刑事上訴の体系
刑事上訴の体系を解説。控訴理由、上告理由、不利益変更禁止の原則、破棄差戻しと破棄自判の区別を整理します。
この記事のポイント
- 控訴は第一審判決に対する上訴であり、控訴理由は382条以下に限定列挙されている
- 上告は控訴審判決に対する上訴であり、上告理由は憲法違反・判例違反に限定される(405条)
- 不利益変更禁止の原則(402条)により、被告人のみが控訴した場合、原判決より重い刑を言い渡すことはできない
- 破棄の方法には破棄差戻し(自庁処理を含む)と破棄自判があり、事案に応じて使い分けられる
上訴制度の概要
上訴の意義
上訴とは、未確定の裁判に対し、上級の裁判所にその取消し又は変更を求める不服申立てをいう。刑事訴訟法は、控訴・上告・抗告の三種の上訴を定めている。
上訴の種類 対象 上訴裁判所 控訴 第一審判決 高等裁判所 上告 控訴審判決 最高裁判所 抗告 決定・命令 上級裁判所上訴の利益
上訴を提起するためには、上訴の利益が必要である。上訴の利益とは、原判決の変更を求める法律上正当な利益をいう。
- 被告人の上訴の利益: 有罪判決が言い渡された場合、無罪判決を求めて上訴する利益がある。量刑の不当を理由とする場合も上訴の利益がある
- 検察官の上訴の利益: 無罪判決に対し有罪を求めて上訴する場合のほか、量刑の不当を理由とする場合にも上訴の利益がある
控訴
控訴の提起
事項 内容 控訴権者 被告人又は検察官(351条) 控訴提起期間 判決の宣告日の翌日から起算して14日以内(373条) 控訴申立書 第一審裁判所に控訴申立書を差し出す(374条) 控訴趣意書 控訴の理由を記載した控訴趣意書を提出する(376条)控訴理由
控訴理由は、刑訴法に限定列挙されている。主な控訴理由は以下のとおりである。
条文 控訴理由 内容 377条〜378条 訴訟手続の法令違反 訴訟手続に法令の違反があること 379条 法令適用の誤り 法令の適用に誤りがあること 380条 量刑不当 刑の量定が不当であること 381条 事実誤認(判決に影響を及ぼす)は382条 事実の誤認があること 382条 事実誤認 事実の誤認があって、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであること 383条 再審事由、判決後の刑の廃止等 再審事由に該当する事実があること等事実誤認(382条)
事実誤認は、実務上最も多い控訴理由である。
- 「事実の誤認」の意義: 第一審判決が認定した事実が、証拠に照らして不合理であること
- 「判決に影響を及ぼすことが明らか」: 事実誤認がなければ判決の主文が異なる蓋然性が高いこと
- 控訴審の審査方法: 控訴審は第一審の証拠調べの結果を前提に事実認定の当否を審査する(事後審的運用)
量刑不当(381条)
- 量刑不当の意義: 第一審の量刑が、犯情・一般情状に照らして不当に重い又は不当に軽いこと
- 判断基準: 量刑の相当性は、同種事案の量刑傾向、犯罪の動機・態様・結果、被告人の前科前歴、被害弁償の状況等を総合して判断される
控訴審の構造
事後審制
日本の控訴審は、事後審制を基本とする。事後審とは、第一審判決を基礎として、第一審の審理・判断の当否を事後的に審査する方式である。
審級制 内容 事後審 第一審判決の当否を、第一審の訴訟記録・証拠に基づいて事後的に審査する 続審 第一審の審理を引き継いで、新たな証拠調べを含めて審理をやり直す 覆審 第一審をなかったものとして、完全にやり直す控訴審の事実取調べ
控訴審においても事実取調べを行うことができるが、やむを得ない事由によって第一審で取り調べることができなかった証拠に限られる(393条1項)。
- 職権による事実取調べ: 控訴審は、必要と認めるときは、職権で事実の取調べをすることができる(393条1項)
- 実務的な運用: 控訴審では、弁護人の請求による証拠調べが行われることは比較的少ない
上告
上告理由(405条)
上告理由は、以下の場合に限定されている。
号数 上告理由 内容 1号 憲法違反 憲法の違反があること、又は憲法の解釈に誤りがあること 2号 判例違反 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと 3号 判例違反(最高裁判例がない場合) 大審院・上告裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと職権破棄事由(411条)
上告理由がない場合でも、最高裁は以下の事由があるときは、職権で原判決を破棄することができる。
号数 事由 1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること 2号 刑の量定が甚しく不当であること 3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること 4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること 5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと411条の実務的意義
405条の上告理由は憲法違反・判例違反に限定されているため、量刑不当や事実誤認は本来上告理由とならない。しかし、411条により最高裁が職権で破棄できるため、実務上は411条の適用を求めて上告が提起されることが多い。
跳躍上告
跳躍上告とは、控訴審を経ずに直接最高裁に上告する制度をいう(刑訴法規則254条)。
- 要件: 第一審判決に憲法違反があることを理由とし、検察官・被告人の双方が合意した場合
- 実務: 極めて稀な制度であり、実際に利用されることはほとんどない
不利益変更禁止の原則
意義(402条)
刑訴法402条は、「被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件については、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない」と定める。
趣旨
不利益変更禁止の原則の趣旨は、以下の点にある。
- 上訴権の実質的保障: 控訴したことにより不利益を受けるとすれば、被告人は控訴を躊躇することになり、上訴権が実質的に保障されない
- 当事者主義: 検察官が控訴していない以上、検察官は第一審の量刑に不満がないと解されるため、それより重い刑を言い渡す必要はない
適用範囲
場面 適用 被告人のみが控訴した場合 適用あり。原判決より重い刑を言い渡せない 検察官のみが控訴した場合 適用なし。原判決より重い刑を言い渡すことができる 双方が控訴した場合 適用なし。検察官が控訴している以上、原判決より重い刑を言い渡すことができる 上告審 414条により準用される「刑より重い刑」の判断基準
- 主刑の比較: 懲役刑の長さ、罰金の額等で判断する
- 刑の執行猶予: 執行猶予付き判決を実刑に変更することは不利益変更に当たる
- 併科刑: 主刑と併科刑の総合で判断する
破棄の方法
破棄差戻しと破棄自判
方法 内容 根拠条文 破棄差戻し 原判決を破棄し、事件を原裁判所又は同等の裁判所に差し戻す 400条本文 破棄自判 原判決を破棄し、控訴審自ら判決を言い渡す 400条但書破棄差戻しが原則
控訴審が原判決を破棄する場合、原則として事件を差し戻す(400条本文)。これは、事後審としての控訴審の性質に基づく。
破棄自判が認められる場合
訴訟記録及び控訴審で取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができると認めるときは、破棄自判が認められる(400条但書)。
- 事実認定に争いがなく、法令適用の誤りのみの場合: 破棄自判が可能
- 新たな事実認定が必要な場合: 原則として差戻しが必要
試験対策での位置づけ
刑事上訴の体系は、短答式試験で条文知識が問われることが多い分野である。
- 短答式試験: 控訴理由の限定列挙(377条〜383条)、上告理由(405条)と職権破棄事由(411条)の区別、不利益変更禁止の原則(402条)の適用範囲が頻出
- 論文式試験: 事実誤認を理由とする控訴の場面で、控訴審の審査方法が問われることがある。不利益変更禁止の原則は併せて論じられる
- 実務的知識: 控訴審の事後審的運用、破棄差戻しと破棄自判の区別は実務的にも重要
答案のポイント
- 控訴理由は条文番号を正確に摘示する
- 上告理由(405条)と職権破棄事由(411条)を明確に区別する
- 不利益変更禁止の原則は、適用場面を正確に示す
関連判例
- 最判平24.2.13: 控訴審における事実誤認の審査方法
- 最決昭58.9.21: 不利益変更禁止の原則の射程
- 最大判昭31.7.18: 上告理由の厳格解釈
- 最判平26.7.24: 裁判員裁判の量刑に対する控訴審の審査
まとめ
刑事上訴の体系は、控訴・上告・抗告の三種からなり、それぞれに固有の上訴理由と手続が定められている。
控訴理由は382条以下に限定列挙されており、実務上は事実誤認と量刑不当が多い。控訴審は事後審制を基本とし、第一審判決の当否を事後的に審査する。
上告理由は憲法違反・判例違反に限定されているが、411条の職権破棄事由により、量刑不当や事実誤認も実質的に審査の対象となり得る。
不利益変更禁止の原則は、被告人の上訴権の実質的保障のための重要な原則であり、被告人のみが控訴した場合に適用される。破棄の方法は差戻しが原則であるが、直ちに判決できる場合には自判も認められる。条文の正確な理解を基礎に体系的に整理しておくことが重要である。