第1条過去問 29
1国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。
2前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。
この条文の過去問 29問
国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は重大な過失によって違法に他人に損害を加えたときは、その公務員も損害を被った者に対する直接の賠償責任を負う。
解説
本肢は誤り。国家賠償法1条1項は、公権力の行使に当たる公務員が職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負う旨を定めるにとどまり、加害公務員個人が被害者に対して直接責任を負うことは規定していない。判例(最判昭和30年4月19日)も、公務員個人は被害者に対して直接その責任を負うものではないとしている。公務員に故意又は重大な過失があった場合には、国又は公共団体が賠償をした上で同条2項に基づき当該公務員に対して求償し得るにとどまり、被害者との関係で公務員個人が賠償義務を負うわけではない。よって本肢は誤りである。
市議会議員が議会内における一般質問の際に行った発言は、その発言内容にかかわらず、国家賠償法第1条第1項にいう「その職務を行うについて」されたものに該当する。
解説
本肢は正しい。国家賠償法1条1項にいう「その職務を行うについて」とは、当該行為が客観的に職務執行の外形を備えているかどうかによって判断される(外形標準説。最判昭和31年11月30日参照)。市議会議員が議会の会議において行う一般質問は、議員に認められた権能の行使そのものであって職務執行の外形を明らかに備えるから、その発言によって他人の名誉が害されるなど内容上問題があり得る場合であっても、職務関連性が否定されることはない。判例も、市議会議員が議会内における一般質問の際に行った発言は、その発言内容にかかわらず「その職務を行うについて」されたものに当たるとしている。発言内容の当否は、同項の違法性の有無や故意過失の存否という別個の要件の判断において考慮されるべき事柄であって、職務関連性という要件の充足を左右するものではない。国会議員が国会の質疑等の中で行った発言について、国家賠償法1条1項の適用を前提としつつ、その発言が違法と評価されるかどうかを職務上の権限の行使の在り方の問題として別途論じた判例(最判平成9年9月9日)も、この区別を前提とするものであり、同様の枠組みは地方議会議員の議会内における発言についても妥当する。よって本肢は正しい。
受刑者による親族でない者との間の信書の発受は、受刑者の身柄の確保、受刑者の改善、更生の点において障害が生じる一般的、抽象的おそれがあることから、刑務所長が信書の発信を不許可としたことは違憲ではないとしています。
解説
本肢は誤り。最判平成18年3月23日は、受刑者が親族でない者(報道機関関係者)に宛てた信書の発信を刑務所長が不許可とした処分の適法性が争われた事案である。同判決は、受刑者と親族でない者との間の信書の発受についても、受刑者の性向、行状、監獄内の管理・保安の状況、当該信書の内容その他の具体的事情の下で、これを許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持、受刑者の身柄の確保、受刑者の改善、更生の点において「放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性がある」と認められる場合に限って、必要かつ合理的な範囲で制限することが許されるとの枠組みを示した。すなわち、単に一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは制限は正当化されず、個別具体的な事情に照らした判断が要求される。そして同判決は、刑務所長がこの蓋然性の有無を考慮しないまま本件発信を不許可としたと認定し、当該処分は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして監獄法46条2項の適用上違法であり、国家賠償法1条1項の適用上も違法であると結論づけた。この点、同判決はあくまで法令の適用上の違法を認めたものであって、違憲か否かを明言したものではないことにも注意を要する(現在は監獄法に代わり刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律が信書の発受を規律している)。したがって本肢は、抽象的なおそれを理由に不許可を是認したとする点でも、判決が違憲ではないと判断したとする点でも、判旨と結論を取り違えている。よって本肢は誤りである。
最高裁判所は、立法不作為により在外国民が選挙権を行使することができない場合に、立法不作為の違憲を理由とする国家賠償請求を認めるほか、次回の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認を求める訴えについても、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法であるとして、これを認めている。
解説
本肢は正しい。判例は、在外国民に国政選挙における投票の機会を認めず、また公職選挙法改正後も在外選挙の対象を衆参両議院の比例代表選出議員の選挙に限定していた点について、選挙権の制限は、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められるやむを得ない事由がない限り許されないとの厳格な枠組みを示した上、これを憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反すると判断した(最大判平成17年9月14日)。そして同判決は、立法不作為が国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず国会が長期にわたりこれを怠った場合には、例外的に国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるとして、国家賠償請求を一部認容した。加えて、次回の選挙において在外国民が選挙区選出議員の選挙につき投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えを、公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条後段)として適法であるとし、その確認請求を認容している。よって本肢は正しい。
最高裁判所は、立法不作為により在外国民が選挙権を行使することができない場合に、立法不作為の違憲を理由とする国家賠償請求を認めるほか、次回の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認を求める訴えについても、公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法であるとして、これを認めている。
解説
本肢は正しい。判例は、在外国民に国政選挙における投票の機会を認めず、また公職選挙法改正後も在外選挙の対象を衆参両議院の比例代表選出議員の選挙に限定していた点について、選挙権の制限は、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められるやむを得ない事由がない限り許されないとの厳格な枠組みを示した上、これを憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反すると判断した(最大判平成17年9月14日)。そして同判決は、立法不作為が国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず国会が長期にわたりこれを怠った場合には、例外的に国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるとして、国家賠償請求を一部認容した。加えて、次回の選挙において在外国民が選挙区選出議員の選挙につき投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えを、公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条後段)として適法であるとし、その確認請求を認容している。よって本肢は正しい。
国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合には、国会議員の立法不作為は、国家賠償法第1条第1項の適用上、違法の評価を受ける。
解説
本肢は正しい。国会議員の立法行為・立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかについて、判例は、国会議員は立法に関し原則として国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないから、その立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて立法を行うというごとき例外的な場合でない限り違法の評価を受けないとしていた(最判昭和60年11月21日。在宅投票制度廃止事件)。もっとも、その後の判例は、この例外的場合の定式を改め、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けると判示した(最大判平成17年9月14日。在外日本国民の選挙権に関する事件)。同判決は、在外国民の投票を全国的な選挙について認めていなかった立法不作為につき、この基準の下で違法性と過失を認め、国の賠償責任を肯定している。さらに、在外国民に最高裁判所裁判官の国民審査権の行使を認めていなかった立法不作為についても、最高裁はこの枠組みを踏襲したうえで国家賠償請求を認容しており(最大判令和4年5月25日)、本肢の定式は現在の判例としても維持されている。本肢の記述は、この後者の定式をそのまま述べたものであって、判例の立場に合致する。よって本肢は正しい。
国の公権力の行使に当たる複数の公務員が、その職務を行うについて、共同して故意によって違法に他人に加えた損害につき、国がこれを賠償した場合においては、当該公務員らは、国に対し、当該違法行為に係る各公務員の責任割合に応じた分割債務として、国家賠償法第1条第2項による求償債務を負う。
解説
本肢は誤り。国家賠償法1条2項は、同条1項の場合において公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は当該公務員に対して求償権を有する旨を定める。問題は、複数の公務員が共同して違法行為を行い、国が被害者に賠償した場合の各公務員の求償債務の性質である。判例は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる複数の公務員が、その職務を行うについて、共同して故意によって違法に他人に加えた損害につき、国又は公共団体がこれを賠償した場合には、当該公務員らは、国又は公共団体に対し、連帯して国家賠償法1条2項による求償債務を負うとしている(最判令和2年7月14日)。同判決は、その理由として、このような公務員らは被害者との関係のみならず「国又は公共団体に対する関係においても一体を成す」ものと評価すべきであり、公務員の中に無資力の者がいて弁済を得られない事態が生じたとしても、その危険は国ではなく当該公務員らの側に負わせるのが公平の見地から相当である、と述べている。実質的にみても、共同して故意により違法行為に及んだ者は、被害者に対しては民法719条1項前段の共同不法行為者として全額の賠償義務を負う立場にあるのだから、国が立て替えて賠償した後の求償の場面でのみ責任割合に応じた分割債務にとどまるとするのは均衡を失する。なお、同事件の原審は求償債務を分割債務と解していたが、最高裁はこれを覆したものであり、本肢はまさに否定された原審の立場に立つ記述である。よって本肢は誤りである。
公務員がその職務を行うに当たり、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合、国は当該公務員に代位して賠償責任を負う。しかし、国会議員には憲法第51条で発言及び表決に対する免責特権が保障されているから、議員が国会で行った質疑等において個人の名誉を毀損する発言を行っても責任を問われることはないので、国が賠償責任を負うこともない。
解説
本肢は誤り。前段は正しい。国家賠償法1条1項は、公権力の行使に当たる公務員が職務を行うについて「故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたとき」に国又は公共団体が賠償責任を負うと定め、加害公務員個人の故意・過失を要件としていることから、通説・判例は同項の責任を公務員個人の責任を国が肩代わりする代位責任と解しており、加害公務員個人は被害者に対して直接責任を負わないとされる(最判昭和30年4月19日等)。誤りは後段である。憲法51条の免責特権は、国会議員が議院で行った演説・討論・表決について院外で責任を問われないとするものであり、これによって免責されるのは議員個人の民事・刑事上の責任にとどまる。同条を根拠に国自身の賠償責任まで当然に否定されるわけではない。国会議員の質疑における発言により名誉を毀損されたとして国の賠償責任が争われた事案において、判例(最判平成9年9月9日)は、質疑等においてどのような問題をどのような形で取り上げるかは国会議員の政治的判断を含む広範な裁量に委ねられており、結果的に個別の国民の権利等が侵害されても直ちに職務上の法的義務違背とはいえないとしつつ、国の賠償責任が肯定されるためには「当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもつて事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする」と判示した。裏を返せば、そのような特別の事情が認められる場合には国が賠償責任を負う余地があるのであって、およそ国の責任が生じないとする本肢は判例の趣旨に反する。
国会議員の立法行為の国家賠償法上の違法の問題と立法内容の違憲の問題とは区別されるし、本質的に政治的なものである立法行為の適否を法的に評価するべきではない。したがって、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白な場合であっても、国会議員の立法行為が国家賠償法上の違法の評価を受けることはない。
解説
本肢は誤り。前段の一般論自体は判例の説くところである。在宅投票制度廃止事件(最判昭和60年11月21日)は、国会議員の立法行為が国家賠償法1条1項の適用上違法となるかどうかは、立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり、立法の内容が憲法に違反するおそれがあるとしても、そのゆえに立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではないとした。また、国会議員の立法行為は本質的に政治的なものであって、その適否は政治的評価に委ねられるべきものであり、具体的立法行為の適否を法的に評価することは原則として許されないとも述べている。しかし、同判決も、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき例外的な場合には違法の評価を受け得ることを認めており、およそ違法とならないとしたわけではない。さらに在外国民選挙権訴訟(最大判平成17年9月14日)は、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受ける」と判示し、例外的違法の要件をより明確化した上で、在外国民の選挙権行使を制限する公職選挙法の状態について国の賠償責任を肯定している。したがって、憲法上保障された権利を違法に侵害することが明白な場合でも違法の評価を受けることはないとする本肢は誤りである。
中学校における教師の教育活動は、当該学校が市立学校であるとしても、国家賠償法第1条第1項にいう「公権力の行使」に該当しない。
解説
本肢は誤り。国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」については、国又は公共団体の作用のうち、純粋な私経済作用と同法2条が対象とする営造物の設置管理作用を除くすべての作用がこれに含まれると解されている(広義説)。すなわち、行政処分や強制執行のような権力的作用に限られず、行政指導や公立学校における教育活動のような非権力的な公行政作用もここに含まれる。判例も、公立中学校における教師の教育活動(体育の授業や課外クラブ活動における生徒に対する指導・監督を含む)について、国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に当たるとし、教師の指導監督上の過失により生徒に損害が生じた場合には同項による国又は公共団体の賠償責任を肯定している(最判昭和62年2月6日等)。市立学校は地方公共団体である市が設置する公立学校であり、そこで教育活動に従事する教師は地方公務員として職務を行う「公務員」であるから、市立学校であることは右の結論を左右しない。なお、私立学校の教師の教育活動については国家賠償法の適用はなく、学校法人の民法715条の使用者責任等の問題となるにとどまるが、本肢は市立学校の事案であるからこれと区別される。したがって、市立中学校の教師の教育活動が「公権力の行使」に該当しないとする本肢の記述は、判例の立場に反する。よって本肢は誤りである。
警察官が専ら自己の利を図る目的で職務執行を装って私人Aに職務質問をし、犯罪の証拠物名義で預かった所持品を不法に領得するため拳銃でAを射殺した事案につき、警察官の上記行為は客観的に職務執行の外形を備えているから、国家賠償法第1条第1項にいう公務員が「その職務を行うについて」違法に他人に損害を加えたときに該当する。
解説
本肢は正しい。国家賠償法1条1項は、公務員が「その職務を行うについて」違法に他人に損害を加えたことを要件とするところ、判例は、この要件の該当性を公務員の主観的意図によってではなく、行為の客観的な外形によって判断すべきものとしている(外形標準説)。すなわち、公務員が自己の利をはかる意図をもって行為した場合であっても、当該行為が客観的に職務執行の外形を備えている以上、被害者たる私人からみればこれを職務行為と信ずるのが通常であり、国又は公共団体の賠償責任を認めて被害者の救済を図るのが同項の趣旨に合致するからである。判例は、警察官が非番中に制服を着用して職務質問を装い、犯罪の証拠物名義で被害者の所持品を預かった上、これを不法に領得する目的で拳銃を発射して被害者を殺害したという事案において、当該行為は客観的に職務執行の外形を備えるものであるとして、国家賠償法1条1項にいう「その職務を行うについて」に当たると判示している(最判昭和31年11月30日)。本肢は、専ら自己の利を図る目的で職務執行を装った警察官の行為につき、客観的に職務執行の外形を備えていることを理由に同項の要件該当性を肯定するものであり、右の外形標準説を採る判例の立場と一致する。よって本肢は正しい。
国又は公共団体以外の者の被用者が第三者に損害を加えた場合であっても,当該被用者の行為が国又は公共団体の公権力の行使に当たるとして国又は公共団体が被害者に対して国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償責任を負うときには,被用者個人は民法第709条に基づく損害賠償責任を負わないが,使用者は同法第715条に基づく損害賠償責任を負う。
解説
本肢は誤り。国家賠償法1条1項にいう「公務員」は、身分上の公務員に限られず、国又は公共団体から公権力の行使を委ねられた私人およびその被用者も含む。したがって、国又は公共団体以外の者の被用者の行為であっても、それが国又は公共団体の公権力の行使に当たると評価される場合には、国又は公共団体が同項に基づく賠償責任を負う。そして判例(最判平成19年1月25日)は、社会福祉法人が設置運営する児童養護施設の職員の行為が県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と認められる事案において、県が国家賠償法1条1項の責任を負う場合には、公務員個人が民法709条に基づく責任を負わないのみならず、当該被用者を使用する法人も民法715条に基づく責任を負わないと判示した。国家賠償法1条1項の責任は公務員個人の責任を国又は公共団体が引き受ける構造をとり、被用者個人の責任が否定される以上、これを前提とする使用者の代位責任もまた成立しないからである。本肢は、被用者個人の責任を否定しつつ使用者が民法715条の責任を負うとする点で、この判例の結論に反する。よって本肢は誤りである。
建築基準法によると,建築物の所有者が有する財産上の利益は法律上保護された利益ではないから,建築確認を行う際に建築主事が職務上尽くすべき義務を尽くさず,建築物の所有者に損害が生じたとしても,建築物の所有者に対する,建築主事が所属する公共団体の国家賠償責任は認められない。
解説
本肢は誤り。建築基準法1条は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて「国民の生命、健康及び財産の保護」を図ることを目的とすると明示しており、財産上の利益の保護もその目的に含まれている。建築主事等による建築確認(建築基準法6条)は、建築計画が建築基準関係規定に適合するか否かを公権的に審査する制度であり、基準に適合しない建築物が現に建てられることを未然に防ぐことを通じて、個々の国民の利益をも守ろうとするものである。判例(最判平成25年3月26日)は、この制度が保護しようとする利益の中には建築主自身の利益も含まれるとしており、建築物の所有者が有する財産上の利益は法律上保護された利益に当たらないとする本肢の前提自体が誤っている。そして同判決は、「建築主事が職務上通常払うべき注意をもって申請書類の記載を確認していればその記載から当該計画の建築基準関係規定への不適合を発見することができたにもかかわらずその注意を怠って漫然とその不適合を看過した結果当該計画につき建築確認を行ったと認められる場合」に、国家賠償法1条1項の適用上違法となるとした。したがって、本肢のように建築主事が職務上尽くすべき義務を尽くさなかった結果として所有者に損害が生じた場合に、国家賠償責任がおよそ認められないということはできない。もっとも、確認はあくまで提出された申請書類に基づく審査であるから、審査義務の範囲・程度は制度の趣旨に照らして画され、義務違反の有無は個別事案ごとに判断される(同判決自身も、当該事案では漫然と不適合を看過したとはいえないとして賠償責任を否定している点に注意を要する)。よって本肢は誤りである。
監獄の長が行った未成年者との面会を拒否する処分が,旧監獄法による委任の範囲を超えた命令に基づいていることを理由として違法とされたとしても,当該命令の適法性につき,長期間にわたって,実務上特に疑いを差し挟む解釈をされたことも裁判上とりたてて問題とされたこともないといった事情があり,監獄の長にとって当該命令が委任の範囲を超えることが容易に理解できなかった場合には,上記の違法を理由とする国家賠償責任は認められない。
解説
本肢は正しい。国家賠償法1条1項の責任が成立するには、公務員の行為が違法であることに加え、当該公務員に故意又は過失があることを要する。判例(最判平成3年7月9日)は、旧監獄法50条の委任に基づく同法施行規則120条等が、14歳未満の者と在監者との接見を原則として許さないとしていた点につき、法律の委任の範囲を超えるものとして無効であるとし、これに基づく接見(面会)不許可処分を違法とした。もっとも同判決は、国家賠償責任については、当該規則の規定が長期間にわたり実務上その適法性に特段の疑いを差し挟まれることなく運用され、裁判上もとりたてて問題とされてこなかったという事情の下では、処分をした監獄の長が当該規定を無効と判断すべきであった、すなわち委任の範囲を超えることを容易に理解できたとはいえないとして、過失を否定し賠償責任を認めなかった。処分の違法性と国家賠償法上の過失は別個の要件であり、法令の解釈に無理からぬ点があるときは過失が否定され得るのである。よって本肢は正しい。
前記判決は,在外日本国民の選挙権行使を制限する公職選挙法の規定について違憲と判断したものであるが,「仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,それゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない」として,立法不作為を理由とする国家賠償請求は認めなかった。
解説
本肢は誤り。前段の、在外国民の選挙権行使を制限する公職選挙法の規定を違憲と判断した点は正しいが、国家賠償請求を認めなかったとする後段が判決の結論と正反対である。注意すべきは、本肢が引用する一節自体は最大判平成17年9月14日(判例百選I147事件)の判文に実在するものの、判決はその直後に「しかしながら」と続けて例外を示している点であり、引用が途中で断ち切られていることを見抜けるかが本肢の急所である。すなわち同判決は、国家賠償法1条1項の適用に関し、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法の評価を受けるとの枠組みを示した。その上で、昭和59年に内閣が在外国民の投票を可能とする法律案を国会に提出しながら審議未了で廃案となった後、平成8年の衆議院議員総選挙の施行に至るまで10年以上にわたり何らの立法措置も執られなかったことを「著しい不作為」として右の例外的場合に当たるとし、過失の存在も否定できないと述べて、原告らに慰謝料各5000円の支払を命じ、立法不作為を理由とする国家賠償請求を認容した。よって本肢は誤りである。
前記判決は,在外日本国民の選挙権行使を制限する公職選挙法の規定について違憲と判断したものであるが,「仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,それゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない」として,立法不作為を理由とする国家賠償請求は認めなかった。
解説
本肢は誤り。前段の、在外国民の選挙権行使を制限する公職選挙法の規定を違憲と判断した点は正しいが、国家賠償請求を認めなかったとする後段が判決の結論と正反対である。注意すべきは、本肢が引用する一節自体は最大判平成17年9月14日(判例百選I147事件)の判文に実在するものの、判決はその直後に「しかしながら」と続けて例外を示している点であり、引用が途中で断ち切られていることを見抜けるかが本肢の急所である。すなわち同判決は、国家賠償法1条1項の適用に関し、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法の評価を受けるとの枠組みを示した。その上で、昭和59年に内閣が在外国民の投票を可能とする法律案を国会に提出しながら審議未了で廃案となった後、平成8年の衆議院議員総選挙の施行に至るまで10年以上にわたり何らの立法措置も執られなかったことを「著しい不作為」として右の例外的場合に当たるとし、過失の存在も否定できないと述べて、原告らに慰謝料各5000円の支払を命じ、立法不作為を理由とする国家賠償請求を認容した。よって本肢は誤りである。
行政指導は法的拘束力を有しない事実行為に過ぎないことから,国家賠償法第1条第1項にいう公権力の行使には当たらず,違法な行政指導によって損害を受けた者は同法に基づき損害賠償請求をすることはできない。
解説
本肢は誤り。国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」とは、国または公共団体の作用のうち、純粋な私経済作用と同法2条の営造物の設置管理作用を除く一切の作用をいうと解するのが判例・通説であり(このような広義説を採る裁判例として東京高判昭和56年11月13日)、法的拘束力を有する権力的作用に限られない。したがって、相手方の任意の協力を求める事実行為にすぎない行政指導も「公権力の行使」に当たり、それが行政指導として許容される限度を超えて違法であり、かつ担当公務員に故意または過失がある場合には、国または公共団体は同項に基づく損害賠償責任を負う。判例も、宅地開発に伴う教育施設負担金の寄付を求める行政指導につき、水道の給水契約の締結拒否等を背景として事実上寄付を強制したものであって、行政指導の限界を超え違法であるとして国家賠償請求を認容している(最判平成5年2月18日)。また、建築確認申請に対して行政指導を継続する場合についても、建築主が不協力の意思を真摯かつ明確に表明した後にもなお確認処分を留保することは、特段の事情がない限り違法な公権力の行使に当たるとされている(最判昭和60年7月16日)。よって本肢は誤りである。
憲法第17条が定める「公務員の不法行為」には,権力作用によるものばかりでなく,非権力作用によるものも含まれる。
解説
本肢は正しい。憲法17条は「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」と定め、明治憲法下で妥当していた国家無答責の法理を否定して、国家活動による被害者の救済を図る趣旨に出たものである。同条は「公務員の不法行為」と規定するのみで、その作用の性質を権力的なものに限定する文言を置いていない。ここにいう「公務員の不法行為」とは、公務員が職務として行った違法な行為一般を指し、その職務が命令・強制を伴うか否かによる区別は予定されていない。これを受けた国家賠償法1条1項は「公権力の行使に当る公務員」の故意又は過失による違法な加害行為について国又は公共団体の賠償責任を定めるところ、ここにいう「公権力の行使」の意義については、命令・強制を伴う権力的作用に限るとする狭義説と、純粋な私経済作用及び同法2条が対象とする営造物の設置管理作用を除くすべての作用を含むとする広義説とが対立する。判例・通説は広義説に立ち、公立学校における教育活動や、法的強制力を伴わない行政指導のような非権力的作用についても「公権力の行使」に当たるとして国家賠償法1条の適用を認めている。なお、最高裁は、書留郵便物等について郵便業務従事者の故意又は重大な過失による損害の賠償責任まで免除・制限していた郵便法の規定を憲法17条違反とした判決(最大判平成14年9月11日)において、同条が公務員の不法行為による被害者の救済を図る趣旨の規定であることを前提に、賠償責任を免除・制限する立法にも憲法上の限界があるとしており、同条の保障範囲を国家活動の性質によって狭く切り分ける態度はとられていない。被害者救済という憲法17条の趣旨からすれば、国家の活動形式が権力的か否かによって救済の可否を分けるべき理由はなく、憲法17条にいう「公務員の不法行為」も非権力作用によるものを含むと解すべきである。よって本肢は正しい。
規制を目的とする不利益処分について,処分の根拠法令が処分を行うか否かの点で行政庁に効果裁量を認めている場合には,処分を行わないという行政庁の不作為が違法となることはない。
解説
本肢は誤り。処分の根拠法令が処分を行うか否かについて行政庁に効果裁量を認めている場合であっても、その権限の不行使が常に適法となるわけではない。この点を正面から示したのが最判平成元年11月24日である。同判決は、宅地建物取引業法上の業務停止や免許取消しが業者に対する不利益処分であることから、いかなる処分を選択するか、いつ権限を行使するかは知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられるとしつつ、権限が付与された趣旨・目的に照らし、「その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り」取引関係者との関係で国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないと述べた。裏を返せば、具体的事情の下で権限不行使が著しく不合理と評価される場合には、効果裁量が認められる場面であっても不作為が違法となり得ることを認めた判示である(もっとも同事案では違法性は否定された)。その後の判例も同様の枠組みを採り、規制権限を定めた法令の趣旨・目的や権限の性質に照らし、国民の生命・身体・健康等に対する重大な危害の発生が予見可能であり、権限行使によりこれを回避できたにもかかわらず行使しなかったことが許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くときは違法となるとして、最判平成16年4月27日(筑豊じん肺訴訟)及び最判平成16年10月15日(関西水俣病訴訟)は規制権限の不行使を違法と判断している。また行政事件訴訟法3条5項は不作為の違法確認の訴えを、同条6項及び37条の2は行政庁が一定の処分をすべきであるにもかかわらずこれがされない場合の義務付けの訴えをそれぞれ認めており、これらの規定も効果裁量が認められる場面において不作為が違法となり得ることを前提とする。したがって、効果裁量が認められることから直ちに不作為が違法となることはないとはいえない。よって本肢は誤りである。
社会福祉法人Cの設置する児童養護施設に,児童福祉法に基づくD県の措置により入所した児童が,施設の職員Eの養育監護上の過失によって,他の入所児童から暴行を受けて負傷した場合であって,Eの養育監護行為が,国家賠償法第1条第1項の適用上,県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為とされるときには,E個人が民法第709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず,使用者であるCも同法第715条に基づく損害賠償責任を負わない。
解説
本肢は正しい。国家賠償法1条1項の適用がある場合、公務員個人は被害者に対して直接民法709条の責任を負わないというのが確立した判例の立場である。判例(最判平成19年1月25日)は、児童福祉法27条1項3号の措置により社会福祉法人の設置運営する児童養護施設に入所した児童に対する当該施設の職員による養育監護行為は、本来都道府県が行うべき事務が委ねられたものであるから、国家賠償法1条1項の適用上、当該都道府県の公権力の行使に当たる公務員の職務行為と解すべきであるとした。その上で、同判例は、この場合において、当該職員個人が民法709条に基づく損害賠償責任を負わないのみならず、その使用者である社会福祉法人も同法715条に基づく損害賠償責任を負わないと判示している。国家賠償法1条1項が公務員個人の対外的責任を排除して行政主体に責任を集中させた趣旨は、被害者救済の確実性と公務員の職務執行の萎縮防止の調和にあり、被用者たる職員が不法行為責任を負わない以上、その責任を前提とする使用者責任も成立する余地がないからである。この場合、被害者は措置を行った都道府県に対して国家賠償を請求することになる。よって本肢は正しい。
財産権が公務員の故意又は過失による違法な行為によって侵害されたとき、被害者は国又は地方公共団体に対し損失補償を請求できる。
解説
本肢は誤り。公務員の故意又は過失による違法な行為によって損害を受けた場合は、国家賠償(憲法17条、国家賠償法1条)の問題であって、損失補償の問題ではない。損失補償(憲法29条3項)は、適法な公権力の行使によって特定人に特別の犠牲が生じた場合にその調整を図る制度である。違法行為による侵害について「損失補償を請求できる」とする本肢は両者を混同しており誤りである。
職員が紛争の解決のための話合いをXに対して求める行政指導は,事実行為であって法的拘束力を有しないことから,Xは,当該指導が行われていることを理由に建築確認が遅延させられたのは違法であると主張して,国家賠償法第1条第1項に基づき損害賠償を請求することはできない。
解説
本肢は誤り。判例(最判昭和60年7月16日・品川マンション事件)は、建築主が建築確認申請に係る行政指導に応じられない旨の意思を真摯かつ明確に表明した場合には、当該行政指導が行われていることを理由に建築確認処分を留保することは、それ以後は原則として違法となり、建築主が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、建築主において確認処分の留保を受忍すべきものと認められる特段の事情が存在しない限り、国家賠償法上も違法の評価を受けるとする。すなわち、行政指導が相手方の任意の協力を前提とする事実行為であって法的拘束力を有しないことは、これを理由とする処分の留保が当然に適法となることを意味しない。行政手続法33条も、申請の取下げ又は内容の変更を求める行政指導について、申請者が指導に従う意思がない旨を表明したにもかかわらず指導を継続する等により申請者の権利の行使を妨げてはならないと定めており、同趣旨を明文化したものである。
また、最判平成5年2月18日(武蔵野市教育施設負担金事件、行政判例百選I95事件)は、行政指導が相手方の任意の協力を求める限度を超え、事実上これに従うことを余儀なくさせるものと評価される場合には、違法な公権力の行使として国家賠償責任を生ずることを認めている。このように、国家賠償法1条1項の「公権力の行使」には行政指導のような非権力的作用も含まれると解されているから、行政指導であることは同項による救済を排除する理由とならない。
本問では、建築基準関係規定への適合性の審査が終了した後もなおXは指導に従って4か月以上にわたり10回以上の話合いの機会を持ち、申請から確認まで6か月を要している。かかる事情の下でXが指導に応じない意思を明確にした後もなお留保が続けられれば、留保を受忍すべき特段の事情がない限り違法となり、Xは確認の遅延によって生じた損害につき国家賠償法1条1項に基づく賠償を請求し得る。よって本肢は誤りである。
国家賠償法第1条第1項にいう「公権力の行使」には,公立学校における教師の教育活動も含まれる。
解説
本肢は正しい。国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」の意義については、これを権力的作用に限定する狭義説もあるが、判例・通説は、国又は公共団体の作用のうち、純粋な私経済作用と同法2条の対象となる営造物の設置管理作用を除いたすべての作用がこれに含まれるとする広義説を採る。この立場によれば、行政処分のような典型的権力的作用のみならず、行政指導その他の非権力的な公行政作用も「公権力の行使」に当たることになる。公立学校における教師の教育活動は、地方公共団体が学校教育法等の法令に基づき公教育として営む作用であり、生徒は在学関係の下で教師の指導監督に服する立場にあるから、これを私人間の私経済的な役務提供と同視することはできない。判例も、公立中学校の体育の授業において教師が水泳のスタート台からの飛び込みを指導した際に生徒が重大な傷害を負った事案につき、「国家賠償法一条一項にいう『公権力の行使』には、公立学校における教師の教育活動も含まれる」と明言し、教師の指導上の注意義務違反を理由として当該学校を設置する地方公共団体の責任を論じている(最判昭和62年2月6日)。課外のクラブ活動中の事故についても同様に、教師が生徒の生命・身体の安全に配慮すべき注意義務を負うことを前提として、同項に基づく責任の有無が判断されている。なお、この場合、加害公務員である教師個人は、被害者に対して直接に損害賠償責任を負わないと解されている。よって本肢は正しい。
国家賠償法第1条第1項にいう「その職務を行うについて」に当たるのは,公務員が権限行使の意思をもって行為をした場合に限られ,公務員が自己の利を図る意図をもって行為をした場合は,これに当たらない。
解説
本肢は誤り。国家賠償法1条1項は、公務員が「その職務を行うについて」違法に他人に損害を加えたことを要件とするところ、この要件の判断につき判例は、被害者救済および公務に対する国民の信頼保護の見地から、いわゆる外形標準説(外形理論)を採用している。すなわち、判例は、公務員が客観的に職務執行の外形を備える行為をしてこれによって他人に損害を加えた場合には、たとえ当該公務員が権限行使の意思を有せず、自己の利を図る意図をもって行為したときであっても、国又は公共団体は同項の賠償責任を負うとする(最判昭和31年11月30日)。同判決は、非番の警察官が制服を着用し職務執行を装って通行人に職務質問を行い、金品を強取したうえ殺害した事案において、国の賠償責任を肯定したものである。行為の外形から職務執行と見える以上、相手方は当該行為を公務として受忍せざるを得ない立場に置かれるのであって、公務員の内心の意図という被害者の知り得ない事情によって国の責任の有無を左右させるのは相当でないからである。したがって、権限行使の意思をもってした場合に限られ、自己の利を図る意図の場合は該当しないとする本肢の記述は、判例に反する。よって本肢は誤りである。
職員が紛争の解決のための話合いをXに対して求める行政指導は、事実行為であって法的拘束力を有しないことから、Xは、当該指導が行われていることを理由に建築確認が遅延させられたのは違法であると主張して、国家賠償法第1条第1項に基づき損害賠償を請求することはできない。
解説
本肢は誤り。最高裁は、建築確認の留保を伴う行政指導について、建築主が行政指導にもはや協力できないとの意思を真摯かつ明確に表明し確認申請に対する応答を求めているにもかかわらず、なお確認処分を留保することは、特段の事情がない限り、違法となるとした(いわゆる品川マンション事件判決の趣旨)。行政指導が事実行為であっても、これに起因して確認が違法に遅延した場合には、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求が認められ得る。およそ請求できないとする本肢は誤りである。
工場排水の規制処分について法令により行政裁量が認められる場合において,裁判所が処分権限不行使の違法を理由とする国家賠償請求を認容するためには,処分権限の不行使が,その権限を定めた法令の趣旨,目的やその権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められることが必要である。
解説
本肢は正しい。行政庁に規制権限が与えられている場合において、その権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるかについて、判例は、権限の不行使が裁量に委ねられていることを前提としつつ、いわゆる裁量権消極的濫用論の枠組みを採る。すなわち、最高裁は、規制権限の不行使は、「その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となる」と述べている(クロロキン薬害訴訟につき最判平成7年6月23日民集49巻6号1600頁、筑豊じん肺訴訟につき最判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁)。工場排水の規制についても同様であり、水俣病関西訴訟判決(最判平成16年10月15日民集58巻7号1802頁)は、水質二法に基づく規制権限が、水質の汚濁が生じている水域の周辺住民の生命・健康の保護をその主要な目的の一つとして与えられたものであることなどを踏まえ、水俣病の原因物質等がおおむね解明された時点以降に規制権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠くとして、国及び県の国家賠償責任を認めた。このように、規制権限不行使を理由とする国家賠償請求の認容には、法令の趣旨・目的や権限の性質等に照らし、具体的事情の下で不行使が許容限度を逸脱して著しく合理性を欠くことが必要である。本肢はこの判例の枠組みを正確に述べており、正しい。
行政指導とは,指導,勧告,助言その他の行為であって処分に該当しないものをいうから,行政指導が国家賠償法第1条第1項にいう「公権力の行使」に当たることはない。
解説
本肢は誤り。前段のうち、行政指導が指導・勧告・助言その他の行為であって処分に該当しないものをいうとする点は、行政手続法2条6号の定義のとおりであり正しい。しかし、行政指導が処分に当たらない非権力的な事実行為であることから、直ちに国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に当たらないという結論を導くことはできない。
国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」の意義については、国又は公共団体の私経済作用と同法2条の対象となる営造物の設置管理作用を除く一切の作用を含むと解する広義説が判例・通説である。行政指導は、法的拘束力こそないものの、許認可権限等を背景として相手方に事実上強い影響力を及ぼし得る公行政の活動であるから、この「公権力の行使」に含まれる。判例も、最判平成5年2月18日(武蔵野市教育施設負担金事件)において、指導要綱に基づき、これに従わない事業者には水道の給水等を拒む姿勢を背景として教育施設負担金の寄付を事実上強制した市の行為を、行政指導の限界を超え任意性を欠く違法なものとして、市の国家賠償責任を肯定している。また最判昭和60年7月16日(品川マンション事件)も、建築主が行政指導にこれ以上協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明した場合には、特段の事情がない限りその後の建築確認の留保は違法となるとして、国家賠償法上の違法性の問題として処理している。
このように、行政指導も国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に当たり得るのであって、当たることはないと言い切る本肢は誤りである。
最高裁判所は,かつて,例え立法の内容が憲法に違反するものであっても国会議員の立法行為は国家賠償法第1条第1項の適用上当然に違法の評価を受けるものではないとしていた。しかし,最高裁判所は,その後判例を変更し,国会で議決された法律が違憲であれば国家賠償法上も違法の評価を受けることになるという立場を採るに至った。
解説
本肢は誤り。最高裁は、在宅投票制度を廃止し、その後これを復活させなかった立法行為の国家賠償責任が争われた事件において、国会議員は立法に関し原則として国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまるとしたうえで、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないと判示した(最判昭和60年11月21日)。その後、在外国民の選挙権行使を制限していた公職選挙法の規定が争われた事件において、最高裁は、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に国家賠償法上違法の評価を受ける旨を示し、判断枠組みをより具体的に明らかにした(最大判平成17年9月14日)。もっとも、同判決は、当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではないとしたうえ、この判断が昭和60年判決と異なる趣旨をいうものではないと自ら明言している。すなわち、法律の内容の違憲性と立法行為自体の国家賠償法上の違法性とを区別する従来の立場は変更されておらず、この枠組みは、再婚禁止期間の一部を違憲とした最大判平成27年12月16日や、在外国民の国民審査権の制限を違憲とした最大判令和4年5月25日においても維持されている。したがって、法律が違憲であれば当然に国家賠償法上も違法となるとの立場に判例が変更されたという事実はない。よって本肢は誤りである。
最高裁判所は,かつて,例え立法の内容が憲法に違反するものであっても国会議員の立法行為は国家賠償法第1条第1項の適用上当然に違法の評価を受けるものではないとしていた。しかし,最高裁判所は,その後判例を変更し,国会で議決された法律が違憲であれば国家賠償法上も違法の評価を受けることになるという立場を採るに至った。
解説
本肢は誤り。最高裁は、在宅投票制度を廃止し、その後これを復活させなかった立法行為の国家賠償責任が争われた事件において、国会議員は立法に関し原則として国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまるとしたうえで、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないと判示した(最判昭和60年11月21日)。その後、在外国民の選挙権行使を制限していた公職選挙法の規定が争われた事件において、最高裁は、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に国家賠償法上違法の評価を受ける旨を示し、判断枠組みをより具体的に明らかにした(最大判平成17年9月14日)。もっとも、同判決は、当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではないとしたうえ、この判断が昭和60年判決と異なる趣旨をいうものではないと自ら明言している。すなわち、法律の内容の違憲性と立法行為自体の国家賠償法上の違法性とを区別する従来の立場は変更されておらず、この枠組みは、再婚禁止期間の一部を違憲とした最大判平成27年12月16日や、在外国民の国民審査権の制限を違憲とした最大判令和4年5月25日においても維持されている。したがって、法律が違憲であれば当然に国家賠償法上も違法となるとの立場に判例が変更されたという事実はない。よって本肢は誤りである。