DNA鑑定と科学的証拠の証拠能力
DNA鑑定を中心に科学的証拠の証拠能力の判断基準を解説。最決平12.7.17の判旨、足利事件の再審、鑑定書と伝聞法則の関係を整理します。
この記事のポイント
- 科学的証拠の証拠能力は、その科学的原理の信頼性と具体的な鑑定手法の正確性により判断される
- DNA鑑定については、最決平12.7.17がMCT118法によるDNA型鑑定の証拠能力を肯定した
- 足利事件の再審は、旧来のDNA鑑定技術の限界と科学的証拠の再評価の重要性を示した
- 鑑定書は伝聞証拠に該当し、321条4項の要件を満たす必要がある
科学的証拠の意義
科学的証拠とは
科学的証拠とは、科学的な原理・手法に基づいて得られた証拠の総称をいう。具体的には、以下のような証拠が含まれる。
種類 内容 DNA鑑定 遺伝子型を分析して個人を識別する手法 指紋鑑定 指紋の一致・不一致を判定する手法 声紋鑑定 音声の特徴を分析して個人を識別する手法 筆跡鑑定 筆跡の特徴を分析して筆記者を特定する手法 血液型鑑定 血液型による個人識別 ポリグラフ検査 生理的反応を測定して虚偽を検知する手法 薬物・毒物鑑定 化学分析による薬物・毒物の同定科学的証拠の特殊性
科学的証拠は、一般的な証拠と比較して以下の特殊性を有する。
- 高い証明力: 科学的手法に基づくため、事実認定者に強い心証を形成させやすい
- 過大評価の危険: 科学的であるがゆえに、裁判官・裁判員が無批判に採用してしまうおそれがある
- 検証困難性: 科学的原理や手法の妥当性を法律家が検証することは容易でない
- 発展可能性: 科学技術の発展により、かつて信頼されていた手法が後に否定されることがある
科学的証拠の証拠能力の判断基準
学説の状況
科学的証拠の証拠能力の判断基準については、以下の学説が主張されている。
基準 内容 起源 フライ基準 科学的原理が当該分野の専門家の間で一般的に承認されていること 米・Frye v. United States (1923) ドーバート基準 科学的原理の信頼性(テスト可能性、査読の有無、誤りの割合、一般的受容)を裁判官が個別に判断 米・Daubert v. Merrell Dow (1993) 日本の判例 科学的原理の信頼性と具体的な鑑定の正確性を総合的に判断 最決平12.7.17等日本における判断枠組み
日本の判例・通説は、科学的証拠の証拠能力について、以下の二つの観点から判断する。
- 科学的原理の信頼性: 当該科学的手法が基づく原理が科学的に信頼できるものであること
- 具体的鑑定の正確性: 当該事件における具体的な鑑定が、適切な方法により正確に行われたこと
DNA鑑定に関する判例
最決平12.7.17(MCT118法DNA型鑑定事件)
事案の概要
殺人事件において、犯行現場に残された血痕のDNA型鑑定(MCT118法)の結果が証拠として用いられた。弁護人は、MCT118法によるDNA型鑑定の科学的信頼性に疑問があるとして、証拠能力を争った。
判旨
最高裁は、以下のとおり判示してDNA鑑定の証拠能力を肯定した。
- MCT118法によるDNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる
- したがって、その証拠能力を肯定することができる
判旨の意義
本決定は、DNA鑑定の証拠能力を判断する際に、科学的原理の理論的正確性と具体的実施方法の信頼性の二つの要素を審査すべきことを示した。
足利事件と再審
事案の概要
1990年に発生した幼女殺害事件(足利事件)において、MCT118法によるDNA型鑑定の結果が有力な証拠とされ、被告人に無期懲役の有罪判決が確定した。
再審の経緯
- 2008年に弁護側がSTR法(より精度の高いDNA鑑定手法)による再鑑定を求めた
- 再鑑定の結果、犯行現場の資料と被告人のDNA型は一致しないことが判明
- 2009年に再審開始決定が出され、2010年に無罪判決が確定した
足利事件の教訓
教訓 内容 科学技術の限界 当時最先端とされたDNA鑑定技術にも限界があり得る 鑑定の再検証 科学的証拠は、技術の発展に応じて再検証される必要がある 過大評価の危険 科学的証拠の証明力を過大に評価することの危険性 試料の保全 再鑑定のために鑑定試料を保全しておくことの重要性その他の科学的証拠
ポリグラフ検査
ポリグラフ検査(いわゆる嘘発見器)の証拠能力については、判例は限定的に肯定している。
- 最決昭43.2.8: ポリグラフ検査の結果を記載した書面は、鑑定の経過及び結果を記載した書面として321条4項により証拠能力が認められ得る
- ただし: ポリグラフ検査の科学的信頼性には限界があり、他の証拠による裏付けなしに有罪認定の決め手とすることは避けるべきとされる
筆跡鑑定
筆跡鑑定については、その科学的基盤の確立度が必ずしも高くないことが指摘されている。
- 筆跡の異同は、鑑定人の経験と主観的判断に依存する部分が大きい
- 鑑定人によって結論が異なることがあり、その信用性の評価が重要となる
鑑定書と伝聞法則
鑑定書の伝聞性
DNA鑑定等の結果を記載した鑑定書は、鑑定人の供述を書面化したものであり、伝聞証拠(320条1項)に該当する。
鑑定書の証拠能力の要件
類型 要件 根拠条文 裁判所の命じた鑑定 鑑定人が公判期日において宣誓の上証言した場合と同視できる場合 321条4項(鑑定人が真正に作成したことを供述すれば足りる) 捜査機関の嘱託した鑑定 321条4項の準用の可否が問題。判例は321条4項を準用する 321条4項準用(最決昭28.10.15)鑑定人の証人尋問
鑑定書の証拠能力が認められた場合でも、弁護人は鑑定人の証人尋問を請求して、鑑定の方法や結果の信頼性を争うことができる。特に、科学的証拠については、反対尋問による検証が重要な意味を持つ。
科学的証拠に対する弁護活動
証拠能力段階での争い方
- 科学的原理の信頼性を争う(当該手法が科学的に確立されていないことを主張)
- 具体的鑑定の正確性を争う(試料の汚染、鑑定手順の誤り、鑑定人の技量不足等を指摘)
- 鑑定書の伝聞法則上の要件を争う
証明力段階での争い方
- 私的鑑定(弁護側鑑定)を実施し、異なる鑑定結果を提出する
- 鑑定人に対する反対尋問で鑑定の信頼性を弾劾する
- 統計的誤差や偽陽性の可能性を指摘する
DNA鑑定の技術的発展
鑑定手法の変遷
手法 時期 特徴 RFLP法 1980年代〜 大量のDNAが必要、時間がかかる MCT118法 1990年代〜 PCR法を利用、少量のDNAでも可能、識別精度はやや限定的 STR法 2000年代〜 複数のSTR座位を同時に解析、高精度、現在の主流 次世代シークエンシング 2010年代〜 大量解析が可能、混合試料にも対応現在のDNA鑑定の精度
現在主流のSTR法では、15〜20以上のSTR座位を同時に分析することにより、数兆分の1以上の確率で個人を識別することが可能である。この精度は、指紋鑑定と同等以上とされる。
ただし、以下の場合には注意が必要である。
- 一卵性双生児: 一卵性双生児はDNA型が同一であり、DNA鑑定では識別できない
- 微量試料: 試料が極めて微量である場合、増幅過程でアーティファクト(人工的な産物)が生じる可能性がある
- 混合試料: 複数人のDNAが混合している場合、解析・解釈が困難になる
試験対策での位置づけ
科学的証拠の証拠能力は、刑事訴訟法の証拠法分野において重要なテーマであり、近年の出題傾向にも合致する。
- 短答式試験: DNA鑑定に関する判例の結論、鑑定書の伝聞例外の要件(321条4項)が出題される
- 論文式試験: 科学的証拠の証拠能力の判断基準を論述させる問題、違法収集された科学的証拠の証拠能力を問う問題が出題される
- 応用問題: 新しい科学的手法(AIによる顔認証等)の証拠能力を問う問題は今後の出題が予想される
答案のポイント
- 科学的証拠の証拠能力の判断基準を二段階(原理の信頼性+具体的鑑定の正確性)で論じる
- 鑑定書の伝聞法則上の処理(321条4項)を正確に論じる
- 具体的な事案に即して、当該科学的証拠の信頼性を検討する
関連判例
- 最決平12.7.17: MCT118法によるDNA型鑑定の証拠能力を肯定
- 最決昭43.2.8: ポリグラフ検査の証拠能力
- 最決昭28.10.15: 捜査機関の嘱託した鑑定の鑑定書に321条4項を準用
- 足利事件再審(宇都宮地判平22.3.26): DNA鑑定の再評価による無罪判決
まとめ
科学的証拠の証拠能力は、科学的原理の信頼性と具体的鑑定の正確性の二つの観点から判断される。DNA鑑定については、最決平12.7.17がMCT118法による鑑定の証拠能力を肯定したが、足利事件の再審は科学技術の限界と再検証の必要性を示した。
鑑定書は伝聞証拠に該当し、321条4項の要件を満たす必要がある。科学的証拠は高い証明力を持つ反面、過大評価の危険もあり、その信頼性を批判的に検討する姿勢が求められる。科学技術の発展に伴い、新たな科学的証拠が登場する中で、証拠能力の判断基準を正確に理解しておくことが重要である。