【判例】公訴事実の同一性と訴因変更の可否(最決昭53.3.6)
公訴事実の同一性と訴因変更の可否に関する最決昭53.3.6を解説。基本的事実関係の同一性の判断基準、訴因変更の限界、非両立説と両立説の対立を体系的に分析します。
この判例のポイント
訴因変更は、公訴事実の同一性が認められる範囲内でのみ許される(刑訴法312条1項)。公訴事実の同一性の判断に当たっては、基本的事実関係が同一であるかどうかを基準とすべきであり、具体的には、両訴因が非両立の関係にあるか否かが重要な判断要素となる。 本決定は、窃盗の訴因から盗品等有償譲受けの訴因への変更が許されるかが争われた事案において、公訴事実の同一性の判断基準を明らかにした重要判例である。
事案の概要
被告人Xは、当初窃盗罪の訴因で起訴された。具体的には、Xが特定の日時・場所において被害者の財物を窃取したとする訴因であった。
ところが、審理の過程で、Xが自ら窃盗行為を行ったのではなく、他者が窃取した盗品を有償で譲り受けた(盗品等有償譲受け)という事実関係が浮かび上がった。
そこで検察官は、窃盗罪の訴因を盗品等有償譲受け罪(刑法256条2項)の訴因に変更する請求を行った。弁護人は、窃盗と盗品等有償譲受けは公訴事実の同一性を欠くとして、訴因変更は許されないと主張した。
弁護人の主張の骨子は、窃盗は財物の占有を侵害する行為であるのに対し、盗品等有償譲受けは窃盗等の犯罪によって得た財物を取得する行為であり、両者は行為の態様、犯罪の性質、法益侵害の内容が全く異なるというものであった。
争点
- 窃盗罪の訴因から盗品等有償譲受け罪の訴因への変更は、公訴事実の同一性の範囲内として許されるか
- 公訴事実の同一性の判断基準はどのようなものか
- 「基本的事実関係の同一性」の具体的内容は何か
判旨
最高裁は以下のとおり判示し、訴因変更を許容した。
公訴事実の同一性は、基本的事実関係が同一であるかどうかによって判断すべきであるところ、窃盗の訴因と盗品等有償譲受けの訴因とは、被害者、被害品目、被害の日時等において共通し、前者は自ら盗んだというものであり、後者は他人が盗んだ物を買ったというものであって、両者は同一の被害品につきいずれか一方のみが成立しうるという非両立の関係にあるから、基本的事実関係が同一であると認められる
― 最高裁判所第一小法廷 昭和53年3月6日 昭和52年(あ)第1315号
最高裁は、公訴事実の同一性の判断基準として基本的事実関係の同一性を採用し、その具体的判断において非両立の関係にあることを重要な考慮要素とした。
ポイント解説
訴因変更の制度趣旨
訴因変更制度(刑訴法312条1項)は、公訴提起後に判明した事実関係に応じて、裁判所の審判対象である訴因を変更することを認める制度である。その趣旨は以下のとおりである。
- 真実発見の要請: 審理の結果、当初の訴因とは異なる事実関係が判明した場合に、改めて起訴し直すことの無駄を避ける
- 二重の危険の防止: 訴因変更を認めなければ、同一の事実関係について別訴を提起する必要が生じるが、これは被告人に対する二重処罰のおそれを生じさせる
- 公訴事実の同一性による限界: もっとも、訴因変更は無制限に許されるものではなく、公訴事実の同一性の範囲内に限定される
公訴事実の同一性の判断基準
公訴事実の同一性の判断基準については、以下の学説が対立している。
基本的事実関係の同一性説(判例の立場)は、旧訴因と新訴因の基本的事実関係が同一であるか否かにより判断する。本決定もこの立場に立つ。基本的事実関係の同一性は、被害者、被害品目、日時・場所等の共通性を総合的に考慮して判断される。
訴因の単一性説は、旧訴因と新訴因が実体法上の一罪関係(想像的競合、牽連犯、かすがい現象等)にある場合に公訴事実の同一性を認める。
社会的事実の同一性説は、旧訴因と新訴因が社会的に見て「同一の出来事」に関するものである場合に公訴事実の同一性を認める。
非両立説の意義
本決定が重視した非両立の関係とは、「同一の被害品につきいずれか一方のみが成立しうる」という関係、すなわち論理的に両立し得ない関係のことである。
非両立の関係が公訴事実の同一性判断において重要視される理由は以下のとおりである。
第一に、事実の択一性がある。旧訴因と新訴因が非両立の関係にあるということは、いずれか一方の事実のみが真実であることを意味する。このような場合、両訴因は「同一の歴史的事象」に関するものであり、基本的事実関係の同一性が認められやすい。
第二に、二重処罰の防止がある。非両立の関係にある二つの事実について別訴が提起された場合、一方の訴因で無罪となった後に他方の訴因で起訴されるおそれがある。訴因変更を認めることで、このような二重の危険を防止できる。
第三に、被告人の防御権への配慮がある。非両立の関係にある訴因間では、被告人が防御すべき事実関係に共通する部分が多い。したがって、訴因変更によって被告人の防御権が不当に害されるおそれは比較的小さい。
本件における非両立関係
本件において、窃盗の訴因と盗品等有償譲受けの訴因が非両立の関係にあるとされた理由は、同一の被害品について、自ら窃取したか(窃盗)、他者が窃取した物を譲り受けたか(盗品等有償譲受け)のいずれか一方のみが事実として成立しうるからである。
被告人がある物を「自分で盗んだ」ことと「他人が盗んだ物を買った」こととは、論理的に両立しない。この非両立性が、基本的事実関係の同一性を肯定する重要な根拠となった。
両立する訴因間の公訴事実の同一性
もっとも、非両立の関係は公訴事実の同一性の必要条件ではない点に注意が必要である。旧訴因と新訴因が論理的には両立しうる関係にあっても、基本的事実関係に十分な共通性が認められれば、公訴事実の同一性が肯定される場合がある。
例えば、殺人と死体遺棄は論理的に両立しうるが(殺人を犯した者が死体を遺棄することは当然ありうる)、同一の被害者に対する行為として基本的事実関係の共通性が認められれば、公訴事実の同一性が肯定されうる。
学説・議論
非両立説と両立説の対立
公訴事実の同一性と非両立性の関係について、以下の対立がある。
非両立説は、旧訴因と新訴因が非両立の関係にあることが公訴事実の同一性を肯定するための重要な要素であるとする。本決定はこの立場に親和的である。非両立の関係にあるということは、いずれか一方の事実のみが真実であることを意味し、基本的事実関係の同一性が推認される。
両立説は、非両立性は公訴事実の同一性の決定的な基準ではないとする。両立しうる訴因間でも公訴事実の同一性が認められる場合があり、逆に非両立の関係にあっても公訴事実の同一性が否定される場合がありうるとする。
訴因変更の要否と可否の区別
訴因変更をめぐっては、訴因変更の要否(訴因変更なしに異なる事実を認定できるか)と訴因変更の可否(公訴事実の同一性の範囲内にあるか)の二つの問題を区別する必要がある。
本決定は訴因変更の可否の問題に関するものであるが、訴因変更の要否については、被告人の防御に実質的な不利益を生じさせるかどうかが基準とされる(最決平13.4.11参照)。
審判対象論との関係
訴因変更の問題は、刑事訴訟における審判対象論と密接に関連する。審判対象が「訴因」であるとする立場(訴因対象説・通説)に立てば、訴因変更によって裁判所の審判対象が変更されることになる。この場合、訴因変更の可否は、旧訴因と新訴因が「公訴事実の同一性」の範囲内にあるかどうかによって画されることになる。
判例の射程
直接の射程としては、窃盗と盗品等有償譲受け(盗品等関与罪一般)の間の訴因変更に及ぶ。被害者・被害品目等が共通し非両立の関係にある場合には、訴因変更が許容される。
間接の射程としては、非両立の関係にある他の犯罪類型間の訴因変更にも同様の枠組みが適用されうる。例えば、殺人と傷害致死、横領と背任、強盗と恐喝等、行為態様は異なるが結果において非両立の関係にある犯罪類型間の訴因変更が問題となる場面で参考となる。
射程の限界としては、非両立の関係にない犯罪類型間の訴因変更について、本決定の枠組みが直ちに適用されるわけではない。両立しうる犯罪類型間では、基本的事実関係の共通性をより慎重に検討する必要がある。
反対意見・補足意見
本決定には反対意見・補足意見は付されていない。
しかし、学説上は、本決定の結論に対して以下のような批判がある。
窃盗と盗品等有償譲受けの質的差異を重視する見解は、両者は法益侵害の内容や行為態様が全く異なるため、基本的事実関係の同一性を認めるべきでないとする。窃盗の被告人として防御してきた者が、突然盗品等有償譲受けの被告人として防御しなければならなくなることは、被告人の防御権を不当に侵害するとの指摘がある。
もっとも、本決定は実務上広く支持されており、判例としての安定性を保っている。
試験対策での位置づけ
公訴事実の同一性と訴因変更の可否は、司法試験・予備試験の刑事訴訟法の最重要論点の一つである。
特に以下の点を正確に理解しておく必要がある。
- 公訴事実の同一性の判断基準(基本的事実関係の同一性)
- 非両立の関係の意義と具体例
- 訴因変更の要否と可否の区別
- 被告人の防御権との関係
出題パターンとしては、(1)具体的な事案について訴因変更の可否を論じさせる問題、(2)訴因変更の要否と可否を絡めた問題、(3)訴因変更と縮小認定の関係を問う問題等が考えられる。
答案での使い方
論証パターン
訴因変更の可否が問題となった場合、以下の順序で論じる。
- 条文の指摘: 訴因変更は「公訴事実の同一性を害しない限度」で認められる(刑訴法312条1項)
- 判断基準の定立: 最決昭53.3.6を引用し、「基本的事実関係が同一であるかどうか」により判断すべきとする
- 非両立性の検討: 両訴因が非両立の関係にあるかを検討する
- 共通要素の検討: 被害者、被害品目、日時・場所等の共通性を確認する
- 結論: 基本的事実関係の同一性が認められるか(訴因変更が許されるか)を結論づける
答案例(抜粋)
検察官による窃盗から盗品等有償譲受けへの訴因変更の可否について検討する。訴因変更は「公訴事実の同一性を害しない限度」で許される(刑訴法312条1項)。公訴事実の同一性については、最決昭53.3.6が「基本的事実関係が同一であるかどうかによって判断すべきである」としている。同決定は、窃盗と盗品等有償譲受けについて、「被害者、被害品目、被害の日時等において共通し」、「同一の被害品につきいずれか一方のみが成立しうるという非両立の関係にある」ことを理由に、基本的事実関係の同一性を肯定した。本件においても、両訴因は被害者・被害品目が共通し、非両立の関係にあるから、公訴事実の同一性が認められ、訴因変更は許される。
重要概念の整理
概念 内容 本決定での扱い 公訴事実の同一性 訴因変更が許される範囲の基準 基本的事実関係の同一性で判断 基本的事実関係の同一性 事実関係の共通性 被害者・被害品目・日時の共通性 非両立の関係 いずれか一方のみが成立する関係 重要な判断要素 訴因変更の要否と可否 問題の内容 判断基準 訴因変更の要否 訴因変更なしに事実認定できるか 被告人の防御に実質的不利益が生じるか 訴因変更の可否 公訴事実の同一性の範囲内か 基本的事実関係の同一性 訴因変更命令の要否 裁判所は訴因変更を促すべきか 裁判所の訴訟指揮の裁量 非両立の具体例 旧訴因 新訴因 非両立の理由 本決定 窃盗 盗品等有償譲受け 同一物につき自分で盗んだか買ったか 殺人と傷害致死 殺人 傷害致死 同一の死亡結果につき殺意の有無 横領と背任 横領 背任 同一の財産処分が横領か背任か発展的考察
訴因変更と被告人の防御権の保障
訴因変更が許容される場合でも、被告人の防御権の実質的保障が必要である。特に、訴因変更により被告人の防御方針が大幅に変更される場合には、裁判所は被告人側に十分な防御の準備期間を与える必要がある(刑訴法312条4項参照)。
訴因変更命令(刑訴法312条2項)との関係
裁判所は、審理の結果、訴因変更が相当であると認めるときは、検察官に対して訴因変更を命ずることができる(刑訴法312条2項)。この訴因変更命令は裁判所の訴訟指揮権に基づくものであるが、検察官の訴追裁量との関係で、その範囲・限界が問題となる。
縮小認定との関係
訴因変更の問題は、縮小認定(例えば殺人の訴因で傷害致死を認定すること)の可否とも密接に関連する。縮小認定が許される場合には訴因変更が不要となるが、縮小認定が許されない場合には訴因変更の要否が改めて問題となる。
よくある質問
Q1: 非両立の関係にない犯罪間でも訴因変更は可能ですか?
非両立の関係は公訴事実の同一性を肯定する重要な要素であるが、必要条件ではない。非両立でなくとも、基本的事実関係に十分な共通性が認められれば、公訴事実の同一性が肯定される場合がある。ただし、両立しうる犯罪間では、基本的事実関係の共通性をより慎重に検討する必要がある。
Q2: 殺人と窃盗の間で訴因変更はできますか?
一般的には、殺人と窃盗の間には基本的事実関係の同一性が認められず、訴因変更は許されないと解される。両者は行為の態様、法益侵害の内容、日時・場所等において共通性がほとんどなく、非両立の関係にもないためである。
Q3: 訴因変更の可否と要否はどちらが先に検討すべきですか?
論理的には、まず訴因変更の可否(公訴事実の同一性の範囲内か)を検討し、可否が肯定された場合に訴因変更の要否(訴因変更なしに事実認定できるか)を検討することになる。答案では、問題文の事案に応じて適切な順序で論じる必要がある。
Q4: 訴因変更が認められた後、元の訴因に再変更できますか?
訴因変更後、さらに元の訴因に再変更することは、公訴事実の同一性が認められる限り理論上は可能である。ただし、被告人の防御権への配慮が必要であり、頻繁な訴因変更は訴訟指揮上問題がある。
Q5: 公訴事実の同一性と単一性の違いは何ですか?
公訴事実の同一性は、旧訴因と新訴因が「同一の事実関係」に関するものかどうかの問題である。公訴事実の単一性は、起訴された事実が「一個の公訴事実」として扱われるべきものかどうかの問題であり、実体法上の一罪の関係にある場合に認められる。両者は区別されるが、訴因変更の可否の判断において相互に関連する。
関連条文
- 刑事訴訟法256条3項: 公訴事実の記載方法(訴因の明示)
- 刑事訴訟法312条1項: 訴因変更の許容(公訴事実の同一性の範囲内)
- 刑事訴訟法312条2項: 訴因変更命令
- 刑事訴訟法312条4項: 訴因変更と被告人の防御の準備
- 刑法235条: 窃盗罪
- 刑法256条2項: 盗品等有償譲受け罪
関連判例
- 最決昭和29年5月14日: 公訴事実の同一性の判断基準に関する先例
- 最決昭和63年10月25日: 訴因変更の要否に関する判例
- 最決平成13年4月11日: 訴因変更の要否と被告人の防御権
- 最決平成24年2月29日: 訴因変更命令の義務の範囲
- 最判昭和46年6月22日: 殺人と傷害致死の間の訴因変更
まとめ
最決昭53.3.6は、公訴事実の同一性について基本的事実関係の同一性を判断基準とし、その具体的判断において非両立の関係が重要な考慮要素であることを明らかにした。
本決定の意義は、第一に、公訴事実の同一性の判断基準を明確化した点にある。第二に、非両立の関係という判断要素を導入することで、公訴事実の同一性の判断に具体的な指標を提供した点にある。第三に、窃盗と盗品等有償譲受けという行為態様が大きく異なる犯罪類型間でも、訴因変更が許される場合があることを示した点にある。
訴因変更は刑事訴訟法の最重要論点の一つであり、答案においては、公訴事実の同一性の判断基準を正確に示した上で、非両立性その他の考慮要素について具体的事実に即した当てはめを行うことが求められる。