護人が選任される。ただし、国選弁護人の選任の効力は審級限りが原則であるため、第一審で国選弁護人が選任されていても、控訴審では改めて控訴審用の選任請求を行う必要があるのが通常の運用である。死刑・無期・長期3年を超える必要的弁護事件については、控訴審でも弁護人がなければ開廷できないのが原則である。
Q8: 国選弁護人の費用は誰が負担しますか?
国選弁護人の報酬・費用は、まず国庫が負担する。もっとも、有罪判決の場合には、訴訟費用として被告人に負担を命じられることがある(被告人が貧困のため納付できないことが明らかなときは負担を命じないことができる)。この点が、被告人が直接費用を負担する私選弁護人との制度上の違いである。
Q9: 国選弁護人を私選弁護人に変えることはできますか?
被告人はいつでも私選弁護人を選任することができる。被告人が私選弁護人を選任したときは、国選弁護人を選任しておく必要がなくなるため、裁判所は国選弁護人を解任することができる。逆に、いったん私選弁護人を選任した後に再び国選弁護人の選任を請求することも、要件を満たせば可能である。
関連条文
- 憲法37条3項: 「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる」
- 刑事訴訟法36条: 「被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判所は、その請求により、被告人のため弁護人を附しなければならない」
- 刑事訴訟法38条の3: 国選弁護人の解任に関する規定
- 刑事訴訟法289条: 必要的弁護事件に関する規定
- 弁護士法1条: 弁護士の使命に関する規定
- 弁護士職務基本規程46条: 刑事弁護の心構え
関連判例
- 最判昭和35年4月22日: 弁護人が被告人の明示の意思に反して上訴を取り下げることはできないとした判例。弁護人の独立性が被告人の明示の意思によって限界づけられることを示す。
- 最大判昭和41年7月13日: 弁護人の固有権と被告人の権利の関係を論じた判例。弁護人の権限には被告人の権利に由来するもの(包括的代理権)と弁護人自身に固有のもの(固有権)とがあるという整理の基礎となる。
- 最判平成7年3月24日: 接見交通権と捜査の必要性との調整に関する判例。実質的に有効な弁護を受ける権利の保障という観点が示される。
- 最決平成11年3月24日: 必要的弁護事件における弁護人と手続の適正に関する判例。
- 最判平成24年10月29日: 弁護人の弁護活動と被告人の防御に関する判例。
注: 上記関連判例のうち、争点の細部や射程は各判決原文・解説で確認すること。本記事の中心は最判平17.11.29であり、それ以外は理解の補助として概略を示すにとどめる。
まとめ
最判平17.11.29は、国選弁護人の権限と義務について、法律専門家としての独立性と被告人の意思の尊重という二つの要請の調和を図った重要判例である。
本判決は、弁護人が被告人の意向に常に従うべきものではないことを明確にしつつ、被告人の明示の意思に反して不利益な訴訟行為を行うことは許されないという限界を示した。この枠組みにより、弁護人は法律専門家としての判断に基づいて被告人の正当な利益を擁護する活動を行うことが可能となる一方、被告人の自己決定権も一定の範囲で保障される。
被疑者国選弁護制度の拡充や裁判員裁判の導入に伴い、弁護人の役割はますます重要性を増している。答案においては、弁護人の独立性と被告人の意思との緊張関係を正確に理解した上で、具体的な事案に即した妥当な結論を導くことが求められる。